Romanticにはほどとおい

 第18話 (3)
今回の施術は、これにて幕を閉じた。
普段より若干時間は短かったが、十分過ぎるほどの収穫はあったし、そう焦らずとも今後回数を続けて行けば、良い結果を得られるだろうとの晴明の判断だ。
「しかしねえ…ちょっとくらい仲良く出来ないのかい?」
呪解除の手順を進めている晴明たちから離れ、部屋の隅に移動した天真に友雅は話しかける。
「別にオレは、そういうつもりじゃねえって!あいつがいい気になって、可愛くねえことばっかり言うからっ!」
「だからってもう、売り言葉に買い言葉じゃあ、結局ケンカになっちゃうじゃない!もう…」
二人そろってため息をつかれた天真は、さすがに少しばつが悪くなったのか、ぽりぽりと頭を掻く。

自分でもちょっとは冷静に、とは思ったりもするのだが…やはり長年のくせは抜けきれるものじゃない。
そもそも、向こうは別れた時のままの蘭だし。
天真が気を張っているなんて、かけらも思っていないだろうし。
「まあ…でも、とにかく今回は成功したしね。今後はもっと会話をすると良いよ」
「次は少し落ち着いてね!」
畳み掛けるように言われ、天真は軽く頭を垂れた。

「んーっ…」
両手を広げて、思い切り身体を伸ばしながら蘭が起き上がった。
様子も表情もさっきと変わらないのに、もう彼女を気軽に名前で呼ぶことは許されない。
ほんの数分前は、兄妹でいられたのに。
「もう終わったのー?」
「ああ、今日はこれで終了だ。物資は今、屋敷の者が用意しておるからな。しばらくゆっくりしていると良い」
ぽんぽん、と何かを祓うかのように蘭の肩を叩き、晴明は部屋を出て行った。
残されたのは蘭と天真とあかね、そして友雅……と泰明。
「ええと、大丈夫?具合悪かったりしない?」
「んー、ぼーっとしてるけど、別に何も」
あかねが尋ねると、蘭は首をぐるぐると回しながら答えた。
既に何回も施術は繰り返しているし、晴明が行うことだから危険はないと思う。
けれども呪から目覚めるということは、意識を切り替えることでもあるため、精神面と身体面で違和感が起こらないか、いつもささやかに心配はしている。

「あ、あれえ?」
ぱっと目を見開いた蘭が、いきなりきょろきょろと辺りを見渡し始めた。
そうして、鼻の先を動かしながら、かすかな香りを探す。
「どうしたの?」
「…あのさあ、すごく美味しそうな匂いがするんだけど…これ、桃の匂い?」
とっさにあかねが、後ろを振り向くと、友雅は手元に置かれていた壺を持って、彼女たちのところへとやって来た。
「これかな?」
「あ、ああそれそれ!すっごく美味しそうな匂いなんだけど、何なのそれ!」
「これはね、桃を甘く煮たものなの。ね、食べてみて、美味しいよ?」
壺の蓋を開けて、あかねは小さじを使い桃をすくった。
それを蘭の口元へと近付けると、彼女は一瞬だけ戸惑いを見せたが、すぐに桃を口へと運んだ。
「あー、美味しいじゃないこれっ!」
妹に戻っていた時と同じように、蘭は嬉しそうに桃を食す。
一粒では飽き足らず、壺の中身を確認しては、自分ですくって食べ始めた。

「君は、桃が好きなのだね」
様子を見ていた友雅が、あかねの背後から覗き込んで彼女に声を掛けた。
「好きって言えば、好きねえ。味も香りも甘くて美味しそうじゃない。でも、こういうコンポートが一番好きかなあ」
「こんぽーと?」
友雅が聞き返す。彼にとっては、馴染みの無い言葉である。
シリンたちが教えているはずはない言葉だ。
これもまた、現代の言葉であるのだから。
「何かね、懐かしい味よね〜。小さい頃に、よく食べたような感じ」
「へ、へえ…?蘭って、こういうのを食べてたの?」
「……多分、そうなのかな?」
疑問系の記号が、言葉の最後に付けられた。
蘭自身も、また自らの記憶をたどれないでいる。
アクラムに呪で意識を操作され、過去の一部を閉ざされたまま、元に戻れずにいるのだ。

「そうだ!今度うちにも遊びに来て?このコンポートの作り方、教えてあげる!」
「…あんたのお屋敷ぃ?」
急にそんなことを言い出したあかねを、蘭はちょっと胡散くさそうに横目で見る。
「うん。あのね、このコンポートって私たちの友達が作ったの。彼ならきっと、作り方教えてくれるから!」
「彼?あんたの友達って、男なの?一緒に住んでるの?」
「え?あ…うん。色々理由あってね、私も友達とお屋敷に住まわせてもらってるんだけど…」
と、あかねがそこまで言ったところで、後ろから友雅が彼女を抱き寄せた。

「あかね、あまり素性は話さない方が良い。今は、昔の君とは違うのだよ」
「え?」
何の事か分からなかったが、友雅に正されてやっと気付いた。
異世界からやって来たあかねが、龍神の神子として生きていたのは過去のこと。
今、京で生きている彼女は、帝の遠縁の血筋を持つ娘という肩書きを、帝直々に与えられている。
そして帝の遠縁の娘は、橘少将の妻となる--------京に住む多くの者が、既にそれを認識しているのである。
「ねえちょっとアンタさ、何で他の男と一緒に別の屋敷に住んでんの?」
「ああ、実は私の姫君はね、左大臣殿の屋敷に一時的に住まわせてもらって、いろいろと作法を学んでいるのだよ」
こういうとっさの切り返しと、口の上手さは友雅には敵わない。
血筋は良いが、庶民としての生活が長かったので、貴族のしきたりや風習があまりよく分からない。
なので、橘家に嫁ぐ前に土御門家であれこれ花嫁修業中なのだ。
あかねが言う友達というのは、土御門家に仕えている使用人たちのことで、年も近いことで仲が良いだけだ…と、さらりと友雅は説明してみせた。

「はー。そーいうことなの。アンタ、結構大変なのね」
「私は作法だとか風習なんて、あまり気にしないのだけど」
ぎゅっと後ろからあかねを抱きしめ、細い肩に顎を乗せる。
「そんなもの、互いの存在があれば関係ないだろう。愛し合うのには、本能だけで十分だよ。ねえ、あかね?」
「…はい?え?あ?……っ」

思わず後ろにコケそうになる天真。
呆れて白目を向く蘭。
相変わらず無表情の泰明。
人目も憚らず遠慮もなく、堂々と目の前であかねに口づける友雅。
「アンタたち、ホントにどうにかならないの!?その、本能丸出しの発情期の獣みたいな性格!」
「おまっ…少しは恥とかな!そういうのねえのかっ!?」
仲良く二人揃って、あかねたちに文句を言う森村兄妹の後ろで、まったく反応のない泰明が座ったまま。
「おい泰明!おまえも何か言ったら!?こいつら、少し遠慮が必要だと思わねえ!?」
天真は後ろを振り返り、泰明に思わずそんな愚痴をこぼす。
「接吻など、どうでも良い。したからと言って、困ることもない」
「おまえねえ…」
元から泰明はこういう性格だから、二人がいちゃついても気にならないかもしれないが、こちらはそうはいかない。
こんなシチュエーションは日常茶飯事と分かっていながらも、動揺はしてしまう。

「これでも友雅は、遠慮しているのだ。おおめに見てやれ」
は?友雅が遠慮していると?目の前でイチャイチャしながら、ちゅーちゅーするのが遠慮していると!?
「どこが遠慮してんだよぉぉっ!」
「友雅の本能の箍が外れていたら、その場であかねと交合するに決まっている」
けろっとしたクールな声で、泰明はとんでもないことを言ってのけた。
「さすが泰明殿。京で一番の大陰陽師殿の弟子であられるだけに、私の本能も簡単に見抜けるのだね」
「感心してんじゃねえ(わよ)っ!!少しは自重しろ(しなさいよ)ーっ!!!」
息がぴったりな天真と蘭は、声を重ねて友雅たちに文句を言い放った。



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Megumi,Ka

suga