Romanticにはほどとおい

 第20話 (2)
「これから綺麗な紙が手に入った時は、手鞠用に取っておくことにしましょう」
すっかり折り紙が気に入った藤姫たちは、パーツを根気よく作り続けている。
由緒正しい高貴な左大臣家には、金の糸や絹織りの布で作られた手鞠は数あれど、紙で手作りしたこれらも負けてはいない。
むしろ、自分の手で思いのままに作れることが、藤姫たちには楽しさを増幅させている。
「紐で房を付けても良いですわね」
女性が集まれば、アレンジのアイデアはどんどん出て来る。
ああしようこうしようと話しながらの作業は、賑やかで楽しく穏やかな時間。
恋人と過ごす甘いひとときは、かけがえのない幸せを与えてくれるけれど、女性同士の時間も捨て難いなと感じる。

……いずれ友雅さんのところで暮らすようになっても…こうしてたまには、遊びに来たいなあ。
などと、藤姫が聞いたら"してやったり"となりそうなことを、あかねはぼんやり思ったりした。
すると突然、カサカサ…と紙が擦れる音がした。
風が吹いて来たのだろうかと、庭の方に顔を向けたが頬に風は感じない。
なのに足下にある鶴の折り紙が、小刻みにカサカサと震えるように揺れていた。
「あれ?」
と思った瞬間、ふわりと生き物のごとく鶴が宙に浮き上がる。

『神子、これからお師匠がそちらに参る』
急に聞こえて来た泰明の声は、折り紙の鶴が喋っているかのようだ。
「驚きましたわ、泰明殿でしたの。ですが、安倍殿がいらっしゃるなんて…何かございますの?」
『天真の妹について、急展開の事情が起こった』
「えっ…?!」
あかねは身を乗り出して、鶴をじっと凝視した。
蘭のことで急展開って、何が起こったというのだろう。
一昨日も顔を合わせたけれど、今までと全く変わったところはなかったし、あの日晴明も特に異常なしと言っていた。
それが、たった数日で状況が変わっただなんて、そこにどんな問題が生じたというのか。
「泰明さん!それって…良いことなんですか?それとも悪いことですか?」
『詳細はお師匠に尋ねると良い、とにかく、既にそちらへ向かっている。そろそろ着くはずだ』
地位と名誉を持つ者たちが、こぞって頼ってくるほどの力を持つ、稀代の大陰陽師・安倍晴明が自ら動き出した。
ということは……。

「あかね様、藤姫様、天真殿と詩紋殿がお戻りになられました」
女房の一人が、そう言って部屋を訪れた。
晴明が来ると泰明から聞いたが、彼よりも二人が戻る方が早かったようだ。
そうだ、天真にも説明をした方が良い。
何しろ彼の妹に関わることだ。
詳しいことは分からないままとして、それだけは伝えておかないと。
「そうですわね…。何事もなければ良いのですけど」
あかねは藤姫とともに、彼らを出迎えるため玄関口へと向かった。


渡殿を渡り切るところまで来て、入口の騒がしさに二人は足を止めた。
女房たちの声に混じり詩紋の声が聞こえるが、普段なら彼より大きく聞こえてくるはずの天真の声が、何故か聞こえない。
「お二人とも、どのようなものを買って来られたのでしょうね」
詩紋たちの買い物の成果が楽しみな藤姫だったが、あかねの心は落ち着きを取り戻せない。
何も分からないのに、気持ちが晴れない。
蘭に起こっている"何か"を知らなくては、取り越し苦労に過ぎないと分かっているのに。

「と、とにかく…しばらく休ませてあげて…」
慌てふためく女房たちに囲まれ、詩紋は焦り気味に辺りをキョロキョロしている。
ふとよく見てみると、隣には何故かイノリの姿が。
「イノリくん…?どうしたの?」
「あっ、あかね!実はちょっと問題が起きて……」
あかねと藤姫の姿を見つけた朱雀コンビが、駆け出してこちらにやって来ようとした、その時。
突然横から伸びた手のひらが、あかねの顎を掴んでくいっとこちらに引き寄せた。
「イノリ、抜け駆けは許さないよ。姫君の瞳に映す姿は、いつだって私が一番最初でなくては」
「とっ……」
「友雅殿っ!!!」
いつのまにかあかねの背に手を回し、抱きかかえようとしている友雅を、藤姫がいつもの形相と強い口調で窘める。

が、それくらいで引き下がらないのも、いつもの彼。
「ど、どうしたんですかっ?何か急用とかっ…?」
「そう、急用。君の顔を見るための、大切な用事」
腰に添えられた指先が、巧みにあかねの心を引き上げようとする。
細い身体から力が抜けた隙に、唇を奪おうとした彼に向かって、後ろから蹴り倒す足(イノリ)と、横から肘鉄(藤姫)が飛んで来た。
「イチャついてる場合じゃねえだろーがあっ!」
「ふふっ、挨拶みたいなものだよ、これは」
渋々友雅はあかねを手放すと、はあ…とイノリの後ろで詩紋がため息をこぼした。

「あ、あの…天真くんは!?」
そうだ、天真の姿が見えないのだ。
声だけじゃなく、姿がどこにもない。
一緒に出掛けたはずなのに、どうしてなのか天真の姿はなくイノリがここにいる。
「詩紋くん、天真くんはどこに行ったの?伝えないといけないことがあるのに…」
「うん?何かあったのかい」
「えっと…その、実は泰明さんから、蘭に異変があったって聞いて…」

-----------しん、と空気が突然動きを止めた。
あかねと藤姫は、その変化に思わず息を飲む。
どうしたのだろう、一瞬の緊張感の意味は何なのだろう。
「あの…皆様どうなさいましたの?まさか天真殿に、何か?」
「いや、天真じゃなくってさ…」
キリキリキリ………外の方から聞こえてくる車の音。
その音は、土御門家の前でぴたりと停まった。
また来客が訪れたようだが、おそらくそれは彼だろう。
「おお、皆こんなところでお揃いとは。挨拶が楽に済んで良い良い」
ふっとその場に現れた晴明は、白髭を弄りながら少し暢気に笑った。



夏色の緑は、深みより明るさの方が増す。
強い日差しをそのまま受け、浮き上がる葉の色は眩しいほど鮮やかな緑だ。
涼し気な池の水面に、映り込む緑と夏の日差し、そして青空。
庭にはそんな清々しい風景が広がるのに、この部屋はさっきから空気が重苦しい。

「…ということなんです」
黙ってうつむいている天真に代わり、詩紋が今回の一部始終を皆に語った。
あかねたちは勿論だが、後からやって来たイノリや友雅も、ここで初めて聞かされることも多かった。
「つまり、喧嘩仲裁がきっかけで、彼女はこんな状態になってしまった、ということなんだね」
「はい…。でも倒れる前に、天真先輩のペンダントを見て、はっとして何か動揺したみたいで…」
ちらっと天真に視線を移すと、彼はそのペンダントをぎゅっと握りしめている。
そして、目の前で横たわる蘭の首からも、全く同じものが下げられていた。
兄妹の証明。二人が、血を分けた者同士である証が、まさにそれだった。

「だが、とっさにそんなところまでは、思い出しきれんかったんだろうな。おかげで、こんな状態になってしまったと」
「こんな状態って…どういうことなんですか…?」
難しそうな顔で唸る晴明に、あかねは尋ねたがはっきりした答えは戻ってこない。
というか、大陰陽師の彼であっても、目の前の現状は複雑でなかなか手強い、ということに違いなかった。



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Megumi,Ka

suga