Romanticにはほどとおい

 第26話 (3)
「ホンット、信じらんねーなお前らっ!」
のしのし前を歩いて行くイノリが、背後から着いて来る二人に向かってボヤく。
庭中を探しまくって、ようやく見つけたと思ったら友雅の姿しかなかった。
おかしいなと近付いてみたら…あかねはすっぽり彼の腕の中に隠れていただけで。
何をやっているかと思えば、相変わらずのアレ。
「接吻だけで我慢出来ていたのは、誉めてもらいたいところだが」
「んなもん誉められっかー!このケダモノどもがっ!」
時と場所を選んでイチャイチャ出来ないのか、この二人は!
かりにも、ここは他人の屋敷の庭だというのに、見境がないというか遠慮がないというか!
「とにかく!さっさと着いて来い!」
こっちは急を要した事態に陥っているのだ。
どういう状況なのか分からないにしろ、泰明が急いで部屋に戻ったと聞けば普通じゃない、と誰でも分かる。


再び部屋に入ると、相変わらず二人は目を閉じたまま横になっていた。
一見、さっきと全く変わらない光景。
…かと思いきや、明らかに違うことが起こっていた。
「何の前触れもなく、突然にな」
そう話す晴明の視線の先には、彼の手をしっかりと握りしめる蘭の手があった。
彼が手を握っているのではなく、彼女の意志が彼の手を握っているのだ。
異変の一部始終を見届けた晴明によれば、本当に前触れらしき行動はなく突然蘭の右手が伸びて来て、彼の手を探り当てるとぎゅっと握ったのだという。
彼は何度も蘭の名前を呼んだが、残念ながらそれ以外の異変はない。
ただ彼女の手は力強く彼の手を握ったまま、あれから一向に離そうとしないのだ。
「悪しき兆候ではないであろう。むしろ、前向きに考えて良いかと思うがな」
少なくとも蘭に限っては、これまでの中で一番の好転だと思われる。
あとは、天真にも良い変化があれば良いのだが。
「何かないのか?天真の気付け薬になるよーなのがさあ」
天真のリアクションを引き出すような、刺激になるものが何かないだろうか。
「ね、詩紋くんも呼んでみない?」
土御門家のひとつ屋根の下で暮らす、異世界から来た八葉同士。
性格も嗜好も全く違うけれど、同性だから話が合うこともあるかもしれないし。
「では、すぐに式を飛ばせよう」
手元に置かれた榊の葉を一枚摘み取り、晴明が小さな呪を唱えると宙を舞いながら外へと流れて行く。
まるで自我を持っているかのように、それらは塀を越えて皆の視界から消えた。

それからしばらくして、一台の牛車が晴明の屋敷前で停まった。
「ホントだ…!しっかり手を握ってる」
急いで駆け付けた詩紋は、蘭の様子を見て思わずそう言った。
「これって蘭さんが、自分を取り戻しかけてるってことですよね!」
「確信はないけれどね。でも、彼女に何か強い気持ちがあるから、こうして力を緩めないのだろう」
蘭の本能が欲しているもの。手に入れたいもの。
誰だってそんなものに手が届いたら、逃がさないように力いっぱい掴むだろう。
つまり彼女にとって彼の存在は、手放したくない大切なものということだ。

「そーいうわけで、天真にもそれくらい反応を望めるものがないもんかなーって。詩紋、思い当たることとかないかぁ?」
「天真先輩の興味あるもの…かあ…」
面白そうなものや気になるものがあれば、すぐ試そうとするし、人の輪の中に入って行こうとする。
だから、意外と好奇心は割と旺盛なタイプだと思うのだが、何か凝っているものがあるかと考えると、なかなか思い付かない。
「趣味みたいに楽しんでるようなことじゃ、インパクトないよねえ」
「"いんぱくと"っての、よく分かんねえけども…。まあ、そういうお気楽なやつじゃ、ちょっとな」
妹の方は男女の恋愛感情だし、お互いの気持ちも割と本気のようだし。
それと同等の何かが、天真にはないのだろうか。
「若いのだから、通っている女性の一人や二人いても良いものだけど」
「おまえじゃあるまいし」
多分そこにいる全員が、イノリと同じツッコミをしたと思う。
だが、友雅の方は気に留めることもなく、そのまま話を続ける。
「天真が気付いていないだけで、誰かに想いを寄せられているかもしれないよ?」
屋敷の中で静かに過ごすより、町の賑やかな空気に触れる方が好きな天真だ。
京での暮らしも長くなり、顔見知りや親しい者も増えて人脈も広がっただろう。
だからこそ、彼を誰がどこで見ているのか分からない。
「年頃なのだし、迫られたらまんざらでもないと思うのだけどねえ」
そうは言っても全くそれらしき情報もない。
妹と同じような刺激を与えるのは、やはり無理ということか。

「私は、天真殿を好ましく感じておりますわよ」
--------えっ?
声の発信先に視線を向けると、神秘的な顔立ちの女房が笑みを浮かべていた。
すると、隣にいた女房もまた相づちを打つ。
「少々荒っぽいところはありますけれど、正義感のある方ですもの」
「ええ、とても頼もしくて。誠実な方ですし、素敵だと思いますわ」
なんと!この見目麗しい女房が、二人揃って天真へそんな賛辞を口にするとは。
「イノリ殿はまだお若いですけれど、天真殿くらいのお年でしたら…ねえ?」
顔を見合わせて微笑む彼女たちの表情には、どこか妖艶な雰囲気が漂う。
少なからずその胸の奥には、甘美な思惑が潜んでいるのではないだろうか、と詮索してしまうくらいに。
「天真先輩って結構モテるんだ…」
感心したように詩紋がつぶやくと、今度は彼女たちの視線が彼に向けられた。
「詩紋殿も素敵な殿方ですわ」
「数年もすれば、きっと美しい殿方になられるでしょう。是非その時は…ふふふ」
意味深な笑いを投げかける彼女たちに、詩紋の顔が一瞬で真っ赤に染まる。
彼女たちの相手をするには、まだまだ修業が足りないと言ったところだ。
「残念ですわ…。私が人の子ならば、天真殿に遠慮などしませんのに」
「本当に残念。式では道ならぬ恋になってしまいますもの」
まったくだ。彼女たちが晴明の式神でなく、普通の女性だったなら天真にモーションでも掛けさせたのに。

「ってことは、やっぱ天真に一番の刺激は妹の存在かあ…」
結局また降り出しに戻ったが、何年も妹を探し続けた彼だ。
だから天真に刺激を与えるためには、蘭が目を覚まさねばならないのかも。
「二人同時にとは考えず、まず妹君にだけ全力を注いでみようかの」
と、晴明が提案を出した。
天真と蘭を一度に目覚めさせるとなったら、さすがの晴明でも力を分散せねばならない。そうすれば時間も労力も倍になり困窮する。
幸い蘭は明るい兆しが見えているし、ここで集中した方が良いかと考えた。
「晴明殿がそうお考えなら、それが最良でしょう。お任せしても良いよね?」
「はい!お願いします!」
あかねと詩紋は手を付いて、晴明の前に頭を下げた。
友雅はもう一人、目配せで彼に合図を送る。
「僕からも、どうかよろしくお願いします」
青年は蘭の手を握ったまま、深く頭を垂れた。

一刻でも早く、彼女と言葉を交わしたい。
以前のように笑いながら、何気ない時間を二人で過ごしたい。
君に会いたいから、またこの京にやって来たのだ。
その意味をちゃんと、瞳を見つめながら伝えたいのだ。



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Megumi,Ka

suga