Romanticにはほどとおい

 第23話 (4)
「泰明さんっ、ど、どうしたんですか…?あの二人」
皆が泰明の周りに集まってきて、彼の顔を覗き込んだ。
「私には分からぬ。お師匠に任せるしかない」
「分からないって…あれ、どう考えてもおかしいぞ?普通じゃねえぞ?何かあったら、どうすんだよぉ」
天真の方には度々動きがあったが、蘭の方は全く反応がなかった。
それが突然、こうして飛び起きて…この状態だ。正常なんてもんじゃない。
「どうしよう…天真くんたちの意識、戻らなくなったりしたら…」
「まあまあ、二人とも。晴明殿の様子を見ると、そこまで深刻な状況ではないみたいだよ」
あかねの身体を引き寄せて、友雅は晴明たちのほうに指を向けた。
晴明の様子はさっきと変わらないが、天真と蘭はいつのまにか瞼を閉じている。
そのせいか、やや落ち着きを取り戻しているようにも見えなくもない。

「あっ!」
あかねとイノリが声を上げた瞬間、ふっと天真と蘭の身体から力が抜けた。
二人の身体は、いつのまにかそこにいた晴明の式神たちによって、ゆっくりと再び横に寝かされる。
「ふう…唐突だったので、少々焦ったわ」
ひと仕事終えた、という感じで晴明は深くため息をつき、両肩を軽く揺すりながらその場を退いた。
「晴明殿、彼らの様子を現状で分かる範囲で、詳しくお聞かせ願えませんかね」
施術を行った彼でしか、分からないこともあるだろう。
或いは、陰陽師でなければ理解出来ないこともあるはずだが、イノリにしろあかねにしろ、現状をきちんと知りたいはずだ。
もちろんそれは、友雅も同じである。

「まあ…急な変化ではあったが、予測していたことではあるよ」
「予測とは?どのような?」
「お互いの記憶を探っているうちに、どこかで交差する瞬間がやって来るだろう、ということだな」
天真は蘭の意識を辿りながら、これまでの彼女の記憶をなぞり始めた。
妹であることを忘れ、本来の森村蘭を封じられた上に作られた、京での生活で築かれた記憶。
「妹君にはうわずみの記憶しか、今まで存在しておらんかった。だが、そこに兄である彼の意識が入り込んでくることで、底にある本来の彼女の記憶を引き出すことが出来るのでは、と思ったのだよ」
赤の他人ならば、そう簡単には出来ないことだ。
しかし、彼らは血のつながりを持つ正真正銘の兄妹で、何もかもが同じ成分を持っている。
本来ならば底にある記憶も、同じものが存在しているはず。
「同じ気を持つ者同士であるからな。探って行けばどこかで調和する時がくる。それが何らかの刺激を起こして、目覚めるのでは…という考えの施術だったのだよ」
現代で言えば、ショック療法と言えるようなものだろうか。
わざと記憶や意識を交差させて、ぶつかりあった衝撃を利用して正気に戻させる、という。

「あの、それで…どうなんですか?天真くんと蘭は…」
心配そうに、あかねが晴明を見た。
まだ二人は眠っているままだし、目覚めたらどうなっているだろう?
彼らの意識は、無事なのだろうか。
「ああ。取り敢えず、意識は互いの身体に戻しておいたしな。問題はなかろう。とにかくこのまま、自然に目覚めるのを待つことだな」
天真は問題ないだろうが、蘭の意識がどうかは何とも言えない、と晴明は答えた。
障害になることはない。しかし、いつもの蘭として目覚めるか。
それとも、天真の妹として目覚めてくれるか。

「というわけで、このまま二人は預からせてもらうが…そなたたちはこれから、どうする」
「俺は、これからまた工房に戻るけど…あかねたちはどうすんだ?」
こんな状態の彼らを動かすことは出来ないし、ここなら何か変化あったとしても、晴明がすぐに手を加えてくれる。
彼に任せれば大丈夫だと分かっていても、このまま土御門家に戻っても、今どんな状況になっているのか…と四六時中気になって仕方ないだろう。
「出来れば、目が覚めるまでそばにいたいな…」
「しかし、いつになるか分からないよ?」
すぐに目覚めるかもしれないし、もしかしたら明日かもしれない。
その時を待つには、片時も離れずにいるしかないのだから、必然的にこの屋敷に泊まり込むくらいじゃなければ無理だ。
「そっか…そうですよね。さすがにそれは迷惑ですよね…」

「わしは別に構わんがな。客間くらいなら、いくらでも用意出来るぞ?」
あかねががっくりと首をうなだれた後に、続くようにしてのほほんとした晴明の声が飛んで来た。
「縁の深い仲間なのだし、神子も何かと心配だろう。離れで良ければ、部屋を支度させても良いが」
どうする?と尋ねるように、彼は友雅に視線を向けた。
彼女本人に答えを尋ねるよりも先に、友雅の意見を問うたのには、もちろん意味がある。
それは、友雅も直感で理解できた。
「仕方ないね…。それじゃ、私が帰りに土御門家に立ち寄って、藤姫殿に事の状況を伝えておくよ」
「大丈夫なのかぁ?藤姫、納得するか?」
怪訝そうな顔で、イノリが友雅を見る。
事あるごとに正面衝突する藤姫が、すんなりと友雅の話を受け入れるだろうか。
上手いことを言っておいて、本当は自分の屋敷に連れ込んでいるんじゃないか…とか、勘ぐられるのがオチだと思うが。
「あかね、おまえが文を書いてやったら?」
「私が藤姫ちゃんに?」
「その方が、信憑性あるだろ」
イノリは泰明に、筆と紙を用意して欲しいと言うと、すぐさま式神の一人が筆箱と和紙を抱えてやって来た。
「ええと…泰明さんのお屋敷に、お泊まりしますって?」
「まあ、そんなんで良いんじゃねえ?」
詳しいいきさつは友雅が説明するとして、重要なのはあかね本人が居場所を藤姫に伝えるということ。
彼女の筆跡で書かれた文なら、持参するのが友雅でも疑いはしまい。


結局、あかねは晴明の屋敷に残ることとなった。
彼女がしたためた文を持ち、友雅は帰路に着くことになったのだが…。
「では、晴明殿、私の大切な姫君を、くれぐれもよろしくお願いするよ」
「友雅さんっ!そこは私じゃなくって、天真くんと蘭のことじゃないですかっ」
彼らに付き添うために残るのだから、気にかけるのは自分じゃなくて天真たちの方だというのに。
だが、友雅にとってはあかねのことで、気がかりなことがあったからだ。
「言わずとも、十分に分かっておるよ。我らは神子に一切触れぬ。神子には、女子の式神のみを付き添わせるからな。それなら良かろう?」
「ふっ…晴明殿は本当に、話が早くて助かる」
はぁ?もしかして友雅さん…そういうことを気にしていたの?
友雅と晴明が阿吽の呼吸で笑みを浮かべたのを見て、あかねは呆気にとられた。
すると、友雅の手が頬にのび、併せて彼の顔が近付いて来た。
「相手がどうであろうと、君が私以外の男と一つ屋根の下で過ごすなんて、素直に喜べるわけがないだろう?」
「だ、だってそれは泰明さんや晴明様だし…」
「だから、相手が誰でも面白くはないんだよ」
土御門家ならいざ知らず、あかねが他人の男の屋敷で一夜を過ごすなんてこと。
あるはずのない不測の事態を気にしてしまうほど、彼女のそばから離れたくないと思う。
「大丈夫。これはただの嫉妬。すべてが落ち着いたら、私の屋敷で朝までゆっくり過ごすとしよう」
「な、何を言っ……」
またすぐそんな戯れ事ばかり…と言い返そうとしたけれど、あっさり言葉を唇で塞がれて。
困ったことに唇同士が重なると、意識と力がとろんと抜けて行ってしまう。


「以前から言おうと思っておったのだが--------」
背後で晴明の声がして、はっとしたあかねは友雅から離れた。
二人を後ろで眺めていた(というか、勝手にこちらが自分たちの世界に入ってしまっただけだが)晴明が、しみじみと言う。
「そなたらは、ホントに接吻が好きだなあ。年がら年中やっておる気がするが」
「せっ、せっぷ…!!」
いきなりストレートなことを突っ込まれて、顔の温度が急上昇した。多分血流が活性化して、顔が真っ赤になっているハズ。
「接吻がそんなに楽しいものなのか、わしらには分からんがなあ…。良いものなのか、そんなに」
「そりゃあもう。手っ取り早い愛の行為というものかな」
「何を言ってんですかあっっ!!!」
赤面してじたばたするあかねを抱きしめながら、友雅は邪気もなく笑った。



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Megumi,Ka

suga