Romanticにはほどとおい

 第25話 (4)
晴明の唱える呪が、再び部屋に漂い始めた。
イノリたちは相変わらず天真の腕に手を添え、青年は蘭の手を包むように握りしめている。
しかし、予想していたとはいえ…二人の様子に変化は現れない。
そうなると、少々退屈感が出て来てしまう。
真剣に取り組まねばならないと分かっているが、ただ手を添えているだけなのだから気怠くもなる。

「気が早いが、これから先のことを考えてみようか」
突然友雅が、そんなことを言い出した。
今後、天真と蘭が意識を取り戻したあとのこと。
幸いにも蘭は記憶が回復し、更に青年との関係も忘れずにいた----という万事解決となったあとのこと。
「君は今後も、京にいるのかい?」
「はい。まだしばらくは、こちらで修行してこいと言われてますし」
商売をするためには、客と一対一で渡り合う経験が必要だと言われた。
それには顔見知りの多い故郷よりも、京のように見知らぬ多くの人が行き交う町で過ごすのが良いだろうと。
「なら、これまで通り逢瀬を続けられるということだね」
逢瀬という言葉を使われると…何だか照れくさくなってしまう。

「そういえばさ、天真の妹ってこれからどこに住むんだ?」
ふとイノリが思い付いたように言ったが、確かにそれは誰一人考えていなかった。
今まで蘭は、シリンたちと生活を共にしていた。
しかし記憶を取り戻した以上は、彼らの元に戻ることは出来ないだろう。
そうなったら、蘭はどこに行くのか。
天真たちと一緒に土御門家へ身を寄せるかと言っても、勝手にそんなことは決められない。
事情を話せば快く受け入れてくれそうだが、図々しすぎる気がしないでもないし。

「あのさあ、オレんちの近くに空家があるんだけど、どーかな」
「え、独りで住ませるの?」
現代でなら女性の独り暮らしも当たり前。
でも、この京ではさすがに無謀すぎないか。
シリンたちと暮らして家事、随分と京も治安が安定してきたとはいえど、若い娘を一人で生活させるのは…。
「違うって。天真と妹と二人で暮らせばいいんじゃねえかなって」
京の環境に天真はすっかり馴染んで、町に出れば知り合いもあちこちにいる。
その流れで時には簡単なアルバイト等を任されることもあり、最近は小金を稼ぐのにも苦労していない。
本腰を入れてきちんとした職に着けば、自活するくらいの収入は得られそう。
ならばいっそ屋敷を出て、個人で家を持つのはどうだろうか、とイノリは思ったのだった。
「そっか…。元々天真くん、お屋敷で暮らす感じじゃないもんねえ…」
どんなことも使用人がやってくれて、自分から動くのではなく指示して動いてもらう生活。
小綺麗な衣類に調度品…どれもこれも天真のタイプではない。
イノリが言うように、自分で働いて稼ぐ独立した生活の方が彼らしい。
「でも、天真くんたちがお屋敷から出たら、ちょっと寂しいなあ」
「詩紋がいるじゃん。それに、オレんちの近くだから屋敷からも近いし、しょっちゅう行き来すりゃ良いって」
そうなのだけれど、やっぱりこれまで三人一緒だったから、そこから一人抜けてしまうのは寂しい感じがする。

「そういうあかねは、いつまで屋敷にいるつもりなのかな?」
「え?あ…」
友雅に言われるまですっかり忘れていたけれど、本当なら既にあかねは土御門の屋敷を離れているはずだった。
世話になった屋敷を出て、新しく自分の部屋が用意されている場所へ。
彼と…友雅と共に暮らす屋敷に、住居を移すことになっていたのだ。
色々と長引く準備(とは名ばかりの妨害)がなければ、今頃は彼と…。
「やれやれ…。せっかく設えた私たちの愛の巣も、これでは埃をかぶってしまうよ。早く使ってみたいものだが」
「すいません…。藤姫が一からきちんと用意してくれてるんで、時間が掛かってしまって…」
いや、それは明らかに口実に過ぎないから。
上手いこと言って、あかねが輿入れを先延ばしにしてるだけだから。
そうツッコみたい気持ちを抑えるのに、皆は毎回苦労する。
「まあ、もうしばらく土御門家に通うことにするよ」
「それがフツーだけどなあ」
この世では、夫が妻の元に通うのが結婚生活。
なので友雅があかねの住む屋敷へ通うのは、一般的ではある。
「しかし土御門家は、目も耳も多い。出来れば他人に気兼ねなく、愛し合える場所の方がいいよね?」
「…私に同意を求めないでくださいっ」
やたらに艶っぽい眼差しで見つめる友雅と、真っ赤な顔で受け答えるあかね。
まったく、見ているこちらが気恥ずかしくなる。

儀式が始まって二時間ほどが過ぎたが、雑談が功を奏して退屈感はすっかり消え失せた。
天真が起きていたらマトモに聞けなそうなので、青年の側から二人のなれそめについても語ってもらった。
蘭の方は随分と曖昧にしていたが、彼は丁寧に出会いから普段の様子まで話してくれた。そういうところからも、何となく性格が伝わって来る。
「なかなかの、好青年だと思うけどねえ」
「でも、天真が黙ってねえと思うなー」
客商売をしていることもあり、相手との会話も上手い。
真面目だけれど堅苦しくなくて、時に軽い冗談で笑いなども交えて印象は上々。
育ちもあまり悪くないし、特に問題はない相手だと思うのだけれど。
「取り敢えず、君は兄上ときちんと話をしないといけないよ」
「あ、それは勿論です。初めてお会いするわけですし」
「挨拶だけじゃねーぞ。ちゃんと、妹さんと付き合ってますって言うんだぞ」
「はあ…」
「妹に関しちゃ過保護だからな。まず怒鳴られると覚悟しとけよ」
「イノリくん、今から脅してどうするのよー!」
言ってることはもっともだけど、会う前から天真に変な印象を持たれても困る。
少しでもマイナスなイメージは避けておきたいと思ったが、幸いそれは取り越し苦労に終わった。

「でも…それだけ妹さんを大切に思っているんでしょう。厳しい目で見られても、仕方ないと思いますよ」
へえ…これは有望だな。
例え天真に五月蝿く怒鳴られても、この冷静さがあれば説得も可能かもしれない、と友雅は思った。
「僕にも妹がいますし、お兄さんの気持ちは分かりますよ。だから、気長に真面目なことを理解してもらいます」
「妹さんいるんですか。何だか天真くんとは全然違うなあ…」
血気盛んな天真と、冷静な彼とは正反対。
だけど中身は同じなのだから、どこかで上手くかみ合うチャンスがあれば。


「…あっ!」
彼が突然声を上げた。
全員が視線を集中させた先には、蘭の手を握る彼の手があったが、その手を蘭がしっかりと握り返している。
「急に力が入って、いきなりぎゅっと握ってきて…」
「……良い反応だ。これは、もしかするかもしれんぞ」
二人が意識を失ってから、初めての反応だった。
あかねが顔を拭いたりしてもびくともしなかったが、手を握り返したとなれば意識がすぐそこまで浮上しているのかもしれない。
「よし。もっと何か試せることはないかね?」
気付け薬になるようなこと。
手を握ったり、声をかけたり…。その他に何か出来ないか。

「王子様の口づけというのは?」
「はぁ?」
何だそりゃ、といった顔をしたイノリに、友雅は簡単なおとぎ話をした。
以前、あかねから寝物語として聞かされた現代の物語。
眠り続ける姫君を、王子様のキスが目覚めさせるという童話。
「経験から言わせてもらうと、結構効き目あると思うんだがね。恋人同士ならそれくらい平気だろう?」
今、さらっとノロケ話を聞かされたような気がするが…ここは深入りせずにスルーしておこう。
しかし、こんなに大勢の目がある中で…いくら彼女が眠っているからって。
「じゃあ、み、みんな後ろ向いてあげましょう!」
それくらい気遣ってあげなきゃ、とあかねはみんなを急かす。
仕方なく全員は顔を背け、晴明は一人静かに目を閉じて呪を唱え続ける。

眠る姫君を目覚めさせるのは、愛する人の…王子様の口づけ。
そんな力があるのだろうか。ちょっと信じられないけれど--------。

でも、目覚めて欲しい。
そのためならば、どんなことでも。
口づけひとつでそれが出来るのならば。
彼は覗き込むように蘭の顔に近付いた。
そして願いを込めて、心の中で彼女の名前を呼びながら唇を重ねた。



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Megumi,Ka

suga