Romanticにはほどとおい

 第24話 (3)
「ども、ありがとーございましたー」
門前で深く頭を下げ、挨拶を終えるとイノリは通りへと歩き出した。
中流貴族の屋敷であるが、こういうところからも最近は注文が多い。
市で時々売りに出した簪などが、いつのまにか彼らの目にも止まっていたようだ。
これらは大概玉を用いたものが多く、手間も掛かる代物なのだが評判は上々。しかも、かなり高値で取引出来る。
師匠のような刀剣の鍛冶師になりたかったが、自分の才を磨くことも大切だと師から直々に言われ、今は個人で受注も承っている。

イノリは、ふらりと市の方へ向かった。
自分の受注品で得た代金は自分で貰えと師は言うが、やはり少し気が引けるので手土産を買って帰るのが習慣だ。
作業をしながら、ちょっと口に入れられるようなものはないか…。
店を見て歩いていると、彼の姿を見つけた子どもたちが駆け寄ってきた。
「イノリの親分だ!仕事の帰りっすか?」
「ああ。品物を届けに行ったところだ」
せっかくここで会ったのだから、彼らにも何かご馳走してやろうと、イノリは焼き栗をひと籠買って分けてやった。

店の隅に座りこんで、ほくほくした栗をほおばる。
その彼らが、脇に一枚の紙をまるめて差してあることに気付いた。
「おまえら、その紙なんだ?」
「あ、そうだ!これ、尋ね人の似顔絵なんですよ!」
丸めた紙を開いて、イノリの前に差し出されたそこに描かれていたのは、おそらく女性の絵と思われる。
簡単な特徴を形にしているだけで、精密なリアルさに欠ける絵ではあるのだが、どことなく雰囲気はちゃんと伝わる。
「橋の先にある茶店で、若い男が描かせてたんですよ。何か、親しくしてた女を探しているから、似顔絵を描いてくれって言ってて」
体格は、割と細め?すらりとした感じ?
黒く長い髪を後ろで束ねて……ん?これ、どこかで見たような気が。
「すっげえ威勢の良い女だって言ってましたよ。イノリの親分も、俺らと一緒に人探ししませんか?」
威勢の良い女。
若くて髪が長くて…。

---------------「ああああ!?」
思わずイノリはその紙を取り返し、改めて絵を凝視した。
そうだ、確かにそう言われてみれば…似ている。
威勢が良いと言うのなら、間違いなくあれは半端ない威勢の良さだ…兄譲りの。
「これ!これ描いてくれって言ってたの、誰だ?どこにいる!?」
「え?ええと…確か若い男でしたよ。そうだなあ…天真のアニキくらいの年だったかなあ」
じっくり耳をそば立てていたわけじゃないので、詳しいことは分からない。
だが、割と身なりは整った感じの青年で、どこかからの行商人だとか言っていたような。
「連れてけ!そ、そいつのところに案内してくれ!」
「ええっ!?ど、どうしたんですか親分!」
彼の腕を引き寄せて、イノリはその場から立ち上がった。
今、自分の中に浮かんでいる予想は、おそらくそう外れていないと思う。
天真の意識が戻ったら怒鳴られそうだが、もしも彼が蘭の回復のきっかけになったら…。
とにかく、どんなことでも試してみるしかないじゃん!
「ほら早く!」
イノリに急かされながら、子どもたちは先頭を切って走り出した。


辿り着いた宿で、男のことを尋ねてみた。
「ああ、その客ならうちにいるよ。でも、今は市の方に行ってて留守だ」
しまった、すれ違いだったか。
何時くらいに戻るか聞いていないと言うし、ここでずっと待ち続けているわけにもいかない。これからまた、師匠の工房に戻らねばならないのだ。
「親分の代わりに、俺らがここであの兄ちゃんを待ってましょうか」
「おまえらが?良いのか?用事とかあるんじゃ…」
「大丈夫っす。時間で交代すりゃ良いし」
子どもたちは皆、あちこちの店で手伝いをしながら小遣いを稼いでいる。
三人で1〜2時間くらいの割合で、入れ替わり当番すればさほど苦にもならない。
「じゃ…任せる。頼むぜ」
「まかせて下さいっ!」
気合い十分で、元気よく子どもたちはイノリに応えた。
「そうだ!もし、その男が帰って来たら、堀川の安倍家に連れてってくれよ」
「安倍…って、あの陰陽師のジイさんの屋敷ですか?」
遠慮なくジイさん扱いしているが、幼い子どもたちにも晴明の名は知れている。
それほどに、彼の存在は京という町に根付いているのだ。
「おまえらの知ってるヤツが、誰かしらそこにるから。そしたら、"イノリの子分が蘭の関係者を連れて来た"って言え。そうすりゃ大丈夫だ」
きっと、まだあかねが屋敷にいるはずだし、おそらくこう言えば察してくれるに違いない。
「そんじゃ、よろしくな!」
「はいっ!」
さあ、このお節介が吉と出るか、凶と出るか。
仕事が終ったら、自分もすぐに晴明の屋敷に向かおうと決めて、イノリは工房へと急いで戻った。



あかねの目の前に、色々な生地がいくつも置いてある。
どこもかしこも解れていて、中にはすり切れて穴が空いているところもある。
落ちそうにない汚れもあるし、つまりボロきれという類いの生地ばかりだ。
「まあ、そのように縫うのですね」
「そうです。で、こうすると…ほら、めくりながら何カ所も拭ける面が出来るでしょう?」
興味津々な表情で、式神の女房たちがあかねの手元を覗きこんでいる。
昔、あかねが学校で教えてもらった雑巾の縫い方は、三枚の雑巾を束ねて中央で直線縫いで留めること。
小冊子のような形になるので、拭いて汚れたら次のページへ…と、ひとつで何回も使えて便利なのだ。

…って、他人の家で何故雑巾を縫っているかというと、単に時間を持て余しているからである。
天真たちに付き添っていたいけれど、そうすぐに変化があるわけでもないし、どれだけ時間が掛かるか分からない。
じっと何もせずにここにいるのも、気持ち的に落ち着かないというわけで、何か雑用をさせてくれと女房に頼んでみたところ、古いボロきれの整理をしなくてはならないと言われた。
ならばそれをリメイクしてみてはどうか?
そんなこんなで、裁縫箱と針と糸を借りて、皆と雑巾縫いをしているのである。
客人は滅多に来ないけれど、そこそこに広い晴明の屋敷。
女房が掃除を怠ることは出来ないので、雑巾はいくらあっても困るものではない。

「しかし、賑やかなものだなぁ」
部屋の前を通りがかった晴明が、泰明に聞こえるようにつぶやいた。
この屋敷に女性は女房が数人しかいないが、彼女たちはあくまで晴明の式。合理的にしか行動しない。
雑談をすることも滅多にないので、こうも女性の声が響くのは不思議でもあり新鮮でもある。
「神子は土御門でも、藤姫や女房たちとあんな調子ですから」
「ふーむ。ま、たまにはこういうのも良かろう」
おそらくここに天真の妹がいたら、もっと大賑わいになるのだろう。
早く彼女たちの中に、仲間入りをさせてやりたいものだが……。


「泰明、客人の気配があるな」
一瞬、他人の気配が屋敷に近付いているのを晴明が感じ取った。
一人ではなく数人のようだが、威圧感はないので位が高い者ではない。
むしろ、この血気盛んな気配は…子どもか?
「子どもが何人か。それと、若い男がいるような」
「だな。とにかく、主直々に出迎えて差し上げようではないか」
邪気はなく、まさに無邪気。
何かを伝えようとして、彼らはここにやって来るような気がする。



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Megumi,Ka

suga