Romanticにはほどとおい

 第20話 (3)
それからしばらくの間、晴明は何かの呪を唱え始めた。
何が始まるのか誰も検討がつかないが、ここは彼に任せるしかない。
今、蘭がどんな状態であるのかも、自分たちには眠っているとしか見えないのだ。
でも、晴明ならば…彼の目なら、何か別の部分を覗けるだろう。

「おそらく、意識が混線したのだろうな」
蘭の顔の前に手をかざしながら、つぶやくように晴明は言った。
これまで繰り返してきた施術のおかげで、蘭の意識は確実に目覚める方向へと近付いていた。
焦らずとも、自然にゆっくりと続けて行けば、そう遠くない時期に彼女を目覚めさせることは可能だろう、と晴明は予測していた。
だが、そのためには焦らせるようなことは、絶対にしないことが条件だった。
ただでさえ異世界の意識と、京での彼女が新しく得た意識には、驚くほどの開きがある。
それらを一気に理解させようとしては、パニックに陥ってしまうかもしれない。
そうなったら面倒なことになる。
混線した意識の糸を、解いていく手間は大変なものだ。
しかも別次元の、別の人格と言っても良いほどの糸が、彼女の中には存在しているのだし。

「俺は焦ったりなんかしてねえって。ただ、こいつが絡まれてたから…」
「うん、助けるのが当然だもんね。間違ってないよ、天真くんは…」
彼は蘭の兄だから。
探し続けて、やっと見つけた自分の妹だから。
彼女が自分を兄だと思わなくても、あの状況で黙っていられるわけがない。
本能が、妹を守ろうとしていたのだ。
そんな天真の行動を、誰が責められるというのか。


「こうなったら、仕方あるまい。荒療治かもしれんが……ひとつの提案を実行してみるか?」
考え込んでいた晴明だったが、実はこれまで保留としていた施術があると言う。
それはいささか奇妙な術で、おそらく他の陰陽師でこんなことをする者は、まずいないだろうと彼も言った。
「晴明殿、それは危険が伴うことなのですかね?」
友雅は尋ねた。
いくら晴明でも、身の危険がある術であるならば、賛成しづらいところである。
だが、その問いに晴明は軽く扇をはためかせた。
「命を作る禁忌をやらかした私だからな。魂を動かすくらいのことなら、一から生み出すより苦労はないだろう」
彼は自らの術を使い、命をこの世に作り出した。
番の男女から生まれるのではなく、彼の呪で誕生した命は………彼と同等の力を持つ弟子として、あかねたちのそばにいる。
不可能とも言えることを、こなしてしまう力。
晴明の持つ力量は、どこまで行けば底が見えてくるのか、計り知れない。
そんな彼が持ち出した提案とは。

「天真殿、そなたが必要不可欠な術だが…どうする?協力してくれるかね」
「俺は構わねえぜ。蘭の意識が戻るってんだったら、腕の一本や二本くらい預ける気はある」
いまさらどんな覚悟を問われても、了承出来る気持ちの整理は出来ている。
矢でも鉄砲でも持って来い。それらをすべて払い除けてやる。
「ふふん、良い返事だな。ならば……協力してもらおうかの。兄のそなたしか、出来ないことであるしな」
兄と妹、血のつながり、遺伝子のつながりがあるから出来る術。
成功率は確実とは言えないが、どんな結果をもたらすかは晴明も興味があった。

「一定期間、そなたの身体を借りるぞ」
「は?」
ぽかんとして、皆呆然と声を失った。
まったく理解出来ないし、想像もつかない。
なので、晴明は更に術の説明を続けた。
「そなたの身体の中に、妹君の魂を移動させる。そこで、そなたの血に彼女の意識を馴染ませ、そなたらの根本が同じであることを理解させようと思う」
……何だか小難しいことなんですが。
つまり、天真の中に蘭の意識が入るということか。
天真の外見で中身が蘭になるという…あまり今と大差ないかも。
「まあ、ほんの少しの時間だ。何時間もそのままというわけじゃない」
そりゃそうだ。男の身体に女の意識が入るなんて、あまり気持ちが良くないし。

「あのさー質問。妹の魂が天真の身体に入るってことは、その間天真の魂はどこに行くんだ?」
ふと、そんな疑問がイノリの脳裏によぎった。
天真の魂が残っているまま、蘭の魂をも同居させるのか?
「それではまた混乱してしまうだろう。その間は、天真殿は妹君の身体で待機してもらうしかあるまいな」
「ええええ!?マジかよっ!」
自分の身体に蘭の魂が入るだけでも、奇妙だなと思っていたところに、今度は自分が女になれと?
「キモイだろ!俺が女の身体になるなんて!」
「…うん、確かに気持ち悪りーわ」
イノリは思わず、ストレートに答えてしまった。
そして詩紋とあかねも、自然とうなづいてしまった。
こちらから見たら、中身そっくりな兄妹なのだけれど、外見は男と女だしさすがにそれはちょっと。

「短時間だっていうならさあ、どっか他のもんに乗り移らせてくれよぉ!」
この際、動物でも虫でも花でも草でも良い。池の魚でも構わない(夏だから涼しそうだし)。
どうかどうか、女の身体になることだけは、勘弁してもらえないだろうか…と、何度も天真は土下座する。
「ふむ、そこまで言うのであれば、仕方あるまいな。何とか別の器を見つけよう」
「ありがとうございますー晴明様ー」
ホッとして、天真は胸を撫で下ろした。
ああ、やっぱりつるっとしたこの胸板の方が良い。
いや!第三者として触れるなら、つるっとしたものよりふわっとした柔らかいものの方が……って、何を考えているんですか、森村天真君。


「それで、術はいつ頃行うつもりなのです?彼女はこのままにして、構わないのですか?」
整った呼吸で眠り続ける蘭は、友雅たちが話していてもぴくりとしない。
意識がこれ以上乱れぬよう、晴明が鎮静剤のような呪を掛けているらしい。
「早いうちが良いだろうな。二、三日中に行えると良いのだが」
「俺は別に良いけどさ。それまでこいつ、どうすんの…」
「ここで休ませて差し上げて良いですわよ。あまり動かさない方が良いでしょう」
特殊な術なので、施術は晴明の屋敷で行うことになるけれど、それまでの間はこのまま安静にしてやった方が良い。
「成功するとは限らんし、予定外のことが起こる可能性もある。それだけは、理解しておいてもらいたい」
「分かってる。とにかく…アンタを信じるわ」
信じるものは救われる。
今はその言葉だけを信じて、事態が好転するのを待つしかない。

「あの、当日は私たちも行って良いんですか?」
あかねが尋ねると、晴明は静かに微笑んでうなづいた。
気になるのであれば、詩紋もイノリも来て構わない。他の者も、来たいのなら受け入れる。
「だが、実際の施術はわしと泰明しか出来ぬからな。別の場所で待ってもらうしかないが、それでも良いか」
「構いませんよ。あかねも詩紋も…じっとしてここで待つのは嫌だろう?」
待つしかないのは晴明宅でも同じだが、あちらの方気持ちは近い。
「ああ、そうだね。あかねがいてくれた方が、妹君も安心するかもしれない」
もしも意識が戻ったら…同性でなければ都合の悪いことや、気の知れることもあるかもしれない。

「二人とも、良い友達になれるかもしれないしね?」
……さあ?それはどうだろう。
友達にはなれるかもしれないが、兄妹揃ってのひやかし&ツッコミは、きっとこのまま変わらないと思う…けど。



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Megumi,Ka

suga