Romanticにはほどとおい

 第27話 (4)
深夜にも関わらず来客が押し寄せる安倍晴明宅を、他人が見たらさぞかし異様な光景だっただろう。
まあこんな時刻なので、通行人など全くいないのだが。
「それにしても、こうして無事に目覚められて良かったです」
治部省で友雅から聞いていたので、鷹通もずっと気がかりだった。
こうして元気に意識を取り戻した蘭を目の当たりにして、ようやくホッと心が落ち着いた。
集まった皆も同様で、これでようやくすべてが解決したと安堵感を覚えた。
だが、ひとつ重大なことに触れていない。
「それで、肝心の兄上についてはどうなんだい?」
「あ、それは大丈夫です!」
友雅の問いに対して、あかねは晴れ晴れとした顔で答えた。
そして今一度、晴明が蘭に質問をする。
「何度も尋ねて悪いが、ここで眠っている青年は誰か分かるか?」
「私の兄よ。はぐれてバラバラになってた…らしいけど、間違いなく私の兄よ。」
「名前は分かるか?」
「森村天真」
はっきりと迷いなく、蘭は天真の名前を答えた。自分の兄として、彼の名前をしっかりと告げた。
「なるほど。あとは天真が目を覚ますのみ、ということだね」
その天真の様子はと言うと…軽くいびきをかいて爆睡状態。
晴明の呪で眠らせられていた時は呼吸も少なく落ち着いていたが、今はどっぷり疲れて眠っているような感じである。
「目覚めてみなければ分からんが、おそらく問題なかろう。自然に目覚めるまで待つことだな」
「…良かった」
溜息を着いたとたん身体を崩したあかねを、友雅が後ろから抱きとめる。
神子としての役目をこなしながらも、ずっと天真や蘭のことを心配していたのだ。
鬼の一族との戦いが終わって京に平穏が訪れたとしても、天真たちのことを思い悩まない日はなかっただろう。
「諦めずに、ここまでよく頑張ったね」
優しい声と眼差しが、自分を見下ろしてくれていることにあかねは気付いた。
ここまで引きずっていた緊張の糸が、ようやく解けたという感じ。
積み重ねていた疲労も、これでやっと溶けて消えて行く。

「あのー、母屋にお食事出来たんですけど」
病み上がりのような状態の蘭のために、屋敷の厨房を借りて今回は詩紋が軽い食事を用意した。
「詩紋殿、すまぬが食事をこちらに運んでもらえぬか?」
そう声を掛けたのは晴明で、続いて蘭の顔を一瞬見てから再び詩紋の方を向いた。
「まだ目覚めぬ兄上のそばを、蘭殿は極力離れたくないようだ」
蘭はあっけにとられて、驚きを隠せなかった。
まさに今自分が考えていたことを、そのまま晴明が言い当てたからである。
だが、そんなことは彼にとって特異なことではなく、あくまで普通の日常的行動。
詩紋はすぐに母屋にある膳を持って、部屋に戻って来た。
青菜を刻んで混ぜたゆるめの粥に、甘く煮た小さめのスモモ。
深夜なので身体を冷やさぬよう、暖かい麦湯も添えて。
「では、後は寿巳殿に任せて…我々は退散しようかの」
さりげなく晴明が皆を促し、別の部屋に移動することを勧める。
ここまでくれば蘭は問題なさそうだし、何かあっても寿巳が一緒なら大丈夫。
それに、おそらく彼女にとっては自分たちよりも、心を通わせた寿巳の方が落ち着く存在であろうから。



母屋の広間に集合した面々が一段落しているところで、泰明だけがどうも納得しがたい表情でだんまりを貫いていた。
「何が不満だ、泰明?」
師匠に問われると、さすがの彼も重い口を開いた。
「自らの愚かな野望のために天真の妹を浚ったというのに、家族とはぐれたなどと偽りを擦り込むとは図々しい」
「そう言われりゃそーだよな」
確かに私利私欲で蘭を操っておきながら、困っているところを自分たちが救ったような言い方。これじゃ彼女に恩を着せて、使用人にしていたと思えなくもない。
「良い気なもんだぜ、あいつら」
彼らに対して人一倍嫌悪感を抱いていたイノリも、泰明の言葉をなぞりながら不満げに言う。
そんな二人に対して、口を挟んだのは友雅だった。
「まあ、文句を言いたい気持ちも分かるけれど、そこまで悪人ではないかもしれないよ」
友雅の良い分は、こうだ。
アクラムが自我を失い、彼ら本来の企みを成立させる必要がなくなったあと、蘭は無用の存在となった。
使いものにならない人間など、さっさと見捨ててしまうことも出来る。
実際にそういう事例は、彼らに限らず京でも度々見られた。
なのにシリンは、蘭をそばに置いて共に暮らさせた。
そう考えてみれば、性根まで腐っているとは言い難いのではないか。
「それに彼女も、蘭殿の記憶を早く戻してやってくれ、と言っていたしね」
「あ、私も聞いたことある…」
蘭を連れ出す理由を告げに行った友雅から、シリンの言葉をあかねも聞かされたことがあった。
思い出しかけているのであれば、元に戻してやった方が蘭には一番良い。
血の繋がった兄の元に、早く返してやってくれ、と。
「そもそも、アクラム至上主義な女だからね。これまでのことは、彼に慕われたいがための暴挙だったのではないかな」
そのアクラムもまっさらになり、今はシリンを手放せないほどの依存ぶり。
依存といえば聞こえは良いが、男女としての関係も含めて…なので、そりゃシリンも充実しまくりだろう。
京に平和が訪れて、町や市井の人々の生活も穏やかになりつつある。
どの時代も日常生活に余裕ができれば、人間は心もおおらかになるもの。
毛色の違う人物が往来を行き来していても、蔑むような目は殆どないと詩紋も言っている。
鬼の一族たちのような姿でも毛嫌いされず、普通に生きて行ける世界が訪れようとしているのだ。

「彼らもギスギスして生きる必要もないし、自分らしくあって問題ない時代だ。それなら蘭殿に対しても、本来の性格で接していたのではと思うがね」
それに、シリンはお世辞にも計算高い性格ではないと思う。
というか、計算高くあろうと思っても、なりきれないわずかな緩さがあるというか。完全な悪に染まりきれないというか。
「口は悪いけれど、罵詈雑言を投げるほどではないんじゃないかねえ」
これが、友雅の見解だった。
すると他の者たちが、友雅の言葉に賛同し声を上げた。
「そうですね。過去の過ちに捕われていては、輝かしい未来も人との関係も築けません」
と永泉が言うと、鷹通が続く。
「私も八葉として、京や神子殿の身に危険をもたらすことがなければ、敵視する必要はございません」
鷹通のあとは、頼久が。
「鷹通殿と同じです。それに、天真や妹君が無事に巡り会うことが出来れば、それで十分です」
最後は詩紋が。
「僕もそう思う。昔は突き放されたけど、今はちゃんと話が出来るもの。きっと、本当はそういう人だったんだと思うな」
時間をかければ、もっとお互いに歩み寄れるのではないかと期待が膨らむ。
身分や外見の違いなど気にせずに、同じ人間として同じ京で生きることが何よりの平穏。
そういえば帝も以前、そんなことを言っていたなと友雅は思った。



「どわあああああああ!!!」

夜の静寂を引き裂くような絶叫が、屋敷の隅々まで響き渡る。
声の主を知らぬ者はいない。耳にしたとたん、全員がその場から立ち上がった。
「さて、いよいよ最後のひと仕事だな」
晴明もゆっくりと腰を上げ、皆と共に声の出所へと向かった。



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Megumi,Ka

suga