Romanticにはほどとおい

 第26話 (2)
所用を頼まれた泰明とイノリは、晴明の部屋にやってきた。
室内には巻物をはじめとして、得体の知れないものが山のようにごっそり。
その中から泰明は頼まれたものを探し出し、イノリはそれらを運ぶ役目を与えられている。

「なあ、泰明。あいつにホントのこと話さないでいいのか?」
イノリは高欄に腰掛けて、暇を持て余しながら庭を眺める。
そんな風にだらだらしつつ、泰明にふと疑問を投げかけてみた。
「うまいこと行って蘭が意識を取り戻したとするぜ。そしたらまあ、あんな感じだから…いずれは懇ろになるだろ?」
「だからなんだ」
「だから、だよ。そしたらさ、もし夫婦になるとして…だよ。素性を説明しなくて良いのかなーって」
蘭はあかねたちと同じ、異世界から来た人間だ。
青年もまた他の土地から来た人間ではあるが、これに関してはちょっと話が違う。
自分たちが知らない別の世界が存在し、そこから諸々の理由でこの世界に飛び込んで来てしまった。
それをどう彼に説明し、理解させれば良いのだろうか。
「オレらだってさ、そんなの考えたこともなかったじゃん。だから最初の頃は、詩紋にひでぇことしちゃったしさ」
敵対していた相手が金色の髪と碧眼だった。
そんな理由だけで同じ風貌の詩紋もまた、敵だと信じて疑わなかった。
だが、他の世界では彼らのような姿の人間も、京人のような黒髪の人間も同じように共存している。
理解するには随分と時間が掛かってしまったし、今でも実際にそんな光景を見たわけではないから半信半疑のところはある。
それでも、事実なのだと受け入れられるようになったのは、彼らとの間に信頼が生まれたからだ。

「夫婦になるには、互いの素性を知らねばならない決まりがあるのか?」
「そーいうわけじゃないけど」
「なら、今までどおり適当にやり過ごせば良い」
「いやいや!ちょっと待て待て!」
こういうことには無関心な泰明に、説明するのは結構苦労する。
「お互いの環境が色々違うから、価値観とかでズレが出たりするじゃん。でも、予め違うことが分かってたら割り切れるし、困惑したりも少なくて済むもんだろ?」
「わからん」
…果たして、本気で話を聞いているのかどうか。
イノリは熱弁を振るってみたが、泰明は簡単な答えしか返してこないし。

でも、一応話を続けてみる。
「あかねたちも主上が色々やってくれたおかげで、異世界の人間ってバレずに済んでるだろ?」
この世界で、あかねは今上帝の遠縁の娘。
天涯孤独になった彼女の様子を伺いに行ったとき、同行した友雅と対面して恋に落ちた------ということになっている。
丹波には彼女が住んでいた(という設定の)古い屋敷もあり、集落の者たちにも話をつけてあるので、部外者から詮索されてもごまかしきれるだろう。
「集落の者には、あかねが異世界の住人だと言ってあるのか?」
「そこは上手く言いくるめてあるんじゃねえ?一応、主上からのお達しだしさ」
あくまで私的な内容ではあるが、帝の声ともなれば勅命と大差ない。
ちょっとぐらい不条理な部分があっても、誰もが良しと出来るだろう。
「集落の者たちに話さずとも済んでいるなら、説明の必要性はない」
「あ、そっか」
泰明につっこまれて、そういえばそうだと気付いた。
あかねが丹波に暮らしていたという話になっているだけで、彼女の真実の素性については打ち明けられていなかった。
この世界で生まれ、別の地域で生活していた。
それが、昔から丹波に暮らしていた、となっているだけのこと。
「天真たちも、そのように扱えば良い」
確かに泰明の言うとおりかもしれないが…。
面倒なことはせず、今のままですんなり暮らしていければ楽ではあるが…。

「でもなぁ…」
すべてを打ち明けてこそ相互理解があるわけで、そこからまだ信頼が強まるような気がするけれど。
「全部知ったら、更にこじれることもある」
今のは声にしていなかったと思うが、泰明にはこちらの考えを読めていたようだ。
「考えてみろ。あかねが友雅の過去をすべて知ったらどうなる」
彼女が京に降り立つ前の、彼女と恋に落ちる前の彼の行動を、包み隠さず真実として知ったとしたら。
それを聞いたら、とたんにイノリが無言になった。
「と、いうことだ。すべて打ち明ければ良い、というわけではない」
真実には知って得をすること、知って損をすることの二種類がある。
つまり、それらを吟味しなければならない。
平穏のためには、損をする結果になるような真実はいらない。
「友雅もようやく愚行癖から抜けられたのだ。蒸し返さずとも良いだろう」
「愚行って…オマエ言葉選ばねーな…」
まあ、イノリも否定はしないが。

頼まれた資料を捜し終え、間違いがないか一度確認のため目を通す。
結構な量となったため、泰明が振り分け終えたものからイノリが運ぶことにした。
一枚足りとも無くさぬように、しっかりと両脇に抱えて廊下を進む。
庭の景色は初夏の色を深め、鮮やかな緑が清々しく見える。
これからもっと暑くなっていくのだろうが、日差しの熱は結構嫌いではない。
注意すべきは、疫病が広がることのないようにということ。
鬼の一族たちが落ち着いたせいか、病に掛かる者は随分と減ったが油断は禁物だ。
「暑くても寒くても、快適に過ごせるよーな工夫を考えなきゃなー…」
と、独り言をつぶやきながら歩いていたイノリの背後から、びっくりするほど気配を持たず泰明がやって来た。
「うわ!なんだよ、泰明!」
「すぐに友雅たちを連れて、部屋に戻れ」
「はぁ?何かあったのか?」
「来れば分かる。無駄に時間を使うな」
それだけを言い残して、泰明はその場を風の如くの速度で立ち去った。
…いきなり何なんだよ。
ついさっき、まだ探し物が残っているからって、先に書物持って戻れって言ってたくせに。
手ぶらだったから、用件が済んだ感じでもなかったし、あんな慌てた泰明なんて滅多に見たことない。

「えっ?まさか!」
理由を言う間も惜しむくらいの火急の用が起こったというなら、思い当たる節はただひとつ。
「ちょ、ど、どーすんだ?!」
自分もすぐに様子を見に行きたい。だが、友雅たちにも伝えなければならない。
でもやっぱり、どんなことになってるか気になるし。
だからって友雅たちを無視も出来ないし。
少々パニくって同じ内容を繰り返してじたばたしているが、取り敢えず落ち着け落ち着け…すーはーすーはー呼吸を整えて。
「どこいったー!あかねー!友雅ー!」
書物を廊下に一旦置いたイノリは、ひらりと庭に飛び降りて駆け出した。
少しちくちくする雑草の感触も、今は何とも感じない。
早く二人を見つけて、一緒に部屋に戻らなくては。
一心不乱で庭を駆け回り、離れに近い裏庭までやって来て-----------------。
発見した二人の姿を目の当たりにして、イノリの頭が一瞬沸騰したのは言うまでもない。



一方、先に部屋に戻った泰明が見たものは、彼が予測した(というか期待した)結果とは少し違っていた。
「神子たちは見つかったのか?」
「そろそろイノリが連れて戻るかと…」
「そうか。とにかく、異変には変わりないからのぉ…」
晴明もまた、この現状に複雑な表情を隠せずにいた。
そして、ここの誰よりも一番困惑していたのは、青年であった。



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Megumi,Ka

suga