Romanticにはほどとおい

 第21話 (2)
肩を寄せ合う二人を前に、岩を積んだ竃の薪は煌煌と炎を上げる。
一見すると、どうにもシュールな光景に思えるのだが、取り敢えず友雅は彼らに用件を簡潔に説明した。
「そんなことがあったのかい。とんだ災難だったね」
「まあね。でも、それが運良く功を奏する事に成りそうだから、まんざら悪いとも言えないよ」
予想外の出来事に、思いがけなく近道せざるを得なくなったけれども、晴明の機転のおかげで躓くことなく前に進めそうだ。

「というわけで、しばらく彼女はこちらで預からせてもらうよ。まだ意識が戻らないようだしね」
近いうちに晴明宅へ連れて行き、いよいよそこで天真を加えた施術が始まる。
結果がどうなるか、どれほど時間が掛かるか…それはまだ未知数ではあるが、しばらくはここに戻っては来られないだろう。
そうなると、女手はシリン一人になってしまう。
セフルはどこで何をしているのやら、滅多に帰って来ることはないらしい。これでは賄いの手伝いをさせることなど、夢のまた夢だ。
そして、アクラムと共に行動していたもう一人…イクティダールに至っては、既に別の住まいを構えている。
守るべき者がいる彼には、ここに近付く用事も無いだろう。

「君もあれこれ手が足らずに困るだろうけれど、そこは我慢してもらえるかい?」
「ま、いずれあの子が出てくことになるって、分かってたからさ。別にこっちは構いやしないよ」
とシリンが答えると、友雅がくすっと笑い声を上げた。
彼女はいずれ蘭が、ここを出て行くと思っていた。
それは言い換えてみれば、蘭が元の場所へ戻るだろうと考えていたからだろう。
失敗するとか、そんなことではなく。
天真の妹として、本来の自分に目覚める蘭の姿を、シリンは思い描いていたのだ。
…結局、中身は同じ人間だということだね。
あかねや詩紋が言っていたように、外見が違うことで判断出来るものではないと、そう気付かされる。

「あの子のことは、アンタたちに任せるよ。上手くやってあげな」
「了解」
シリンたちの承諾を得て、友雅はその場から立ち上がった。
もうすっかり夜も更けている。
燃える薪の炎が、眩しく感じられるほどに闇は深まっている。
「では、私はこれで失礼するからね。遠慮なく、さっきの続きに励んでおくれ」
「!!」
シリンの顔がうっすら赤くなったかと思うと、眉がきっとつり上がった。
うっすらと浮かぶ友雅の笑みには、何かを含んでいるような。
「だが、睦み合うのも程々にね。四六時中あんな調子では、山の獣たちも恥ずかしがってしまうよ?」
「ア、アンタに言われる筋合いはないよッ!」
今言った台詞を、そっくりそのまま突き返してやりたい。
年がら年中いちゃついているのは、そっちの方だろうが!と。


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次の日の朝、詰所を訪れた友雅を待ち構えていたのは、二人の陰陽師だった。
「おや、珍しいですね。今朝は師弟揃ってのご出仕ですか」
個人的には昨日会ったばかりだが、晴明が陰陽寮へ顔を出すのは極めて稀なことであった。
役割はきちんと与えられているにも関わらず、マイペースな性格のおかげで仕事も自分で好きに選ぶ。
故に、上から指示されて動くということは、よほどの大仕事でなければあり得なかった。
しかし、今日は…陰陽師が必要な行事があっただろうか?
今のところ、雨乞いをするほど水不足でもないし、宮中に妖しが出たという噂もないし。
しばし頭の中を探っていると、晴明が先に口を開いた。
「あの娘の今後について、昨晩こやつとも話し合ったのだ。で、今後の予定を伝えておこうと思ってな」
「ああ…さすが作業がお早い」
一度方向が定まれば、あっというまに予定が組み立てられる。
複数の選択肢を保ちつつ、それでいてブレずに進行できるのは、さすが稀代の陰陽師というところだ。

「お師匠は、今日中にでもあの娘を、我が邸に移動させた方が良いとおっしゃっている」
「今日かい?随分と用意が良いね」
「おそらくだが、あの娘はまだ意識を取り戻しておらんだろう。このまま眠り続けていては、体力も衰えてしまう。それでは元も子もない」
確かに、晴明の言うことは正論だ。
その後の様子は確認していないが、もしも彼の言う通り蘭が目を覚ましていないのなら、食事を摂らせる事も出来ないだろう。
例え施術が危険を伴わないものであろうと、本人の気力と体力が弱まっていたら、もしものことだってあり得なくもない。

「鷹通と永泉には、知らせておいた。あの者たちにも、話はついたのだろう」
「ああ、素直に納得してもらえたよ。拍子抜けなくらいにね」
これで、今回の事情を伝えるべき者たちには連絡が行った。
シリンはこちらに一任する、と言っていたが…正確には晴明に一任というのが正しい。
「では、善は急げだ」
三人は踵を返し、陽明門へと向かった。



まだ太陽も折り返し地点を過ぎていないのに、唐突に現れた三人の来客に土御門家は慌ただしさを増す。
摺り足ながらも、意外と足早に歩く一人の女房は、部屋の戸をするりと開けた。
「あらっ?神子様はどちらに?」
そこは、あかねの部屋だった。
しかし中を覗いてみると、まったくの無人。もぬけのから。
今日は外出の予定は聞いていないのだが…どこに行ったのだろう?
「どう致しましょう…」
一人途方に暮れている彼女のところに、厨房から戻った詩紋が近付いて来た。
「どうしたんですか?」
「ああ詩紋殿、神子様はどちらにおられるか、ご存知でしょうか?」
「あかねちゃん?確か…東の対にある塗籠じゃないかなあ」
土御門家には東西の対に塗籠があるが、西は頻繁に使う日常品が納められ、逆に東は滅多に使わないものが仕舞われている。
その中には女房たちの古い袿や小袖もあり、それらを蘭の着替えに使ったらどうか?と藤姫と話していたのを詩紋は聞いていた。
「では、そちらを覗いてみますわ。少将様がお待ちですの」
そう言って、すたすたとその場を後にする彼女の後ろ姿を眺めながら、詩紋は納得した。

そっか…友雅さん来てるからかぁ。
彼のことだから、真っ先にあかねの顔を見ないと満足しないだろうし。
来訪の理由はそんなことじゃないのだけれど、友雅にとっては"まずはその前にこちら"が第一なんだろう。



いくつもの葛籠が重なるように置かれ、壁には衣桁が立てかけてある。
色鮮やかな袿たちは無造作に掛かっているが、十分あかねの目には美しい装束に見えた。
「これが古着なのかあ…勿体ないなあ」
ほつれもなく色あせてもいないのに、不要になったものが殆どだという。
こちらの世界にも、やはり文様や色の流行り廃りがあるのだろうか。
「私、これでも全然オッケーなんだけどなぁー」
何かにつれて、藤姫はあかねのために新しい装束を用意させる。
春夏秋冬四季折々の袿、単、小袖…etc。
わざわざ作らせなくとも、十分にこの古い袿ならリサイクル出来るだろうに。
「あとで、藤姫に相談してみよ」
葛籠の中にある装束を見極めながら、こっそりあかねは自分好みの色を選んで別にしておいた。



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Megumi,Ka

suga