Romanticにはほどとおい

 第27話 (5)
「ちょっと!何してるのーーーーっ!!」
部屋の中に踏み込んだ皆の目に映ったのは、天真が寿巳の胸ぐらを掴んで喚いている光景だった。
蘭は天真の背後からしがみつき、腕を何とか引き離そうと騒いでいるが当然力で敵わない。
仕方がないので頼久が二人の間に割って入り、イノリが天真を、鷹通たちが寿巳を取り押さえた。
「おそらくこんなことになると、思ってはいたけれどね」
「まあ、想定内であるな」
妙に落ち着いた様子で、友雅と晴明がつぶやいた。

若干呆れつつも、頼久が天真を宥めようとする。
「天真、いい加減に落ち着け。寿巳殿に無礼だと思わないのか」
「うるせー!こいつ、蘭をたぶらかしたんだぜ!?」
「人聞きの悪いこと言わないでよ!たぶらかされてなんかいないわよ!」
「嘘つけ!おまえっ、こいつとイチャイチャしてただろ!見てたんだからな!」
「はあ?見てたぁ?」
いや、それは実際に見ていたわけじゃないだろう。
おそらく天真の意識が彼女の意識にシンクロした際に、偶然知ってしまっただけであって…。
と、晴明が一応説明をしようと思ったのだが。
「サイテー!人の後を着けるとかサイテー!」
「なんだとー!」
相手の鼻先に食いつく勢いの二人を抑え込むのに、頼久もイノリも皆必死だ。
「…あかねちゃん、この二人って元に戻ったんだよねぇ?」
「多分…」
「でも、前と全然変わってない気がするんだけど…」
詩紋はあかねと共に、呆然と彼らのやり取りを眺めている。
探し続けていた行方不明の妹と、ついにこうして再会!
お互いに駆け寄って、感極まりながらハグ…なんていう感動的なシーンが見られるかと期待していたのだが、これじゃまったく以前と変わりゃしない。
つまり、どう転がってもこの兄妹は根っからこの調子、ということか。

それにしても、まだ真夜中だというのにこの騒ぎ。
無駄に屋敷が広いから良いものの、現代だったら間違いなく近所迷惑で通報されるレベル。
血が昇っている二人を鎮めるためには、晴明に呪でも唱えてもらうしかないか…とか考えてしまう状態の中で、突然寿巳の声が強く響いた。
「きちんとお話させてください!」
騒ぎの中になかった声だったので、一瞬で水を打ったように静まった。
「お互いに初対面みたいなものですから、相手を不審に思うのは当然です。だから、僕を理解してもらえるまでお話をしたいんです」
「お兄ちゃんなんか構わなくて良いわよ。こんな頑固頭…」
むすっとした顔で文句を言う蘭を、寿巳は冷静に塞き止めた。
「大切な妹に関わることだよ。お兄さんだって、そりゃあ頑になるよ」
どこの誰か分からない男が、いつのまにか妹と付き合っていて。
それが突然目の前に現れたら動揺するし、はいそうですかと簡単に受け入れられるわけがない。
「蘭は記憶を失っていたから分からないだろうけど、お兄さんはその間もずっと君を探してたんだよ。それくらい大切に思ってるから、付き合う相手だって吟味したくなるよ」
寿巳は蘭にそう言い聞かせると、再び天真の方に向きを変えた。
「はっきり言って、僕の身分は自慢出来るほどではないですが、決して浮ついた性格ではありません。妹さんへの気持ちも同じです」
背筋を伸ばし、真っすぐ相手の目を見て彼は話す。
「すぐにとは言いません。時間を掛けて、納得行くまで僕を理解してください」
お願いします、と言って寿巳は深く天真の前で頭を垂れた。

「彼が真摯に向き合っているのだから、ここは君も応じるべきなのではないかな、天真?」
そう言って、友雅が天真の肩を叩いた。
「私たちだって、理解しあうまで時間が掛かっただろう。でも、今の君にとっての頼久はどうだい?」
頼久だけではなく、鷹通や泰明や永泉や…友雅も。
その他大勢の京で生きる人々も、ここに来たばかりの時は皆敵のように思えた。
「まずは、少しでも交流を持つのが第一ではないかな。反発したままでは、お互いの長所も分からずじまいだよ」
「……」
友雅の話を聞いているうちに、天真はすっかり大人しくなってしまった。
思い返せば全くその通りで、出会った頃の頼久との関係は最悪だった。何せ、性格がまるで逆なのだから。
それが今はどうだ。対の八葉としてお互いが唯一無二の存在であることが、あらゆる部分で実感出来るほどの信頼を抱いている。
「天真だけではなく、妹君もね。少しは冷静になりなさい。この世は、自分の感情だけで成り立つわけではないのだし」
何とか場が落ち着いて来た中、あかねの隣でさっきからイノリが唸っている。
「どうしたのイノリくん」
「友雅ってさ、たまに正論言うんだよな」
感心しながらイノリはそんなことを言う。
自分の本心や感情を一番奥に置いて、遠くから全体を見渡しているような。
全方向に視野を広げられる分、多くの情報を取り入れられる。よって、多種多様な物事を把握出来るという感じか。
「ズルいよなあ。普段はチャラくせえのにさー」
「チャラくさいのは余計でしょっ」
あかねがつい反論すると、イノリはチラ見てからニヤリとして肘でつつく。
そりゃ見た目はそうかもしれないけど、ちゃんと正論を促してくれる冷静さを持った人だもの。
その言葉に何度も助けられたし、励ましてもらえたんだもの。
ホントは立派な人なのよ--------と、あかねが声を上げても、おそらく「欲目」の一言で片付けられるだろうが。

「ああもう、分かったよ!」
散々周りから抑え込まれて、天真もついに根気負けしたようだ。
だが、それでも寿巳にはガンとして厳しい目で念を押す。
「でも、おまえを認めたってわけじゃねえからな!」
「承知しています。認めてもらえるまで、お話させて頂きます」
これはあきらかに、寿巳の勝ちだなと皆思った。
とにかく常に冷静で誠実。これまでの行動を見て判断するだけでも十分好青年だ。
「そうそう、反対するのはまだ先でも良いだろう?別に、今すぐ夫婦になる必要があるわけでもなし…」
何気なく言った友雅の一言が、消火しかけていた天真の導火線に再び油を注いだ。

「め、お、と、だ、とおおおおお!?」
頼久たちに押さえ付けられながらも、天真はぐぐぐっと寿巳に顔を近付ける。
「そんなこと考えてんのか!」
「ご、誤解ですよ!ただ、それくらい彼女を真面目に思っていますけど」
「まさかっ、す、既にその…こ、こ、こっ…」
天真はパニック状態で言葉に出来ないようなので、代わりに言うと"婚前交渉済みなのか?"と問い質したかったらしい。
もちろんそれは伝わっていないので、幸いバトル勃発は避けられた。
「あー、盛り上がっているところ悪いが、夜が明ける前に皆も休んだ方が良いのではないかと思うがな?」
晴明の鶴の一声で、ようやく一連の騒ぎが終了。
時間も時間なので皆帰宅せず、ここで朝まで休ませてもらうことになった。
天真たち覚醒直後なので式神の監視下に、他は男衆女衆と部屋を別に用意された。
「おい友雅、ここは人んちなんだから、あかねの部屋に夜這いに行くなよ!」
「ふふ、イノリに見透かされるとは、私も気が緩んだかな」
誰でもそれくらい予想出来るだろ、と突っ込まれながらも余裕で友雅は笑い、あかねに近付く。
「おやすみ。夢の中で疲れを癒すのは良いけれど、もし私が訪れたら受け入れておくれ」
「は、おやすみなさい友雅さ…」
頬を撫でられたかと思ったら、次の瞬間に視界と唇が塞がれた。
皆が見ている目の前で、心の準備も出来ないうちにっ…!
「なっ、仲が良いんですねっ…お二人」
天真の前では正々堂々としていた寿巳も、目前でこんなシーン見せられたら動揺を隠せない。
一方その他の者たちはというと、二人が近付いた時点で顔を逸らす者もいれば、照れ隠しで頭を掻く者、そして完全に無表情の一名など。
「友雅殿の抑制が利いているうちに、お休みになった方が宜しいですわ、神子様」
女房がやんわりと間に入って、あかねを寝所へと連れて行く。
やれやれ…とぼやく声がする中で、男衆の部屋の妻戸が閉じられた。



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Megumi,Ka

suga