Romanticにはほどとおい

 第19話 (3)
「だから、どこに証拠があるっていうのよ!見せてみなさいよ!」
「証拠なんざ、関係ないだろ。俺らの店の前に並んだ姉ちゃんたちの中で、品を取って買わなかったのはアンタだけだ」
行商人の男たちを相手に、一人の娘が啖呵を切っている。
人々が取り囲み、ざわざわと騒いでいるところに、やっと天真が辿り着いた。
人をかきわけ、中を覗いてみる。
……間違いなかった。あの大声を聞いた瞬間、彼女だと分かった。
無意識のうちに、兄の勘が働いた。

「可哀想にねえ。あの男らに絡まれて…」
「威勢良く食って掛かってるけど、面倒なことにならなきゃいいがな…」
天真の前にいた男女が、ひそひそ会話している内容が気になった。
「おい、あの男らって…ここらで有名なのか?」
「ん?まあな。あまり良い噂を聞かない奴らだよ」
簡単に話を聞き出すと、男たちは大和と近江の境あたりから来ている行商人で、品揃えが良いと評判でもあった。
しかし、少々手癖の悪いところがあり、とかく若い娘にちょっかいを出したがる。
「あの子みたいに、言いがかりつけられてな。噂だけど、そうやって妾を何人も捕まえてるとか…な」
「何だってえっ!?」
まさか、蘭までもが…?
そんなこと気にもかけず、相変わらず男に噛み付いているけれど…。
でも、このままにしていたら、その噂の中に蘭が加わる可能性だって0じゃない。
---------じっとしてられるか!


男の手が、蘭の顎をぐっと掴んだ。
「お姉ちゃん、おとなしく物を返せばそれで済むんだぜ?」
「返せるものなんて、あるわけないでしょ!離してよ、その汚い手!」
ぱしっと男の手を払い除けて、細腕でめいっぱい男を突き飛ばす。
力はたいしたことないが、うっかり気を抜いていたからだろう。ぐらりと足下がよろめいた男は、仲間の方へと倒れ込んだ。
まさか、そこまでこの娘がやり込めると思っていなかったのか、ギャラリーは思わず歓声を上げる。
だが、すぐに彼らは身を起こして、更に蘭に近付いて来た。
「威勢が良過ぎるお姉ちゃんだな。しおらしくなる手習いが必要かもしれねえ」
男の顔つきが、獣のように豹変した。
そして仲間たちが二人掛かりで、蘭の後ろに回り身体を抑え込もうとする。

「ぐえっ!」
鈍い音のすぐあとで、苦しそうに絞る男たちの声が響く。
男二人はうずくまりながら、その場に倒れ込んで呻きを上げている。
「こんなところで、バカ騒ぎしてんじゃねえよ。他の店に邪魔だろーが!」
「…ちょ、ちょっとあんた…!」
突然、蘭の前に立ちはだかった広い背中。
顔を覗き込んでみると、男たちを払い飛ばしていた彼は…いつもあの屋敷に連れて行かれる時、同行していた青年だった。
「何だ兄ちゃん、このお姉ちゃんのオトコか?」
「バーカ。男と女がいたら、そっちの想像しか出来ねーのかよ。相当飢えてんじゃねえの、おっさん」
蘭にも負けず劣らずの突っかかりぶりに、またも周囲がざわつく。
中には、威勢の良さが兄妹みたいだね、と囁きながら笑う者もいた。
そんな人々の様子に目もくれず、天真は男たちから視線を逸らさなかった。

相手から目を離すな。
睨みをきかせれば、相手はじっとしていられず、何かしら動きを表す。
そこを見逃さずに隙を狙えば、勝機はこちらに傾くはず。
-----------最初の頃、頼久に教えられた心得だ。
冷静に気を荒げずにいることが、まず第一。
「くっ」
足下に転がっていた男が、手を伸ばして天真の足を掴もうとしたが、それをさらっと蹴り倒す。
もう一人はと言えば怖じ気づいたのか、立ち向かって来る様子は見せない。
次の瞬間、元締めの男がこちらに牙をむこうとした時、天真の拳が腹に一発命中。
そのたった一回で、男はその場に倒れた。



すべて事が済んだあと、ようやく詩紋とイノリが揃ってやって来た。
男たちは縄で縛り上げられ、路地のはしっこに追いやられている。
「とにかくー、こいつら何か手癖の悪いらしいし、そっち専門のヤツに引き渡して、ちゃんと取り調べしてもらおうぜ」
「そうだね。じゃああとで、友雅さんにでも連絡して……」
天真の立ち回りに感心した人々は、寄って来てはあれこれ物をくれたりする。
おかげで、ただでさえ山ほどあった買い物袋に、荷物がごっそり増えてしまった。
「しかしな、やっぱり鍛えるってのは大切だなー。実践にきくわ」
八葉だった頃は、それぞれ四神の力と龍神の加護故の力を与えられ、それで戦っていた。
だがそれがなくなった今は、自らの力で戦わなければならない。
だからこそ、今まで以上に鍛錬を積んで来たのだが、こう現実に結果が出ると少し嬉しい。

「あ、あの…アンタ…」
その声にはっとして、三人は振り返った。
蘭が居る。天真の妹が、ここにいる。
妹を守るために彼は駆け付けて、あの男たちを払い除けたのだ。
なのに彼女は……目の前の男が自分の兄であることを、まだ思い出せないでいる。
こんなにも手が届くくらいに、近い場所にいながら。
「あ、ありがとう。今回は…御礼言うわ。助けてくれてありがと…」
「………」
ちょっと照れくさそうな顔で、蘭はぺこりと頭を下げる。
喧嘩ばかりしていたと、聞かされる昔話はそんなものばかりだが、そこには親愛の情がちゃんとある。
「女なんだから、変に食って掛かるんじゃねえよ。そういう時は大声で叫んで、誰か助けを呼べ」
そう言って延ばした天真の手が、自然と蘭の頭に乗った。
軽く抑え、そして撫でる仕草。
「あ……」
「え、どうしたの?」
いきなり蘭が顔を上げて、天真をじっと見た。

この感覚、確かに自分は覚えている。
昔、よく同じようなことをされていたような気がするのだけど…何故だろう。
頭を撫でられるなんて初めてじゃないのに、この男にされたとたんに、そんな想いが蘭の中に沸き上がった。
異性という感情ではないもの。
だったら、一体この感情は何なのか?

「…じゃあ、気をつけて帰れよ。またな」
「あ、また…今度」
後ろ髪を引かれつつ、天真は蘭に背を向けた。
連れて帰れるのに、まだそれが出来ないもどかしさが募るけれど…今は焦ってはいけない。


「ちょっと待って!!」
蘭の叫び声と、強く掴まれた腕に足を止めた天真は、妹の顔を見下ろした。
「あんたっ…何でそれ、持ってるのよ!?」
それって?と首を傾げると、彼女は天真の胸にかけられたペンダントを指差した。
「どうしてあんた、持ってるの!どうして私と同じものをっ…どうしてっ……」



「------------おい!蘭!」
ふっと、途切れた意識。
その場に崩れてゆく彼女を、天真はしっかりと抱きとめた。



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Megumi,Ka

suga