Romanticにはほどとおい

 第23話 (3)
「ま、アンタたちもなかなかお似合いだよ。仲良くしなよ?」
「ちょっと、おばさんっ!」
あんな二人と一緒にされたら、たまったもんじゃない。
だが、こういうのはたてつけばたてつくほどに、周りにはひやかされるというのがこの手の常識。
次第に頬が熱くなってきて、さすがに彼のことを過剰に意識し始めてきた。
この人と私は…これからどうなるんだろう。
確かめたことはないけれど、お互いの気持ちは同じ方向を向いているのだろうか。
彼らとはいかないまでも、つまり……恋仲になれるような展開は、期待出来るのかどうか。
ああやっぱり、私はこの人が好きなのかもしれない。
そんなことを思いながら、蘭は彼の横顔を眺めていた。


「そうかぁ。君が世話になっている人の知人なのか」
「正確には、その人たちの知人?だから、ちょっと顔見知りなのよ」
買い物を済ませて、ふらりと川沿いを宛もなく歩く。
あれから随分と時間が経っているし、そろそろ店に戻った方が良いのでは?と言うと、彼は笑顔で首を横に振った。
「最近売り上げが良くてさ。それは良いんだけど…品物がなくなったら、国に帰らなきゃいけないだろ?」
その顔がほんの少しだけ、寂しそうに思えたのは錯覚だったのか。
彼が国に帰る。そして自分はここに残る。
次に逢えるのはいつか分からない………考えるたびに、胸の奥がきゅんとする。

「そうだ。そういえばさっきの小袖に、よく似合いそうな帯があったんだ」
思い出したように、彼が川沿いの雑木林の前で足を止めた。
市で広げられる商品の数は、それほど多いとは言えない。
大半は宿に置いてあり、店に並べるものは前日に選別しておくのである。
「色の綺麗な細帯が一本あるんだ。それも、君にあげるよ」
「悪いわよ、そんな。小袖だけでも申し訳ないのに」
「でも、せっかく綺麗な着物なんだし、帯も合わせた方が見映えがいいと思うよ」
彼の言うことはもっともだけれど、何から何までもらってしまうなんて、やっぱり気が引ける。
その反面、こんな良い自分用の小袖なんて初めてだから、完璧なコーディネートをしてみたいという思いもある。
やっぱりそこは、一応女子だし。
どうしよう。彼の好意に甘えてしまっても良いだろうか。
なら、せめて何かお返しになるようなものを、自分も用意しないと……。

さらさらと上流から降りて来る水は、ここら辺りだとゆっくりとした流れになる。
かすかなせせらぎの音が心地良く、くつろぎにやって来る人も多いが、しばらく歩けば気配も消える。
「とにかく、一度見においでよ」
「え?」
顔を上げたら、彼はさりげなく視線をそらした。
そのままこちらを直視せず、気まずそうに頭を掻く
「だから、その…僕の泊まってる宿に…」
……………!?
ちょっと待った。え、この展開ってまさか?
宿っていうことはつまり、彼の部屋っていうことで。
もしかして、部屋に来いって誘われてる?彼の部屋に?
男の部屋に女が…誘われてるって。
えええっ?
ちょ、ちょっと…ええっ?これ、どういうこと?
ど、ど、どうすれば良いの?
彼とその、えっと、ええと……あんな、あんなことに発展するってこと!?

「やっぱり性急すぎるよね。こんなこといきなり言われても、困るよね、ごめん」
パニックで言葉を失っていた蘭の様子に、彼は我にかえって発言を撤回した。
だが、撤回したということは、謝ったということは…やはりそういう意味で誘ったということになる。
「あのっ、ご、ごめんなさい。いきなりで…ホントにごめんなさい」
彼の方が先に謝ったのに、何故か何度もごめんなさいと繰り返してしまう。
だが、彼はいつもの顔に戻って、蘭の肩を軽く叩いた。
「いや、君が正しいよ。そう簡単に男に着いて行くなんて…僕だって妹がそんなことしたら叱ってる」
「妹さんがいるの?」
「二つ下に一人ね。お転婆過ぎて、兄としてはハラハラしっぱなしだよ」
色々な話をしていたのに、家族のことを聞いたのは初めてだ。
家業のことや、両親の話は度々出ていたけれど。
「だから、よく喧嘩もしてたよ」
「へえ、意外。」
穏やかそうな彼からは、喧嘩なんてイメージは全く浮かばない。
言葉を荒げるような印象もないし、なかなか信じられないことだ。
「心配していたからだよ。変な男に引っ掛かってほしくないし。『外見ばかりに気を取られるんじゃない』って、何度も怒ってた」

…………あれ?何だろう、今の妙な感覚。
脳裏を一瞬、かすめていった別の映像は何だったのか。
どこか懐かしいような、でもこんな経験は初めてなのに、よく知っているような。
「店にはよく人が出入りしていたからね。男も多かったし。だから余計にね」
もしかして、私の失っている来奥の断片?
思い出せる?もう一度…思い出せ…そう…?
シルエットとして浮かぶ、その人の声は確かに自分の名を呼んだような気が。
「でも、決してさっきの事は、軽々しく言ったわけじゃないからね」
手のひらに、触れた彼のぬくもり。
そっと優しく握りしめられた手が、二人の距離を狭めて行く。
「僕はその…君のことをホントに……」
はっとして、蘭は目の前の彼を見た。
今にも触れてしまいそうな位置に、彼の鼻先があって、唇があって。
吐息が、重なろうとしている。
ここまで来て、逃げたり払い除けたり出来ないし。
それに、そこまで嫌じゃない…。
ど、どうしよう…私、ついに、ファ、ファ、ファースト…っ…。


「やめろぉー!だめっ!それは!それ以上はよせえええ!!!」


「ひゃっ!!」
あかねはびっくりして友雅にしがみつき、イノリは後ろにのけぞりそうになった。
天真と蘭は同時にがばっと起き上がったかと思うと、目を見開いたままそれっきり、何も言わない。
「お、おい、こいつらどうしたんだ?」
おそるおそるイノリが近付いて、彼らの前で手のひらをちらつかせてみるが、反応は全く返って来ず。
揃ってただ前を見て、ぼーっとしたまま身動きもしない。
「ふーむ…」
しばらく彼らを眺めていた晴明が、重い腰をあげて二人の前に立った。
その気配にさえ微動だにしない天真たちを見おろし、彼は左右の人差し指を二人の頭頂部にあてると、小声で何やら呪を唱え始めた。



***********

Megumi,Ka

suga