Romanticにはほどとおい

 第21話 (3)
「うーん…これが良いかな」
やや落ち着いた蘇芳色の小袖を、三点ほど選んだ。
それぞれ文様や織り方は違うので、色は似ていても雰囲気は全く違う。
「でも、派手かなあ…。もっとあっさりした色の方が、出掛ける時とか楽かなあ」
あかねは別の葛籠を取り出し、中を探り始めた。

「こんなところに身を潜めているなんて、酷い姫君だね」
はっとして、その声に顔を上げた。
その目に映ったのは、滑らかな物腰で艶やかな眼差しを向ける、彼。
「え、友雅さん…どうしたんですか?こんな時間に…」
「天真の妹君のことで、晴明殿と泰明殿に同行してやって来たんだよ」
友雅は戸を閉め、袿に囲まれたあかねのそばに腰を下ろす。
蓋の開いた葛籠に、広げられたいくつもの装束の波によって、彼女の下半身はすっかり埋もれていた。
「それにしても、随分と散らかしたねえ」
「あんまり量が多いので、見てたら目移りしちゃって…」
そう言いながらも、色分けをしてまとめているところを見ると、蘭に似合いそうなものはしっかり考えて選んでいるようだ。
「取り敢えず今は、何点かにしておいたらどうだい?」
これだけ数が多いと、悩みっぱなしでけりがつかないだろう。
まだまだ、中を覗いていない葛籠もあるようだし、それはまた次の機会にということで。
「うーん…そうですね。じゃ、この三着だけ選んでおきます」
あかねは最初に選んだ蘇芳の小袖に決めて、それらをきちんと重ねて折り畳んだ。

「ところで、そちらにある袿は何なのかな?」
彼が指差したのは、あかねの右にまとめられていた、紅梅色の袿。
薄いものや濃いめのものなど、あまり派手な大柄の模様はないものばかり。
「あ、これは…自分用に仕立て直してもらおうかなって思って」
こんなに綺麗なのに、古着にして誰も着ないなんて勿体ないでしょう?と言いながら、一着を広げて友雅に見せた。
確かに、仕立てはまだしっかりしたものである。
それに…さすが左大臣家、女房の装束もそこらの貴族家に比べて質も良い。
「藤姫はいつも新しいものを作ってくれますけど、勿体ないし…」
さすがに参内する時などは、きちんとした装束が必要になるかもしれないが、普段着程度なら古着リサイクルで十分だ。

「うん…あかねの言うことも、分からないでもないけどね」
彼の手が、紅梅色の袿に伸びた。
手のひらからするりと流れ落ちてしまいそうなほど、なめらかな感触の生地。
愛らしくて華やかな紅の色は、きっとあかねによく似合うだろうが。
「でもね、いつも藤姫殿が手間をかけてくれるのは、君への愛情表現だと思うよ」
互いの恋路を邪魔してくれる彼女だが、それも藤姫が彼女を慕っているから。
神子としての役目を嫁せられるという唐突なことにも、戸惑いつつ受け止め、そして使命を果たし終えたあかね。
そんな慌ただしい毎日の中でも、時折こちらを気遣ってくれるあかねの優しさは、藤姫にとって母にも似た親愛を抱いた。
あれでもまだまだ、十を過ぎた少女に過ぎない。
姉や母のように慕える人の存在は、きっととても大きなものなのだろう。
だから、出来るだけずっとそばにいてもらいたい…。
とはいっても、いつまでも引き離されていては、夫となる立場がないのだが。

「私も、あかねのためならどんな手間暇だって、かけても平気だけどね?」
友雅がそう言って微笑みかけると、あかねの頬がかすかに赤らんだ。
愛しい者への思いなら、藤姫にだって負けやしない。
「特別上等なものを集めて、とびきり美しくなるよう飾ってあげたいよ」
「そ、そ、そんなことされても、元がたいしたことないですからっ」
じわり…と、いつの間にか狭まっている互いの距離。
肩が触れ合うほど、彼は目の前に迫って来ていた。
「ふっ…謙遜しても無駄だよ。私の目は誤摩化せないから」
頬に手が触れて、びくんと肩が震える。
「瞳もぬくもりも何もかも、…これほど綺麗なものは他にはないよ」
視野を遮られる。
同時に、呼吸を遮られる。
身体の自由も遮られる。
彼の腕の中に閉じこめられて、胸の奥から熱がこみ上げて来て、それらに包み込まれてしまいそうなほど…甘美な味に酔いしれる一瞬。


「ふざけんじゃないわよぉぉっ!!!!」
部屋の外から響いて来た、爆音のごとき怒鳴り声。
明らかにそれは若い娘の声なのに、その凄まじさに二人の唇もぱっと離れた。
「ら、蘭…ですよね、あの声」
間違いなく、彼女の声だ。つまり、目覚めたということだ。
だがしかし…あの剣幕は何なのだ。
「友雅さんっ、早く私たちも行かなきゃ…」
「ああ、そうだね」
せっかくの良い雰囲気も、ほんのわずかでおしまいとは寂しいことだが仕方ない。

「あ、あ、あらっ!?少将様っ?み、神子様っ?」
やっと駆け付けた女房の前を、二人が慌てて通り過ぎて行く。
開け放たれた塗籠の中は、乱れた装束が放置されたまま。
…二人が甘いひとときを過ごしていたと、彼女が思い描くのは安易なことだった。



「お、落ち着け!俺は何にもしてねえって言ってんだろ!」
「だったらどうして、こんな訳の分かんないとこに連れて来てんのよ!おまけに寝かせて!ずっとそばにいるなんて!」
まさにそこは、修羅場という状態だった。
目覚めたばかりなのに蘭は感情が沸騰中。近くに居た天真に対し、直撃ストレートで体当たりしている。
「何しようとしたのよ!変態男!スケベ!」
「何だってぇっ!?」
いつものことであるが、衝突したら止まらないのがこの兄妹である。
プラスとプラスが寄り添わないのと同様に、同じ性格の二人がカッとなったらどうにもならない。
「詩紋くん…どーしたのこれ…」
呆れ半分の困った顔をしている詩紋に、あかねは話しかけた。
「蘭さん目が覚めたのは良かったんだけど、天真先輩がずっと部屋で付き添ってたでしょ。二人きりだったもんだから、変なことしようとしたんじゃないかって言い出して…」
そりゃ他人同士なら、少しは煩悩が湧くかもしれないが、妹だし、兄だし。
けれど、それを知らない蘭にとっては、そう感じても仕方のない現状だろうが。

と、蘭があかねたちの姿に気付いた。
そして彼女は二人の方を指差し、また天真に向かって怒鳴りつけた。
「言っておくけどね!私はまだ清い身体なのよ!この子とは違うんだから!」
「なっ…ちょ、ちょっと蘭っ…!!」
いきなりどうしてまた、こっちに矛先が飛んで来るか!
しかもそんな内容で引き合いに出されたら、周りの視線が痛いじゃないか…。
「寝てる女を襲うなんて、最低の男よ!サイテー!サイテー!!!」
「てめえ…!俺はお前のあ………」
感情が高ぶった天真が、ついに本音を吐き出そうとした。

『俺はおまえのアニキなんだぞ』
そう言おうとした直前、晴明の手元から白いものが飛び出した。
まるで粉雪のように細かいそれらは、蘭の前で霧状に変わると彼女の口に吸い込まれて行く。
次の瞬間、蘭は意識を失ったかのように、再びぱたりと倒れた。
「ちょいと手荒だがなあ。ま、こんな興奮していては連れて行けぬ。眠っている間に、支度をさせてやるがよいぞ」
困ったときの晴明頼り。
そんな風に巷で囁かれている理由を、あかねたちは今目の当たりにした。



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Megumi,Ka

suga