Romanticにはほどとおい

 第27話 (2)
それは、春の日差しのような暖かさだった。
繋いでいる手のひらから、他人のぬくもりが自分の中へと流れ込む。

「…あれ」
重い瞼をゆっくり開けると、太陽の光を感じる。
頭上にさらさらと音を立てて揺れる緑の枝、足下の方から聞こえる涼しげな音は川のせせらぎ。
少しちくりとする背中とふくらはぎは、土手の草原に寝転がっていたからだった。
いつのまに眠っていたんだろう。
しかも、こんなところで無防備に昼寝だなんてよく出来たものだ。
などと思いながら横に目をやると、彼が同じように横たわっている。
そして彼の左手は、自分の右手を握りしめていた。
ああ、そうだ。さっきのぬくもりは彼の手のものだった。
知り合って長くはないけれど、何となく一緒に過ごしていて。それが何故か違和感を感じなくて、今もこうしてここにいる。
「先に起きてたんだ?」
蘭より数分遅れて、彼がようやく目を覚ました。
心地良い陽気だったから、うとうとしてしまって…と笑いながら言う。
「空腹が満たされたせいかな。釣られちゃったよ」
焼き魚の串、かじったモモの種。
二人で市をうろつきながら、立ち寄っては買って食べたものたち。
「やだ、私の方が眠気に負けちゃったのね。ごめんなさい、退屈だったわけじゃないのよ」
「気にしなくて良いよ。僕だって寝ていたのだからおあいこ」
残っていたモモの実を、彼から受け取って一口かじる。
甘くて少しだけ酸っぱい。
彼と一緒にいる時は、こんな味わいを感じているような気がしてしまう。不思議だけれど、いつもそう。

浅瀬の川の中では、数人の子どもたちが走り回って遊んでいる。
男の子も女の子も、小さい子もそこそこ大きな子も入り乱れて賑やかだ。
「兄妹かな、あそこの二人」
彼が指差した先にいたのは、小さな女の子の手を引く男の子。
穏やかな足場で岩も少ないこの川では、足下をすくわれることはまずないと思うけれど、それでも男の子は女の子の手を離さない。
「ああいう時って、子どもながらに責任感が芽生えるんだよね」
懐かしむ眼差しをして、彼はそう話す。
家が商いをしていたこともあって、幼い頃から妹の面倒を見る機会も多かった。
外で遊ぶときも妹に危険が及ばないように、いつも注意していたものだ。
「まあ、年が行くと煙たがれたりしたけれどね」
そこそこの年齢になると、男女の思考がくっきりと分かれて来る。
こちらが良かれと思って言うことも、妹にとっては余計なお世話と捉えられたりもした。
「意外と心配性なのねえ」
「そりゃあ、女の子だから色々あるし」
微笑ましい話に耳を傾けていると、ほんわかと胸の奥が暖かくなる。
「でもね、こっちの気も知らないで"口うるさい"とか文句言ったりするから、衝突することもあって」
それはちょっと意外だ。
感情の起伏があまりなく、穏やかな感じの彼が妹と喧嘩する光景が想像しづらい。
「喧嘩ってほどじゃないけど。それでも、やっぱり口を出しちゃうもんなんだよ」
何度憎まれ口を叩かれても、妹には幸せであって欲しいから。
自分が一番近くにいるのであれば、盾になって守ってやりたいと思う。
「喧嘩するほど仲が良いって言うものね」
「へえ、聞いたことないな。そういう言葉があるんのかい?」
「うん。お互いに言いたいこと言い合えるくらい仲が良いから、たまには衝突もするよって感じの意味」
「なるほどね。確かにそうかもしれない」
親しき仲にも礼儀ありという言葉もあるので、行き過ぎのちょっかいは逆効果になることもある。
だけど、何となく分かるのだ。口げんかもおせっかいも、愛情の裏返しなのだと。
で、ついついそれに反発したくなるという感覚も、愛情が深いほど芽生えてしまう不思議。

…ああ、懐かしいな。
そうそう、私もつい言い返したくなっちゃって………。

懐かしいって何。何が懐かしいの。
そんな兄妹の感情が、何故懐かしいの。
兄弟って、兄とか妹とか弟とか。何で懐かしいの、そう感じるの。
「どうしたんだい?」
彼の声さえも、蘭の耳に届かなかった。
何かが近付いている。懐かしい記憶がすぐそこまで来ている。
もう少しで思い出しそうな、その懐かしい記憶は一体何なのか。
「お兄ちゃん!」
女の子が兄を呼ぶ声が響いた。
お兄ちゃん…私、その呼び方を知っている。
私に兄がいた?兄弟がいた?
あんな風に手を引いてくれた人が、同じ血のぬくもりを持った人が----------------。




「おにいちゃん」
無意識に、口が動いた。
同時に目が開いた。煤けた高い天井が目に映った。
…ここ、どこ?妙に神々しい薫りが漂っている。
横になっていることだけは分かったが、今どこにいるのかさっぱりだ。
どことなく重い上半身を起こし、目をこすりながら周囲を見ようと顔を上げた。
最初に目を向けたのは、右側。
あ…。
そこで眠っている人を、蘭は知っていた。
何故かって…ついさっきまで夢の中で一緒だったから。
あれ?ちょっと待って。確か彼って故郷に戻ったんじゃなかったっけ。どうしてここにいるんだろう。
色んなことが少しずつ、少しずつよみがえって来た。
彼の顔を見るのは久しぶりだ。故郷へと旅立った日は、名残惜しくて朝早くから会っていた。
また戻ってくるからねって、ああそう言っていたんだ。
本当に戻って来てくれたんだ。
彼の指に触れたくなって、思わず手を伸ばした。

ぴくり、と感覚が目をさます。
指先に何かが触れて、はっとして顔を上げると視線がぶつかった。
「………」
見つめ合っているのに、声が出て来ない。
驚きがすべてを超えてしまって、身体も思考も追いつかないから、お互いを見つめているのが精一杯。
ただ、二人とも同じ感情が胸に込み上げているのは分かった。

会いたかった。
会えて良かった。
そばにいたかった。
-----------そこから生まれ出るのは、愛しい想い。



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Megumi,Ka

suga