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天体観測
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| 008 |
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「少将殿について文句などあるわけではございません…ですけれど…あまりに突然のことで、私は取り乱してしまって………」
漆塗りの調度品を丁寧に扱いながら、寂しそうに伏し目がちの藤姫があかねのそばでつぶやいた。
「あかね様……姉様は、ずっと藤のそばにいて下さるものだと信じておりました…。そんなことあるわけがないというのに…藤はずっとそう思って…姉様と少将殿のお心も気付かずに……」
寂しそうな藤姫とはうって変わって、あかねに付き添う侍女たちの表情は明るく華やかだ。
「藤姫様、そのようなお顔をされてはなりませんわ。あかね様の婚姻の儀がお決まりになったのですもの。お喜びしなくてはなりませんでしょう」
揃って彼女たちは、肩を落とす藤姫に向かって囁く。
「それは分かっていますけれど……」
理屈では理解出来る。でも、それに感情が伴うかどうか。
そこまでを成し遂げるには、いくら大人びた表情を浮かべても、まだ十わずかの彼女には無理なことと言って良いだろう。
「しかも、お相手は橘少将殿ですわよ?京であの方の北の方を夢見る女人がどれほどの数おられることでしょう…その北の方にあかね様が選ばれたなんて、お仕えしてまいりました私たちも羨ましいとためいきがこぼれますわ」
彼女たちはあかねの身繕いを手伝いながら、うっとりと夢を見るような目でそれぞれに感嘆の言葉を漏らした。
………でも……私は-------------------。
複雑な心境のままでその場に取り残されているあかねは、周囲の時間の流れに追いつけずにいた。
■■■
「友雅殿」
ぼんやりと庭の花々を眺めていると、ごく近くで名前を呼ばれた。声のする方向へ首を傾けてみる。そこには頼久が立っていた。
「なんだい、頼久。」
「………お分かりでしょう、私が申し上げたいことは…」
凛とした輝きを帯びた瞳を真っ直ぐに、頼久は友雅を見た。かすかな風が、池の水面に波を立てる。
「あかね殿とのことは…本当なのですか。本当に……婚儀を……」
「………左大臣殿とも話は済ませた。既に彼女は支度を整えているところだよ。まあ、今日すぐに屋敷へ連れて帰るわけではないけれどね。」
友雅は顔の向きを変えたが、頼久の面もちはしっかりと目に捕らえることが出来た。
ためらいがちに目を伏せて、どことなく憂いを見せながら彼は口を閉ざした。
「祝福するつもりはない、ということだね」
友雅は言った。
「そんなことは……。あかね殿と友雅殿のお心がお決めになられたこと、祝福の言葉を差し上げぬはずはございません」
「言葉はいくらでも言えるよ。でも、心は……そうではないだろう?」
八葉として共に戦った頃から気付いていた。頼久の瞳が、あかねをどんな風に映しているかということを。
主という立場を越えて、強く、強く想いを抱きながら彼女を見つめていた彼の姿を。
平然としていながら、手先が小刻みに震えていることが彼の想いの強さを物語る。
恋した女性が他の男の腕に抱えられて行く様を目の当たりにして、誰が素直に祝福出来るだろう。
友雅自身、その恐ろしさをずっと胸に秘めていた。
隙間から流れ込んでくる他人の手が、いつ彼女を奪って行くかと恐れながら日々を過ごした。
だから、黙っていることが出来なかった。
おとなしく声を潜めていることができなかった。
強引にでも……この腕をのばして、彼女を奪いたかった。誰にも手の出せないところへ。
「お二人のお幸せをお祈りしております」
声を乱さず、頼久はそう言って深く友雅に礼をしてその場を去った。
彼の辛さが痛いほど分かる。
しかし……彼女だけは、絶対に手放せなかった。
どんな手段を使っても。
■■■
華やかな女性の声が外まで響いてくる。そこだけ一斉に花が開いたようなにぎやかさだ。
「あかね様、少将殿がおいでですわよ」
そっと足を忍ばせたつもりだったが、すぐに気付かれてしまった。
「一段とここはにぎやかだねえ。一体何をそんなに楽しそうに話していたのかな」
あかねの周りには金銀の刺繍を施した、きらびやかな小袿がいくつも葛籠から流れ出している。
「そうですわ。あかね様、少将殿にお尋ねしてはどうです?せっかくの婚儀の際の衣ですもの、殿になられるお方にどれがよろしいかお聞きしてみるのも良いのでは?」
どうやら彼女たちは婚儀の際に身につける袿のことで盛り上がっていたようだ。輝くような刺繍、紅色に染まったいくつかの単、あかねは彼女たちに囲まれて少し気負いがちにしている。
友雅は彼女たちの間をすりぬけて、あかねのそばに腰を下ろした。
そして、その頬に手を添えて言った。
「そうだね…あまり奇抜な色ではなくて、ほのかな桜のような色がいいね。君にはそんな、愛らしい色がよく似合うからね。」
出会ったときに咲いていた桜のような色。毎年一斉に花開き、目を奪われる桜のように。
「では、そのような色合いで新しく仕立てて頂きましょう。さっそくご主人様か藤姫様にお伝えしなくては……」
そそくさと侍女たちは、揃ってあかねたちの部屋を後にした。
用件を済ませに出ていったのか、それとも友雅とあかねの様子を察知して気を使ったのかは分からない。
「友雅さん……あの……」
誰もいなくなった部屋で、あかねは友雅の顔を見上げた。黙って彼は振り向いてくれた。
「婚儀って……結婚……ってことですよね?」
「それ以外の婚儀なんてないね。君の世界での結婚はどうか分からないけれど、赤の他人の男と女が新しく家庭を持つことだよ」
当然のように、友雅は答えた。
「あの……私、友雅さんと……結婚する…んですか?」
「そうだよ。婚儀が終わったあと、君はこの屋敷から離れて私の屋敷で暮らすことになる。」
友雅と結婚する。そして彼と共にこれからの人生を歩いて行く。
いずれは子供を産んで育て……家庭を作る。………………私が?
「ど、どうして…いきなりこんなことになっちゃったんですか?何で私が………」
彼に尋ねたいことはたくさんあって、ありすぎてどうしようもない。次々に疑問が浮かんで、そう簡単には解決などできない。
困惑ととまどいの瞳を浮かべたあかねが、次に質問をしようとしたとき、暖かいものが彼女の身体を包み込んだ。
「心配せずに、何も言わずに……私に着いておいで。君が思い悩むような生活はさせないから、安心して私のところにおいで。」
抱きしめられた友雅の腕の中に、彼の髪がかすかに揺れて流れる。
何度となく感じた、彼の香り。落ち着いて豊かな、彼を模写したような香り。
友雅が……彼がどんなことを考えているのか、あかねには分からない。
だけど、その言葉には偽りのかげりはなかった………から、それ以上は何も尋ねることが出来なかった。
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