Romanticにはほどとおい

 第24話 (1)
夕刻時のこと。
土御門家を訪れた来客の姿に、藤姫が眉を潜めた。
「そういうわけで、今宵は晴明殿のお屋敷に泊まることになったのだよ」
友雅が携えた文を開き、その中に認めてある文字を丁寧に追った藤姫だが、表情は相変わらず険しいままだ。
天真と蘭に不測の事態が生じ、未だに意識が戻らない。
彼らが目覚めたとき側にいてやりたいので、しばらく安倍家に身を留める------と、確かにあかねの直筆で書かれている。
「何せ晴明殿のお屋敷だからね。身の安全は問題ないから、安心してもらいたい」
そうは言ったが。
「なのに、どうしてそんな怪訝な顔をされているのだい?」
文を何度も凝視し、たまに友雅に視線を向ける。そのくりかえし。

「……本当に、安倍様のお屋敷にいらっしゃるのですわよね?」
藤姫は疑り深い目で、今度はじいっと友雅を睨む。
「あかねが自ら認めた文だよ。まさか、彼女の直筆を疑っているのかい?」
「そんなことはありませんわ。ただ……」
間違いなく、この文字はあかねが書いたもの。
慣れない筆づかいが特徴的だから、否応でも判別出来る。
だが、藤姫が気がかりにしているのは別のことだ。
友雅が告げたとおりの内容が文には書かれているが、これが本当に真実であるかということ。
晴明の屋敷に泊まる----と言いながら、実は友雅の屋敷に連れ込まれたのではなかろうか。
口八丁手八丁な彼のことだし、あかねもまたまんざらではない感情もあるし。
上手いように誤摩化して彼女を浚うための、第一歩の企みではないだろうか。

「やれやれ、藤姫殿から信用されるには、どれほど努力すれば良いのかねえ」
どことなく察した友雅は、苦笑いを浮かべながらため息をこぼす。
そう簡単に信用なんか出来るか。
これまでさらけ出して来た放蕩ぶりが、どれほど半端ないものかを自覚しているのか彼は。
モヤモヤしながらそんな言葉を胸に閉じこめる藤姫は、なかなか文の内容に納得してくれない。

その時、ひらひらと闇の中を舞うものが、庭先から屋敷の中に飛び込んで来た。
蛾だろうか?と思いきや、黒みを帯びた美しい一羽の蝶である。
「まあ珍しいですわね、こんな遅くに蝶が舞い込むなんて」
女房がそれに目をやると、蝶は音もなく藤姫の開いていた文の上に止まった。
『藤姫ちゃん!』
羽を休めた蝶から、聞こえて来たのは紛れもないあかねの声。
「神子様!?神子様ですの!?」
『うん。晴明様に式神を出してもらって、土御門家まで飛ばせてもらったの』
姿形はそこになくても、本人の声を耳にしたとたん、ようやく藤姫の表情が柔和になった。
これまではイマイチ信憑性に欠けていたが、式神を使うともなれば普通の人間では出来ないこと。
陰陽師、しかもそれなりの力量を持つ者でなくては操れない。つまり、間違いなくそこに安倍晴明の存在があると証明されたというわけだ。

『友雅さんが文を持っていってくれたでしょう。そういう理由があってね、二人が目覚めるまで付き添ってあげたいんだ』
いつまで掛かるか分からないけれど、もうそれほど長い時間は必要ないだろう、と晴明も言っていた。
その瞬間に、彼らのそばにいたい。
ようやく再会出来た二人を、真っ先に祝福してあげたい。
『だから、しばらくこっちにいたいの。良い?』
「ええ、ええ、そうですわ。きっとお二人の為にはそれが一番だと思いますわ」
あれほど渋っていたのに、藤姫の反応がコロッと変わった。
まさに鶴の一声。彼女にとってあかねの存在はそれほどに偉大で大きい。
前々から姉のように慕っていたし、あかねも藤姫を妹のように可愛がっていたから、二人の間に強い絆が生まれても当然とは言える。
だが、その関係を納得したにしても、事あるごとに恋路を阻まれてはこちらがたまらない。

「そういうわけだから、これからは私が毎日あちらに立ち寄って、あかねに様子を伺っておくよ」
友雅が言うと、一瞬藤姫の表情がまた歪んだように見えたが、今度はすぐに元に戻った。
『何か急な用事があったら、友雅さんに伝えて?』
「わ、わかりましたわ…。では友雅殿、くれぐれもお願い致しますわねっ」
やや口調が強かったのが気になるが、取り敢えずこれで今回の山は越えられた、ということか。
…多分、これからも次々と同じような山が、立ちはだかるだろうけれど。



------安倍晴明宅。
時は既に、闇が一面を包み込む頃。
「いくらなんでも、ここに神子の床を作るわけにはいかんだろう」
主と弟子が顔を揃えて、あかねを前に悩んでいる。
その理由は、彼女が今宵眠る場所についてのことだ。
「でも、いつ二人の意識が戻るか分からないですし…」
「とは言ってもなあ。いくら今意識がないと言ってもなあ」
あかねの希望は、天真と蘭が横たわるこの部屋の隅に寝かせて欲しいという。
だが、それを晴明が渋っているのは、それなりの理由があるからであって…。
「おまえを男と同じ部屋で寝かせたとなったら、友雅が後々五月蝿い」
「はぁ!?だって、天真くん寝てるんですよぉ?」
師匠の複雑な心境を、敢えて弟子の泰明が簡潔に伝えた。
あれこれこだわらない友雅だが、あかねのことになると別だ。
何かにつれこのネタを引き合いに出されたら面倒だし、念には念を押して蘭はともかく、天真は別の部屋にした方が良い、と泰明は考えた。

「そうは言っても、この二人を今さら別々に出来ませんよ…」
と、あかねは目を閉じて眠る彼らの方へ、視線を移動させて見た。
静かに穏やかな表情で、並んで横になる天真と蘭。
呼吸は規則的に整っており、熟睡しているようにしか見えないが、そんな彼らの意識が今どこにあるのかは…晴明でさえも確認出来ていない。
「どうすれば良いかのう…」
「面倒な男だ」
ばっさりと泰明が本音をこぼす。
友雅さえ快諾すれば、何の問題もないものを…。

その時、気配もなく女性の姿が晴明の背後に現れた。
長い黒髪を結ったその女性は、天女のような衣を纏い優美な面持ちをしていて、すぐに"人"ではないものと察することが出来た。
「私が朝までここにおりましょうか?」
彼女は晴明の式神の一人だ。鴨頭草色の衣を見ると、花の精なのかもしれない。
この屋敷には、そんな不思議な雰囲気の女房が多く居る。
「神子様が眠られている間は、私がお二人を見ております。異変があれば、起こして差し上げますわ」
あかねの寝床と、彼らが眠っている場所の間には、屏風か御簾を一枚置けば視界も遮られる。
女性3人に対して男1人となれば、間違いなど起こるわけもなく。
しかもその1人は式神だ。晴明に直通した力を持つ彼女に、普通の人間がそう敵うはずがない。

「まあ、これならば何とか、納得してもらえるかのう…」
泰明の部屋もここからすぐだし、天真たちの変化には迅速に対応出来るようになっているし。
出来る限りの配慮はしたと、彼が納得してくれれば問題ないのだが、はたして。
「友雅が何か文句を言い出したら、その時はおまえが何とか説得しろ。妻であるおまえの役目だ」
「は、はあ…」
何だか妙な責任を押し付けられた気がするが。

「ともかく、早う目を覚ましてくれぬかな…」
晴明が目を向けても、二人の瞼はまだぴくりとも動かない。
普通に会話の声を聞かせても、意識の中には届いていないようだ。



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Megumi,Ka

suga