Romanticにはほどとおい

 終章 (2)
北山の麓から少し昇った杉林の先、わずかだが人の気配を感じ取ることが出来た。
生い茂った木々と草に囲まれていても見つけられたのは、彼らが持つ金の髪色のおかげ。
「どうだい、新居での生活は」
「あんたら…」
もう滅多に顔を合わすことはないと思っていたのに、こんな山深いところで二人と出会うとは。
いや、出会うというよりもやって来た、という言い方が正しい。
偶然に誰かと遭遇するわけもない地域だし、いくらこの二人でもここらで逢い引きなんてしないだろう。
「さっさと用件をお言いよ。あんたらが用事もなく来るわけない」
「まあまあ焦らずに。少しくらい、暮らしぶりを見せてもらっても良いだろう?」
そう言って友雅は、屋敷の周りをぐるりと一周してみた。
下見に来たときはかなり荒れていて、壁もあちこち剥がれている部分があった。
それでも彼らなりに修理の手を加えたようで、少人数で暮らすには問題ない程度の佇まいになっている。
室内の方はさすがにお邪魔だろうかと、敢えて立ち入りを遠慮した。

「さて、今日はこれを届けに来たのだよ」
友雅は袂から、文を一通取り出してシリンに手渡した。
「何だい、これは」
「蘭からのお手紙です。その…ずっとお世話になったから、お礼を言いたいって」
本来ならば、直にここに来て感謝を伝えたいと言っていた。
しかし晴明はわずかな隙を狙って、蘭の中にあるアクラムたちに操られていた意識を封印させた。
だが、あくまでそれは封印であり抹消ではない。
もしも関連のある人物に再び会ったとしたら、ショックで封印が解けてしまう可能性もゼロではない。
出来る限りシリンたちとの接触は避けた方が良い、と晴明から言われたのだった。
「じゃあ、あの子は覚えていないんだね」
「はい。あなたと一緒に生活していたことだけしか、覚えていません」
「そうか…そりゃ良かった。あんなこと、思い出したら辛いだけだ」
加担していた自分が言えることじゃないけれど、今だから冷静に多くのことが考え直せる。
普通の人間として認めてもらい、生きて行くことが可能になった今は、見える世界が格段に広がった気がする。
「取り敢えず、目を通してくれるかい。彼女に伝えないといけないのでね」
シリンは文を開き、認めてある文字をひとつずつ追った。

が、半分くらいまで読んだ頃になって、それをぱたんと閉じてしまった。
「ちゃんと目を通したよ!間違いなく全部読ませてもらった!」
「…はあ」
完全に、それは嘘だと分かった。
途中までしか見ないで、折り畳んで懐に隠した。
おそらく文の内容に、感極まってしまったのではないだろうか。
こう見えても、面倒見の良い女だから。

 家族とはぐれた赤の他人の自分を、一緒に生活させてくれて感謝しています。
 シリン様たちと出会うことが出来て、本当に良かったです。
 ありがとうございました。

その文章だけを見て、続きが読めなくなった。
最初は罪の償いという思いもあったけれど、いつのまにかそれは母性本能みたいなものになっていて。
この子を世話してやらないと、なんて柄にもないことを考えて。
いつか本当の家族の元に、帰してやれるきっかけが来るときまで…と。

「じゃあ文も確かに手渡したということで、私たちは退散するよ」
蘭の文を届けることが任務だったから、これで友雅とあかねの役目は終わった。
これからは別々に、同じ世界の同じ町で生きて行く。
「あの子にさ、元気で…って言ってやってくれるかい」
「はい、ちゃんと伝えますよ」
「頼むよ。ああ、それと、彼氏とも上手くやるようにってね」
シリンも寿巳のことは承知で、陰ながら二人の関係を気に留めていたようだ。
同じように恋心を持つ者同士。他人の成就も願わずにはいられない。
「おや、私たちに対しては応援の言葉はないのかい?」
「…あんたらに今さら言葉なんてないっての!」
度を超えてるのにも気付かずに、本能のまま突っ走ってるこの二人に何を言えば。
少しは人目を気にしろ!とか、せいぜいそれくらいだ。

「それじゃ、またいつかね」
「ああ。機会があればね」
簡単な言葉だけを交わし、お互い背を向けて別の方向へと進んで行く。
思い返せば、命をかけた戦いを繰り広げた相手だ。
そんな相手の情けの心と涙を知り、一切危険を感じずに会話が出来るという現在。
時は変わる。
行動次第で、人も変わる。
変化をくり返し…そして本来の自分に戻る。
あるべき形に、あるべき場所に。



友雅たちは麓で待たせていた車に乗り、北山を後にした。
「ようやくすべて解決だね」
「はい、ホント良かったです」
龍神の神子としての役目は、京を鬼の一族たちから護り抜くこと。
しかしそれらが無事に済んでも、大切な友人を悩みや苦しみから解放してあげなければ悔いが残る。
「諦めないで良かった。何度も友雅さんが励ましてくれたから…」
「私は何もしていないよ。功労者は晴明殿かな」
それはそうだけど、やっぱりあかねにとって友雅の存在は一番大きい。
倒れそうになったとき、背中を支えてくれたこと。
迷ったときに少し離れた場所で、合図を送ってくれたりしたこと。
そんな彼の行動が、自分自身で答えを考え、一歩前に踏み出す力を与えてくれた。
「ありがとうございます…友雅さん」
彼の腕にしがみつくと、逆の手で髪を優しく撫でられた。
指先ですくいあげ、絡みつけ、弄びながら何度も撫でててくれる。
「言葉だけではなく、形で感謝の意を頂きたいね」
決して広くない牛車の中だが、そこは誰一人立ち入る事が出来ない密室。
ガタン、ガタンとゆっくり進めば進むほど、二人だけの時間は長くなる。
「今まで気がかりだったことが消えて、これからは遠慮なく私たちだけの時間が過ごせるね」
「あ、はい…そうです、ね」
何度も口づけを交わしたあとで、そう囁く友雅の声が聞こえた。
他人のことではなく、今度は自分たちの番だ。
停滞している大切なことが山積み。
次の悩みは…いかにして彼女を正式に我が家へと移らせるか。
「これに関しては、さすがに私も急いてしまうな」
「そ、そうですね…。出来るだけ私も何とか出来ればって思って…」
「本当に?」
「ホントですよ。私だって友雅さんとずっと…」
ずっと一緒にいたいって、思っているに決まっているじゃないか。
だからここに残ることを決めたのだから。
すると友雅は物見窓を開け、表にいる従者を呼び寄せた。
「すまないが、行き先を変えてくれるかい?」
「は、どちらへ参りますか」
「一旦四条の屋敷に寄って、そのあと-----------」


その日の午後、土御門家に二通の文が届いた。
一通は藤姫宛に、もう一通は天真宛に。差出人は、どちらも同じ。
藤姫が眉をひそめつつ開いた文の中には
『本日より我が妻同行の上、丹波へと参りますのでご了承を』

「どうしてあの方は、いつもいつも事後報告なのですかッ!」
ピキピキしている藤姫の横で、天真もまた文を開く。
『留守の最中に、工事を進めておいておくれ』

……はぁ。どこまで念を押して来るんだか。これじゃ後回しには出来まい。
まずは材料探しと行くか。
沸騰したやかん状態の藤姫を尻目に、天真は重い腰を上げた。







-----THE END-----




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2015.12.17

Megumi,Ka

suga