Romanticにはほどとおい

 第20話 (1)
帝への謁見を終えたあと、適当に左近衛府で雑務をこなした友雅は、大勢の人々で賑わう市にやって来ていた。
「これなんか、どうです?」
「うん、なかなか悪くはないね」
主人が両手に持っているのは、木彫りの花飾りがついた簪である。
宮中の女人が身につけるような、絢爛豪華なものではない。自然の風合いがそのままに残った、清楚で素朴な簪だ。
だが、細工や技法はどこまでも丁寧で、決して安っぽい雰囲気はなかった。
「じゃあ、これを貰おう。それと、後ろに飾られている帯も頼むよ」
友雅が指差したのは、主人の後ろに掛けられていた、紅色の帯。
自己主張する赤ではなく、紅桜で染めたような柔らかな染め色。
「相変わらず、お目が早いですな。姫様にはきっとお似合いですよ」
主人はそう言って笑いながら、帯を手に取り丁寧に折り畳み始めた。

二人で出掛ける時、あかねは市に立ち寄りたがる。
彼女にとって、この京はまだまだ知らないことばかり。
神子の頃には自由行動も限られていた分、今はあらゆるものを見て、触れて知ることに夢中のようだ。
宮中でのしきたりや芸事もそうだが、それより彼女が興味を示しているのは、庶民の暮らしの方。
東や西だけでは飽き足らず、小屋を建てて商いをする者も増えて来たこの頃では、そんな店に顔を出したりもする。
そのおかげで、すっかり顔見知りとなった店も少なくない。
この店の主人も、度々立ち止まっては品物を見たりしているうち、あかねとセットで顔を覚えられてしまった。
「次はまた、姫様と一緒に寄って下さいよ」
そんな声を背中に受け、友雅は簪と帯を手に歩き出した。

このまま、土御門家に向かうとしよう。
今日は天気が良いから、天真たちと外に出掛けているかもしれないが、それならそれで品物を預けてくれば良い。
さすがにあの愛らしい風貌の小鬼も、彼女への貢ぎ物くらいなら蔑ろにしないだろう(と思う、多分)。
市に立ち寄っては、彼女に似合うものを探す。
喜んでくれそうなものを見つけ出して、それらを携えて彼女の元へ。
客観的に見て、我ながら本当に甲斐甲斐しいことだ。
彼女の笑顔を思い描きつつ、こうして何度も通っているのさえ面倒も苦労もないのだから。
…などと他愛もないことを考えたりしながら、友雅は道の外れに停めてある車へと向かった。


「ん?」
ざわざわと、騒がしい人々の声が聞こえている。
賑やかなものではなく、慌ただしいというか騒々しいというか、穏やかな雰囲気とは思えない。
漂う喧噪の中から、ひときわ大きな声が響いて来た。
それは、友雅にとって聞き馴染んだ少年の声である。
「おーい!誰か、人手が余ってるヤツ貸してくれないかーっ!?」
赤い髪の彼は、顔見知りの者に声を掛けまくっては、人集めをしているようだ。
しばらくすると、友雅の存在に彼は気付いた。
「あああっ、友雅ーっ!!!」
彼は人ごみをかき分けて、一直線にこちらへと走って来た。
「良いところで会った!あのさ、おまえ今日、車で来てんのか?」
「……?いや、内裏からの帰りだしね。向こうに車は待たせているのだけど」
その言葉を聞いたとたん、イノリは"やった!"と明るい表情になった。
そして友雅の腕をぐっと掴むと、今来た方向へ彼を連れて行こうとする。
「何かあったのかい?争い事の仲裁なら、私には不向きだと思うんだけどね」
「ああ、言い争いの方は天真が抑え込んだ。問題は、そのあとのことでさ」
行き交う人の波を、逆に向けて歩いて行く。
穢れが京を包み込んでいた頃には、ここらあたりも人通りが少なかったというのに、そんな面影はどこにもありゃしない。
老若男女、集まる顔ぶれは様々だ。

説明もまともに聞けないまま、友雅はイノリに引っ張られて、橋の近くまで連れて来られた。
一軒の茶店があり、イノリは店内に入ろうとする。
「やれやれ、まさか腹が減ったから何か食わせろ、と言うんじゃないだろうね」
冷たい麦湯や、ふかした芋類、水菓子の果実。
他にも粉をひいて捏ねた餅など、客は思い思いに好きなものをほおばっている。
だが、イノリはそんなものに目もくれず、店の者と話をしたあと、奥の部屋に着いて来てくれ、と言って先を急いだ。

一体何事だ。
天真が言い争いを抑えたとか、さっき言っていたが。
まさか派手に喧嘩でもして、怪我でもしたのだろうか?
彼も血が昇ると感情を抑えられないタイプだし。
かと言って、それほど腕っ節が弱いわけでもないが、相手が悪ければ怪我もするだろう。
さて、どんなことになっているのやら。
古い引き戸を開けて、友雅は部屋の中に足を踏み入れた。
そこにいたのは、イノリと詩紋。
そして天真は、といえば……無傷?怪我もしていない?

----------------------------!?
その天真の前に、横たわっている一人の少女。
まるで彼女を看病するかのように、天真は横に付き添って頭を抱えていた。
「どうしたことだい、これは」
間違いなくそこで眠っているのは、彼の妹。
例え自覚がまだ戻らぬとも、兄である天真がずっと探し続けていた妹の蘭だった。
「どうしたもこうしたも…俺にもどーなってんのか…」
頭をかきむしりながら、歯がゆさに必死で耐えている天真。
諍いに巻き込まれたのか?と思ったが、彼女にも怪我や傷を負った様子は見られなかった。
呼吸は乱れてもおらず、すやすやと熟睡しているように思える。
ただ、すぐに目を覚ます気配は、あまりない。
「取り敢えず、状況を説明してくれないか。私にはどういうことか、さっぱりだ」
「あ、じゃあ僕が…」
軽く手を上げて、詩紋が名乗りを上げた。
おそらく今の天真では、気持ちも言葉も整理出来ないだろうし…ということで、詩紋は事のいきさつを友雅に説明し始めた。


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「まあ…こんなに綺麗な手鞠が出来るなんて」
藤姫が思わず感嘆の声を上げると、そばにいた侍女たちも出来上がったそれを見て、皆揃ってはしゃぎ始めた。
文を認めるとき、書き損じてしまった色とりどりの和紙。
それらを処分するのは勿体ないと思い、あかねは折り紙を彼女たちに教えてあげることにした。

定番の鶴や兜などから、幼稚園で習った花の形とか。
更にパーツをいくつも作っては、組み合わせて多面角の手鞠を作ってみせた。
「紙の色がたくさん入って、彩り鮮やかで綺麗ですわねえ」
「でしょ?これはね、子どもの頃におばあちゃんに教えてもらったの。これを繋げて、お部屋に吊るすと可愛いんだよ」
「良いですわねえ。皆それぞれ、好みの色でお部屋を飾れますわね」
こちらの世界のことは、まだまだ無知と言えるくらいの知識だけれど、異世界で生まれ育った自分にしか分からないこともある。
例えばこんな紙遊びもそうだし、編み物なんてものもそうだ。
詩紋と一緒に作る料理や菓子なども、藤姫たちには初めて見るものばかり。
そういった、あちらとこちらの文化を対面させて、互いに楽しむというのもまた新鮮なものである。



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Megumi,Ka

suga