Romanticにはほどとおい

 第23話 (2)
「おやおや、今日もかみさんのご登場かい」
「なっ…変な言い方するのはやめてよ、ちょっとっ!」
店を広げる場所は大概決まっているので、行商人とはいえ何日かこうして商いを続けていれば、四方八方に顔見知りが増えて行く。
いくら繁盛している店でも、毎日のように顔を出す客はそう多いわけではない。
故に、蘭の顔が覚えられてしまったということは、それだけ頻繁に通い詰めているということでもあった。

しかし、着物など毎日買う日用品ではないし、そこまで衣服に困っているわけでもない。
彼のおかげで安くて良い小袖を見つけては、シリンたちのサイズに合わせてもらったりしたので、しばらくは買わずに済むくらいだ。
なのにこうして足繁く通っているかというと、そこはまあ…そういうことだ。
周りからひやかされるほど、こうして彼の店にやって来る。
その手には、風呂敷包みが必ず握られていた。
「じゃ、そろそろ昼飯に出掛けて来ようかな」
「おう行ってこい。かみさんと仲良く食べてきな」
「だから、かみさんとかじゃないって言うのにっ!」
顔が真っ赤になればなるほど、陽気な商い人にとっては格好の弄られ者になる。
だが、彼はといえば笑いながら否定するわけでもなく、蘭の背中を叩いて先に歩き出した。

青年は、和泉国から行商に京へとやって来ていた。
代々織物や衣類の仕立てを生業にしている家の息子で、こうして物売りに来ているのは修行の一環でもあるのだと、こうして共に過ごす合間に教えてくれた。
つまり、いずれは家業を継ぐ跡取り息子。
道理で手先の器用さもさることながら、人当たりもよく穏やかな印象を与える。
そのおかげか、彼の店に立ち寄る客も少しずつ増え、手持ちの荷物も減るペースが上がりつつあった。
「でも、一人前になれないと家は継がせてはもらえないしね。まだまだ、修行が続くだろうなあ」
「ってことは、京以外のところに行くの」
「そうだね。持って来ているものを売り切ったら、一旦戻って品物を揃えて…また行商だろうね」
近場なら河内や大和、少し遠出して播磨や近江。
これまでにもあちこちを歩き回ったが、町によって風習や流行も違うのが面白い。
商売を意識しすぎなければ、土地を点々とするのも楽しいものだ。
「もう、京には来ないの?」
「どうだろうなあ。それは、親父の方針次第だなあ」
ここは都だし、地方から多くの人が集まってきている。
同業者の腕を視察することも出来、商いをするには格好の地域だから無視することは出来ない。
だが、同じ土地ばかり頻繁に行くことは、おそらくない。
少なくとも次に京に来るのは、数ヶ月ほど間を置いてからだろうと思う。

彼は旅人と同じなのだ。ずっとここにいるわけじゃない。
期日はどうあれ、いつかは国に帰って行ってしまう人。
だけど、そう理解していても…それを認めたくないような、そんな気持ちが胸の奥にある。
こんな風に、毎日顔を合わせて話し合えるのも、永遠じゃないのだと思ったら……どことなく寂しいような。
もっと一緒にいたい気がする。
もっと話をしたいし、もっと二人でいろいろなことをしたいと思う。
やはりこの気持ちは……?

「ああ、そうだ。これからちょっと向こうの市に行ってみないか?」
蘭が作った弁当を食べ終えると、彼は包みを綺麗にたたんでからそう言った。
「何か用があるの?」
「うん。良いものを見つけたんだ。ほら、早く行こう」
彼は蘭の手を引いて、どんどん町の方へと歩いて行く。
つなぎあった手に伝わるぬくもりは、暖かいけれど…どこか熱くて、不思議な気がした。



昼過ぎになると、市は更に人が増して来る。
場所に寄っては人ごみをかき分けねば、前に進めないほど混雑する場所もあるのだが、彼が蘭を連れて来たのはまさにその辺りだった。
立ち止まった店は、女物の服飾を扱っている店。
年配の夫婦が切り盛りをしていて、特に女性の方が主という感じがする。
「ああ、これこれ。まだあった…良かった」
彼は吊るされている小袖の中から、薄い梅色の一着を手に取った。
「これ、どうかな?君に似合うなあと思っていたんだ」
「えっ…私に?」
明るくて、優しい色合い。若い娘が好みそうな色だ。
蘭も一目見て、良い色だと素直に感じられた。
「いろいろ世話になっているから、御礼に贈るよ」
「えっ!?ちょっとそんなことされたら、困るわよっ!」
いきなりの事に蘭は慌てたが、彼はいつもの人懐っこい笑顔で彼女をなだめ、店の女主人にその小袖を手渡した。
「良いねえ、男に小袖を貰うなんて、女冥利につきるってもんじゃないか」
二人の顔を交互に見ながら、女主人は意味ありげにそんなことを言う。
「うちはね、こんな店構えだろ?でも買いに来る客は意外と、男が多いんだ」
「へえ?どうしてなんだい」
「そりゃあさ、アンタみたいに女への貢ぎ物を、探しに来る男がいるからさ」
部外者から見れば…自分たちはそういう関係に見えるのだろうか。
普通の、男と女に。

「そういや今日は、あの少将様もいらしたなあ」
小袖の勘定をしている女主人の隣で、品物を整理していた主人が独り言のようにつぶやく。
少将…?どこかで聞いたような肩書きだな、と蘭は思った。
「いつも贔屓にしてくれるんだ。必ず姫様を連れて来てな、そりゃもう仲睦まじいったらないよ」
「凄いな。お貴族様も懇意にしてくれるんだね」
「お姫さんが可愛らしい方でな。多分、アンタの彼女くらいの年だろうねえ。主上の遠縁とか尊い方なんだが、とても庶民的でね。町中を歩く時に、こういう小袖姿が良いと言われてさ」
何だか話を聞いているうちに、イメージが少しずつ形になってくる。
私と同じくらいの年の女の子…か。
帝の遠縁?それもどこかで聞いた気がするな。
「お姫さんの肩を抱いて、頬ずりしたりするもんだから、こっちまで恥ずかしくなっちまうよ」
二人が大声で笑いながら言うのを聞いて、蘭はやっと頭の中に映像が浮かんだ。

それ、もしかしてあの二人の事じゃないのっ?
人前でそんな恥ずかしいこと平気でするやつなんて、あいつらくらいのもんじゃないのよ!
普通だったら、ちょっとくらい遠慮はするわ。
でも、あの二人ならやりかねないわ。
年がら年中、盛りついてるような奴らだものっ!!
-----と、友雅たちを思い浮かべ、モヤモヤとそんなことを考えていた蘭の様子に、彼がピンと気付いたようだ。
「もしかして君、その二人のこと知ってるの?そんなに有名人なのかい?」
「有名も何も、ここらに住む者はみんな知ってるさ。それに、少将殿は元から有名人だからねえ、特に…女にね」
そう言いながら女主人は、饒舌に話を始めた。

宮中だけに留まらず、彼の噂は京の女たちにとって、常に注目の的だった。
左近衛府の少将というだけあり、武芸に長けていることもあったが、何より目を惹く艶やかさと、それに違わない華やかな浮き名話の数々。
特定の女性を作らずに、あちらこちらから聞こえてくる噂は絶える事がなかった。
「その少将様を射止めた、唯一の姫様だからねえ。婚儀の話題が出たときにゃ、町中大騒ぎだったさ」
しかも、帝から婚儀の許可を受けたとの、決定打とも言える情報まで流れる始末。
相手は宮家の遠縁にあたる姫君と聞かされれば、世の女性たちも文句は言えない。
「少将様の方が、かなりご執心のようだしね。若い姫様だから、可愛くてたまらないんだろう。ああも目の前であけっぴろげにされちゃ、こっちも何も言えないよ」

ええ、そうよ。何も言えないわよ、呆れて。
もう少し、節制したらどうなのよって、逆に良いたいわ!
蘭は心の中で、友雅たちに憎まれ口を叩いた。



***********

Megumi,Ka

suga