Romanticにはほどとおい

 終章 (1)
世の中はいつも通り、普段通り。
何一つ大きな変化もなく、町では多くの人々が行き交っている。
木々の緑は鮮やかに輝き、池では優雅に泳ぐ魚たちの姿を拝むことが出来る。
そんな中、土御門家は朝早くから慌ただしい。
今日から天真の妹である蘭が、ここに住むことになったからだ。

晴明宅での出来事を藤姫に話すと、蘭の記憶が戻ったことをとても喜んでくれた。
そして、彼女が暮らすなら天真のそばが良いと、左大臣である彼女の父に同居の許しを乞うてくれたのだ。
状況を理解した藤姫の父も部屋を喜んで提供してくれたため、片付けやら支度やらで皆忙しく行き来しているのである。
あかねも手伝おうとしたがあっさり却下され、今日くらいはゆっくりするようにと念を押されてしまった。
「君だって天真たちのために奔走していたのだから、かなり疲れているはずだよ」
「うーん、全然元気なんですけどねー」
けろっとしているところを見ると、本人はまるで実感はないようだ。
だが、自覚が出て来てからでは遅いこともある。
余裕のある今のうちに休ませておかねば…と、今日はずっと友雅がお目付係として着いている。
「でも、本当に良かったです。二人とも兄妹に戻って」
感動の再会シーンは見られなかったが、これもまあ彼ららしいと言うのだろう。

「おーい、今もしかして取り込み中か?」
御簾の向こうにシルエットが現れ、あかねたちに声を掛けた。
友雅が御簾を巻き上げると、天真が顔を出す。
「どうしたの天真くん」
「いや、何かさ…昨日は騒がしかったんで言い忘れててさ」
と言うと、天真はあかねたちの目の前で腰を下ろし、深々と三つ指をついて頭を下げた。
「ホンット、色々ありがとう。あいつを取り戻してくれて」
「あ、そんな頭上げてよっ…」
いくらなんでも友達に土下座されるのは胸が痛むし、何よりも天真にこんな姿は似合わない。
だが天真としては、表現しきれないほどの感謝の思いを、彼らにどう伝えれば良いのか分からないのだ。
「おまえらが諦めないでくれたから…あいつを見つけられた。俺だけじゃきっと、腐って何にも出来なかった。ホント、ありがとな」
「君たちは血で繋がった同士なのだし、私たちが手を貸さずとも互いを呼び寄せて再会出来たよ」
肩の荷が下りたからか、感謝の気持ちが強すぎるからか、そう言った友雅の顔が天真には妙に優しく見えた。

蘭が住む予定の部屋は、天真の部屋に出来るだけ近い場所を選んでもらった。
お互いの様子が分かるように、容易に行き来可能な距離を保てるようにと。
着替えの袿や小袖、外出用の衣、鏡筥や文台など調度品もすべて取り揃えてある。
「藤姫んちには、世話になりっぱなしだよなあ…俺ら」
「左大臣殿も心から歓迎してくれているから、気にしなくて良いよ」
そうは言っても、八葉の役目は既に終わっている自分たちが、未だ居座っているのがそもそも心苦しい気もする。
京での知り合いも増えたことだし、どこか住める場所を見つけようか、と前々から考えてはいたのだ。
長屋の一部を借りても良いし、放置されたあばら屋でも手直しすれば良いし。
「そう遠くないうちに…とは思ってたんだよな。二人暮らし程度なら平気かなーってさ」
ん?二人暮らし?
「天真くん、もしかして蘭と暮らすつもりなの?」
「あたりめーだろ。あいつを一人で置いておけるかよ」
いや、そうかもしれないけれど、蘭は別の人と暮らしたいとか思っているんじゃ。
寿巳も以前より長く京で商いをする予定だから、宿ではなく長屋を借りて住むとか言っていたし。
「そんなん、俺が許さねーし!」
きっぱりと断言する天真。
「俺が見張るし!一緒に住んで見張るし!門限作るし!夜の外出禁止するし!」
それ、思春期の女の子のお父さん状態じゃないの…と、あかねは溜息をつく。
好きな人が出来てしまったら、その人と少しでも長く一緒にいたいと思ってしまうんだけどな。
家族との時間より、彼との時間の方を優先しちゃうものなんだけどな〜、とか友雅を意識しながら思ってしまう。
「過保護も程々にね。寿巳殿は理性的な男だから、妹君を傷物になどしないよ」
「まあ、おまえと比べればな…」
しょっちゅうあかねとくっついて、常に押し倒せるチャンスを伺っているような友雅と比べれば、どんな男でも理性的になるんじゃないか。

腹の中でそんなことを考えている天真に、友雅はそっと耳うちをする。
「そうそう、忘れないように言っておくけれど…」
何をコソコソしているんだろう、とあかねは遠巻きに見ているが、話を聞き終えると天真は大きく溜息を着いた。
「おまえらってホントにな…。分かったよ、ちゃんと約束守るって」
「ふふ、出来上がりが楽しみだ」
天真の視線が妙に気になる。一体、友雅はどんなことを吹き込んだのか。
「材料は何とか調達出来そうだけど、問題は藤姫の許可だよな」
「そこがねえ…。強敵だからねえ、藤姫殿は」
藤姫の許可が必要とは、何のことなんだろう。
首を傾げているあかねに、天真がぽろっとこぼす。
「ってか…あかね、おまえそんな大声出すのか?(自主規制)の最中に」
!!!!!
今、とんでもないことを言われたような気がしたが!
「だからおまえの部屋の防音工事しろって、約束させられたし。工事となったら許可必要だしさあ」
工事をしたいので許可が欲しい。理由は?防音のため。
どうして防音が必要なのか?それはあかねが……って言えるかそんなの!
「良いから!そんなの必要ないからっ!」
「そうは言っても、私はあかねの声を存分に楽しみたいのだが」
「友雅さんも!変なこと吹き込まないでっ!」
真っ赤な顔で詰め寄るあかねを、友雅は両手で抱き込んであやす。
勝手にやってろ…と見慣れた光景を前に天真が頭を掻くと、女房たちが一人の少女を連れてやって来た。

「…来たのか」
長い黒髪の少女が立っている。
今回は公式に土御門家を訪れることになったため、いつもとは違う小綺麗な小袖を身につけていた。
「いらっしゃい、蘭。これからはここで楽に過ごしてね」
「お世話に…なります」
ぎこちない感じで、蘭は深く頭を下げた。
「天真殿、これからお部屋にご案内致しますけれど、ご一緒に参られますか?」
「あ、ああ。じゃあ…」
女房に言われ、天真は立ち上がった。
勝手知ったるなんとやらで、土御門の屋敷内なら武士団の詰所から厩まで知り尽くしている。
生活サイクルも大体理解しているし、サポート力は万全だと自負する。

「ねえ、ちょっと待って」
先を急ごうとする天真たちを呼び止め、蘭はあかねたちの方へやって来た。
「あの…シリン様たちに会う機会ってある?」
「特にはないが、彼らの居場所は分かるよ」
すべてが元に戻ったあかつきには、普通に暮らせる場所を提供すると約束して協力を促した。
宛てがわれたのは、北山のやや深い場所にある廃れた屋敷。
信心深い先々代の第四皇子が出家した後、隠居生活に使用した質素な建物であるが、これまでの洞穴暮らしよりはマシだろう。
「だったら、お願いがあるの。文を…届けてもらえないかと思って」
蘭は細長く折られた文を取り出し、あかねたちの前に差し出した。
「色々とお世話になったから、お礼を言いたくて」
理由や原因はどうあれ、天真とはぐれて一人になった自分を拾い、共に暮らしてくれた恩は消えることはない。
彼女がいなかったら、永遠に兄と再会出来なかったかもしれないのだから。

「なるほど。そういうことなら届けてあげるよ」
「うん、ちゃんと届けてくる。約束するから」
二人に文を受け取られた蘭は、もう一度深く頭を下げてから天真たちの後を着いて行った。



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Megumi,Ka

suga