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Romanticにはほどとおい
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| 第22話 (3) |
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波間に漂っているかのような、心地良い浮遊感。
暑くもなく寒くもなく、ぬくもりのようなものに同化される。
……ああ、気持ち良いなあ。
自然とそんな言葉が浮かんで、天真は目が覚めた。
「…あれ?」
辺りを見渡してみると、そこは見覚えのある山の中。
ここは確か、シリンたちがねぐらを構えている山じゃなかったか。いつも蘭を迎えに来ていたから、何となく覚えがある。
どうしてこんなところにいるんだろう。
一体何が起こったのか……
「うわああ!?何じゃこりゃ!!」
天真は目を疑った。
どれだけ手を翳してみても、自分の身体が見えない。
だが、それだけではない。自分の影が出来ていないのだ。
頭に触れれば、髪の毛の感触はある。手も足も感覚はあるのに、自分の目にもその姿は見えない。
「もしや俺、透明人間状態!?」
どうなるか分からないと晴明は言っていたが…まさかこんなことになるとは。
しかし…それにしても何故こんな山の中に、置き去りにされたんだろう。
オカルト好きの友人に、幽体離脱という話を聞かされたことがある。
あれも確かこんな感じで、体内から魂だけが抜ける症状だとか言っていたが、それならあの庵の中で意識が気付いても良さそうなものだが。
その時、人の気配が近付いて来た。
誰かが来る。足音が薮の中から聞こえる。
おそらく自分の姿は見えないだろうから、隠れる必要もないのだが反射的に木の陰に隠れた。
「…蘭!」
現れたのは、間違いなく蘭だった。
大きな籠に摘んだ山菜や茸を入れ、草むらの中から出て来た。
彼女は天真の気配など全く気付かず、すっと目の前を通り過ぎて行く。
そして小川のせせらぎを飛び越え、下流の方へと下りて行った。
……着けても平気だよ、な。俺の身体、見えないもん…な?
天真は急いで蘭の後を追う。
どれだけ走っても、足音さえ起きない。
やはり今の彼は、ここにいないものとして存在しているらしい。
夕刻と言える事項だった。
下流をどんどん下っていくと、その先の岩場から煙が上がっているのが見えた。
川の向こうに目を凝らすと、岩で組み上げた竃に灯が灯され、そこに二人の女性が食事の支度をしていた。
「蘭…と、あいつシリンか…」
そうか、ここはシリンたちのねぐらなのだ。
鬼たちの騒ぎはすっかり風化して、彼らの存在も以前ほど珍妙に見られることもなくなったが、それでも町に下りて暮らすのは気が引けるのだろう。
だからこうして、山ごもりするように穴蔵を住居にして暮らしているのか。
だが……不思議とシリンたちの表情は、それほど悲観した雰囲気がない。
天真は川を超えて、彼らの元へと渡った。
どれだけ近付いてもこちらに気付かないから、接近して話や様子を聞くのも楽だ。
近付いて話を聞いていると、内容は他愛もないことばかり。
日常的なことが殆どで、この山菜はこうすると美味いとか、向こうのあたりに美味い茸があるのだとか。
今日は市で珍しいものがあったとか、そんな話題を二人は楽しそうに話している。
こうして見ていると、まるで仲の良い姉妹のようだ。
この京を手中に治めようとした、鬼の一族。
命がけで戦った相手なのに、もはやそんな気配はここにはない。
蘭を奪ったヤツらなのに。
恨んで、憎んで当然の相手だというのに…こんな二人を見たら…。
……ちぇ。なんか複雑だな。
こっちの気も知らないで、こいつら結構和気あいあいな関係になっちゃってよ。
本当なら、そんな風に蘭が笑って話してくれる相手が、自分だったはずなのに。
すぐそばにいるのに、会話に入れない自分をちょっと惨めに思えてきた。
これが実の兄に対する仕打ちなんて…。
その時、若い男の声がシリンの名を呼んだ。
視線を向けた先に立っていたのは、長い金色の髪を結わえた美しい男。
アクラムだ。鬼の首領であった、あのアクラムである。
以前は真っ先に攻撃を意識した相手だが、今はもう全くの別人となってしまった。
あの神泉苑での戦い(と言えるのか…?)が終わってから、彼はまっさらな男に変わった。
ただ、愛しい女を愛おしく思うだけの、無垢な姿に生まれ変わって。
「あ?どうしたんだ?」
いきなり蘭が立ち上がり、その場に並べた食糧や道具を抱えて、岩場の隅へと移動していった。
シリンはと言うと穴蔵の中に消えたアクラムの後を追い、それっきり出て来ない。
蘭は隅っこで、何事もなかったかのようにまた食事の支度を再開している。
ふーん?どーしたってんだろ。
好奇心が芽生えて、天真はおそるおそる穴蔵の方へ近付いた。
足音を忍ばせなくても音など出ないのに、そうっとつまさきで一歩ずつ穴蔵へ。
あいつら、中で何やってん……
入口までやって来て、耳をそばだてた瞬間。
「ひゃーーーーーーーっ!!」
突然蘭(中身は天真)が大声を上げて、バネのようにバッと跳ね起きた。
「えっ!?ら…じゃなかった、天真くんどうしたの!?」
「あああ!あの!あの!あーもーひゃあー!」
まったく言葉が出来上がっていないが、激しく動揺していることだけは分かる。
しかも首から上がやけに真っ赤になって、沸騰したかのような状態。口から蒸気でも吹き出しそうな勢い。
「お、おい天真っ?ど、どーしたんだよっ」
「あわわわ!うわ!あーあー!!」
イノリが尋ねようが、あかねが問い掛けようが、パニックの天真は全く無反応。
どうすれば良いのだろう。
取り敢えず、何とかして落ち着かせなければならないのだが、方法が思い付かないので何も出来ない。
「…泰明」
晴明の声が、静かに泰明の名を告げた。
すると次の瞬間、背後にいた泰明の手から、濡れた布が勢い良く天真(蘭)の顔めがけてピシャッ!と叩き付けられた。
「ちょ、ちょっとっ!何てことするんですかあ!泰明さあんっ!!」
あかねは慌てながら、泰明の肩を掴んだ。
「心配いらぬ。気を落ち着かせる薬草の液だ」
だからって、中身は天真でも身体は蘭なのだから!
女の子の顔に、そんな濡れた布を勢い良く叩き付けるなんてどうかと!
すると今度は晴明が、にこりとしてあかねを見た。
「急所に蹴りを入れるよりはましだろう。なあに、傷などはつかんよ。これは、肌にも良い薬草なのだよ」
「え、お肌に…?」
突然あかねの目が、きらりんと輝いた。
肌に良い薬草とは初めて聞いたが、ハーブのような効果があるのだろうか。
この京ではコスメなんてものはないし、もしそんな美肌効果の植物があるのなら、ちょっと試してみたいのが女性の本音。
そんなあかねの肩を、横から友雅がつんつんと突く。
「困るねえ。今以上にその肌を美しくさせるつもりかい?」
肩をそっと包むように掴んで、ゆっくりあかねの身体を抱き寄せて。
「私の身を察しておくれ、姫君。君の匂い立つ甘い肌の香りに、今も情熱を抑えるのが苦痛で仕方ないのだよ」
「こらあ!!この状況でイチャイチャやめっ!!!」
どさくさに紛れてあかねの唇を奪おうと、顔を近付けた友雅の背中に向けて、イノリの鉄拳が勢いよく飛んで来た。
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