Romanticにはほどとおい

 第22話 (4)
一瞬途切れた意識が、静かにまた浮き上がり始めた。
まるで朝日が昇って行くかのように、視界がゆっくりと明るくなる。
そして目が覚めると…天真は雑踏の中にいた。
「あ?今度はどこだ、ここ」
賑やかな客寄せの声と、通り過ぎる市井の人々の波が途絶えない。
ほのかに香ばしい食べ物の匂いなどもしてきて、天真は重い腰を上げた。
多分ここは、西か東の市だ。
京に平穏が訪れてからというもの、市の賑わいは盛り上がる一方。
遠方から行商に来る者たちも増えて、所狭しと店が並ぶ。

「しっかし…今度はまた何でここに?」
キョロキョロと辺りを見渡してみる。
老若男女、小さい子ども安心して元気に走り回れる町の空気が、天真は何となく好きだ。
ケースに入った日本人形みたいに、綺麗な装束を身に纏って宮中のしきたりに沿うなんて、とても自分の柄じゃない。
この京に残るとしたら…こういうところで仕事するのも良いなあ。
荷運びや、畑を耕すなんでことも良いかも。
なんて…そんなことを考え始めた天真の前を、走り抜けて行く姿があった。
「…おおぉ!?ら、蘭っ!!」
黒髪を靡かせながら、足早に駆けて行く後ろ姿を見間違えるわけがない。

さっそく蘭を追いかけようとして、天真はふと前回のことを思い出した。
----------もしかして俺…蘭の記憶に同化してる?
今、蘭の魂は自分の身体にいるけれど、自分の魂は蘭の中にいる。
魂は移動されてはいても、遺伝子のように体内に刻まれた記憶は残ったままなのかもしれない。
そうなると、これは彼女が経験してきた記憶?
シリンたちと暮らし、こうして市に買い物に来ること。
天真の知らない、"妹"ではない蘭がこの京で経験した記憶の中に、自分はシンクロしている…のか?
だから今回も、蘭のいる場所で目覚めたのか、と考えると納得が行く。

蘭は意外と足早に、人ごみの中を走って行く。
「何だ、どこに行くつもりだよアイツ…あんなに急いで」
空気のように喧噪をすり抜け、天真は蘭を追いかける。
彼女はどんどん先に進み、やがて橋の袂に辿りつくと、ようやく足を止めた。
「…え」
その場で天真は、硬直した。
そこにいた蘭の前には、若い男の姿があったからだ。
年の頃は、おそらく1つか2つ上か。痩せてはいるが、貧相な雰囲気ではない。
足下に荷袋を置いているから、行商に来ている男か?
だが、妙に二人とも親し気に談笑しているのが気にかかる。

--------まさか!!!
以前宴の席で、蘭から聞いた話を思い出した。
和泉国から行商に来ていた男と、親しい間柄になったのだと。
もしやこの男が、その相手!?
そう思ったら、心臓がバクバク言い始めた。この男が自分の妹と…なんて!
二人はしばらく立ち話をすると、そのまま一緒に歩き出した。
どこに行くのか。これから二人して一体…。
おい、まさかどっかにしけこむんじゃねえよなっ!?
宿に誘われたことがあるとか、アイツ確か言ってたよな…。
そんな関係じゃないんだと言ってはいたけれど、信じて良いものか?
あの場をスルーしようと、わざと誤摩化していたのではないか?
こうなったら、あの二人の後を着けるしか方法はない。
兄として!真実を確かめなくては!
一応保護者だし!ってか、自分も未成年だけど!
適当な単語で自分に言い聞かせ、楽し気な二人の後ろを天真は着いて行った。

モヤモヤしながら二人の後を着けると、やがて彼らは広々とした小高い丘へとやって来た。
市で買った食べ物などを分け合いながら、常に楽しそうな声が途切れない。
「…あきらかに、出来上がってる感じじゃねえかよぅ…」
誰が見たって、これは良い雰囲気の恋人同士だろう。
あんなに楽しそうに笑いやがって…。シリンと一緒の時とは、顔つきが違うじゃんかよう。
何と言うか、笑顔がどこか幸せそうな。
このひとときに満足しているといった、そんな気持ちが表情に現れている。
それだけ蘭にとって、あの男は特別な存在になっている、ということなのか。

その相手である男の方はといえば、凝視してもこれと言って怪しい感じはない。
まさに好青年と言った感じで、爽やかで真面目そうで、派手さはないが女性にも好かれそうな。
まあ、好かれそうと言っても友雅のように、次から次へと女が着いてくるようなタイプではないが。

もしもこの男が、本当に蘭と一緒になりたいと言ったら…どうだろう。
故郷に誘われたとか言ってたな…。
もしも、だ。ここが現代で、これまで通りの生活をしていた中で、彼のような男が登場したら。
"妹さんを僕にください"
兄の自分の前で、もしくは両親の前で"娘さんをください"と言ったら。
「あああ!待て!待て!それはちょっと早いってー!!!」
勝手にそんな妄想をして、更に自分でまたパニックを起こしている天真。
彼女の一人もいない兄を差し置いて、妹だけ先に行かせるかー!とか、今度は妬みみたいな感情まで入り乱れてきた。
そんな風に地団駄を踏んでいた合間に、二人の距離がとんでもなく近付いていた。
「なっ…まさか!」
まさか、まさかの?
蘭も柄にもなく照れたような顔して、それでも二人見つめ合ったりなんかして。
男の手が蘭の肩に添えられ、互いの顔がどんどん距離を狭めて………


「うぎゃああーーーーーーーっ!!」
またも急にがばっと勢い良く、蘭(の中の天真)が飛び起きた。今回も絶叫付きで。
「てっ、天真くんっ!?」
「やめろぉー!だめっ!それは!それ以上はよせえええ!!!」
頭の中にどんなことが巡っているのか知らないが、今度はさっき以上の荒ぶれぶりである。
一度目と良い今回と良い、果たして蘭の中にいる天真の魂は、どんなことになっているんだか。
「あ、あの…本当に天真くん大丈夫なんですか?何度もこんな状態じゃ…」
繰り返してこうも暴れるなんて、もしかしたら良からぬ反応が出ているのでは、とあかねは不安がよぎった。
しかし、そのあと天真の声を聞いたとたん、皆の顔から緊張の糸が一気にほつれて抜けた。
「チュー禁止!ダメだああ!離れろー!俺はそんな男は断じて許さんっっっ!!!」
じたばたと暴れている天真(蘭)に向け、晴明がまた泰明に指示を促す。
ピチャッ!!
前回同様に、濡れた布が勢い良く天真(蘭)の顔に叩き付けられると、しゅうっと火が消えるようにまた大人しく倒れた。

「よく分からんが…妹君の体内には記憶が残っておるんだろうな。だからおそらく、天真殿は彼女の記憶を内面から辿っているのだろう」
「ああ、もしかしてじゃあ…今、天真くんが見ていたのって…」
先日、蘭が話していた彼氏との記憶か。
なるほどそれを目の当たりにしては、こうも大暴れになるのも納得行く。
しかし、ではさっきのは何を見たのだろう。

蘭がこの世界で経験したことは、彼女しか知らないことがまだまだたくさんある。
天真はその中を探りながら、真実に向かって漂い続けている。



***********

Megumi,Ka

suga