Romanticにはほどとおい

 第22話 (2)
その前に、天真は確認しておきたいことがあった。
「あのさー、ちょっと聞きたいんだけども、結局その…俺の魂はどこに一時避難するわけよ?」
晴明の話では、天真の身体から彼の魂を抜き取ったあと、そこに蘭の魂を入れるのである。
となると、抜き取った天真の魂の行き場所が必要なわけだ。
蘭の身体が空っぽなのだから、そこに入れておこうかと提案されたのだが、天真が断固拒否したので別の方法を探してもらうはずだった。
しかし、その別方法をまだ聞いていない。

「これだ」
天真に尋ねられ、晴明はゴトンとそれを彼の目の前に置いた。
「あのー、これ…どう見ても壺にしか見えないんだけど…」
直径30cmくらいの、割と素朴な壺である。
それがただ漠然と、天真の前に置かれた。
「そう。この壺の中に保管しておこうと思う。これなら蓋も出来るし、外から余計な物が入る心配もない。ただし」
ただし?
「衝撃があれば、粉々になるな」
粉々になったら?
「まあ、その破片に魂が混じってしまうかもしれんので、再形成には手間取るかもしれんな」
「ちょっと待て、待て、待てー!!!」
さらっと言わないでくれ、そんなこと!
それじゃあ、自分が粉々に砕け散る可能性があると言われているもんじゃないか!
「…もっとこう、安全なものがないのかよ〜!!」
「ふむ…」
晴明は首を傾げて、少しの間白髭を他愛もなく指で撫でた。
そして、懐から一枚の白い紙を取り出した。
「ならば、この人形に魂を移すか」
「ああ、それ式神とかに使うやつだろ。それならまだ…」
以前から泰明も、似たようなことをやっていたから、何となく分かる。
この人の形をした紙に呪を吹き込み、さっきの式神のような人間同様のものを作り出すのである。
一見ならば、十分に人間で通用する者の代わり。
これならどうにか安全に魂を保存してくれそうな気が……

「ただし」
またもここで、天真の希望に暗雲が立ちこめた。
「所詮はこれも、ぺらぺらの紙一枚であるしなあ。風が吹けば飛んで行くし、人や獣に踏まれるかもしれんし、最悪は…燃えるな」
燃える!?燃えるだと!?
踏まれて燃えたら、それこそ最後は灰になるじゃないか!!
「おいちょっと、いい加減本気で勘弁してくれよ〜!俺の魂なんだと思ってんだよぉー!!もっと安全なのにしてくれよー!!」
蘭を取り戻すためには、どんなことだってやると誓った。
ついさっき、確かにそう誓ったけれども!
でもせめてこっちの身の安全くらい、確実に何とかしてもらえないか!

「…安全なものか。となると、やはり人体以外にはないがな」
混乱している天真の顔を、晴明の目がちらっと見た。
「人体はそれなりの衝撃にも耐える弾力性があるし、適度な重みもある。体温もあるし、安定しているものなのだがなあ…」
意味ありげな口振りで、今度はそこに横たわっている蘭を見る。
「丁度、空きの人体が出来るのだがなあ…」
そしてまた、天真の方をちらっと。
ちらっと蘭を、ちらっと天真を、そしてまた蘭をちらっと………
「ああわかったっ!わかったって!あいつの中に、俺の魂預けて良いって!」
もう、こうなったら背に腹は代えられない。身の安全が保障してもらえるなら、何とかこの状況も我慢してやる!
矢でも鉄砲でも持ってこい!
完全に天真がヤケになっている一方で、晴明は…
「そうか、それは良かった。これで一安心だな」
にっこりと穏やかに笑うと、隣に控えていた泰明に手助けを頼んだ。

「いやはや…食えない御方だねえ、晴明殿は」
状況を眺めていた友雅が、くすくす笑いながら言う。
おそらく晴明のことだから、最初から空きとなった蘭の身体に天真の魂を移すつもりだったのだ。
なのに天真が、女の身体に入るのなんて嫌だ!と拒否したので、どうやって上手くその気に持って行くか、そこを考えていたのだろう。
「じゃあ、さっきの壺とか人形って…もしかしてわざとですか?」
「多分ね。さすが、稀代の陰陽師殿だね」
術の力だけではなく、人間を上手く操る技にも長けている。
敵にまわしたら厄介な相手になる、それこそが安倍晴明という男だった。


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ひたすらに、呪を唱える晴明の声が響く。
時折泰明が口を揃えて呪を重ねるが、やはり響く声の力が師と比べるとまだ薄い。
気のせいか、香の香りがさっきよりも濃くなっている気がする。
そんな中で天真と蘭は、目を閉じて横に並んでいる。
「…本当に今回で、何とかなるんでしょうか…」
「さあ、それは分からないけれども。でも、終わりは近付いていると思うよ」
彼らを見守りながら、友雅たちは部屋の隅でじっと待機する。

「そういえばさあ、ここに来るの俺らだけ?永泉とか鷹通とかは来ねえの?」
あかねの隣に座っていたイノリが、そんな疑問を投げかけた。
彼らにも今回の状況は伝えてあると言っていたし、ならば駆け付けても良さそうなものだが。
「鷹通は分からないが、永泉様は残念ながらご辞退されたよ」
と、友雅は答えた。
呪いの手助けが必要であるならば…と永泉は言ったのだが、今回の施術は法力とはまた別。
しかも魂を操るということは、いわば永泉の唱える法力とは逆…外法に近い意味を持つと言っても過言ではない。
そんな施術に、僧侶である彼を参加させるわけには行かない、と泰明は永泉に説明したそうだ。
「そう言ったら、納得して下さったらしいよ」
「ふうん…。まあ確かにな、魂っていうか命っていうか、それを人間が弄り回すってのはちょっと、な」
邪気を払うとか、祈祷をするとかは日常的なことだ。
だが、人の命を操作するとなると、やはりそれは禁忌に触れることになり得る。
本来ならば、あってはならない領域の施術。
命を作り上げ、命をその手で動かす……それを、晴明は行おうとしている。
そう考えてみると、胸騒ぎがしてきた。

すると、ふっと手のひらが暖かいもので包まれた。
「大丈夫。泰明殿をこの世に生み出した御方なのだから。信じていれば良い」
友雅の手が、あかねの手に重なっている。
握りしめるのではなく、そっと上から覆うようにして。
「彼に勝る力を持つ陰陽師は、この京には存在しない。だから、安心してすべてを任せよう」
「………はい」
ひとつひとつの言葉を、しっかりと噛み締める。
そうだよね、晴明様が大丈夫って言ってるんだもの、きっと大丈夫。
次に蘭が目覚めたときは、天真くんをお兄ちゃんって呼んでくれる…よね。
そう、あなたのお兄ちゃんなんだよ、蘭。そこにいる人は……。

「よし、そろそろ行くぞ」
晴明の手が、二人の額の上に翳された。
それとほぼ同時に、うっすらとぼやけた小さい光の玉が浮き上がり、宙をゆらゆらと漂い始めた。
もしかして、これが…天真と蘭の魂?
火の玉は霊魂なのだとか、そんな話を聞いたこともあるけれど…これは本当に魂の光なのか。
晴明はそれらを杓で誘導するように、そっと螺旋状に逆の方向へと導く。
天真と思われる光を蘭の頭上へ、蘭と思われる光を天真の頭上へ。
そして、光を手のひらでゆっくり下へ押し沈めようとする。
ゆっくり、ゆっくりと下降していく……ぽん。二人の額に晴明の手が触れた。
光の玉は吸い込まれるように、その姿を消した。



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Megumi,Ka

suga