Romanticにはほどとおい

 第17話 (2)
「それにしても、隅に置けないよねえ。アンタにそんな男がいたなんて、初めて聞いたよ」
静かに流れて行く小川のせせらぎに、手を浸してシリンは衣を洗う。
話しかけられた蘭は、夕飯の支度にと芋の皮を剥いていた。

…やっぱり年頃の娘だからねえ。
恋のひとつやふたつ、好いた男の一人や二人いてもおかしくない。
例え彼女の記憶がないとしても、過去は過去で今は今。
今の蘭が惹かれた男に、寄り掛かりたくなるのは女の常である。
買い物はすべて彼女任せにしていたが、蘭が町で男と懇ろな関係を築いていたとは、さすがのシリンも思ってはいなかった。
「一言話してくれりゃあ、上手く取り持ってやれたのにさ。水臭い子だねえ」
「言ったじゃないですか。私、そこまで深い付き合いじゃなかったんですよ」
「ふふふ…いいんだよ。アンタも私と同じ女なんだからさ。好きなヤツと一緒にいるのが、幸せってもんさ。分かるだろう?」
シリンはそう言って、どきりとするほど艶やかに微笑む。
こんなにも彼女があでやかなのは、恋をしているからだ。
愛する男と常に寄り添い、身も心も満たされているからこそ、こんな表情が出来るのだろう。

「ま、今回は残念だったかもしれないがね。次にいい人が出来たら相談しなよ。アンタだって、連れ合いが出来ても良い年なんだよ」
「ええ〜?そんな、まだ早いですよ!だって私十六なんですよ?未成年ですよ!」
「ん?未成年って…アンタ十六だったなら、普通じゃ裳着ギリギリの年じゃないのさ。十分大人だよ?」
「そんなことないですよ!成人って言ったら二十歳を過ぎてからで……」

あれ?
首をかしげた蘭を、シリンが黙って見つめている。
そういえば町で見かける貴族の使用人が、時々そんな話をしているのを聞いた。
うちの姫様が裳着を付けることになったのだ…とか。
こないだは確か、十三歳になって裳着をと話していたような。
となるとシリンが言うとおりに、十六の自分だって成人とされて良いはずである。
なのにどうして、自分は二十歳=成人と確信を持って口にしたんだろうか。
一体それは、どこから出て来た知識なのか?

「とにかくさ…アンタも夫を持っても良いって年でもあるんだよ、ってことさ」
「…はあ。そうなんですかねえ?」
シリンはそう言うのだが、やはり蘭はしっくり来ない。
十六という年齢で成人となり、結婚する相手を見付けるということが、どうも現実的ではないような気がして。
「だってさ、ほら…あの娘だってアンタと同じくらいだろう?なのに、もう夫婦になるって言うじゃないのさ」
ぴくり、と蘭の耳が動いた。
あの娘というのは、つまり…あの男の相手の、あの娘か。
「ジョーダンじゃないですよ!あんな好色二人組なんて、見本に出来るわけないですよ!」
「あ?いや別に見本と言うわけじゃ…」
「いくら何でも、ああはなりたくないですね!野獣じゃないですか、アイツら!」
友雅とかいう男の、制限を知らない盛りの付き方には呆れるが、相手をするあかねという名の娘も娘だ。
少しは阻止してNOと言えば良いものの、男のなすがままにされてるじゃないか。
見た目、割と純情そうな風にも見えるが、あれで実は中身はかなり淫乱だったりするのかもしれない。

「ったく、他にすることないんですかねえ、あの二人!ちょっとくらい、わきまえろってんですよ!」
「あ、ああ…そ、そうだねえ…」
ものすごい剣幕で捲し立てる蘭に、さすがのシリンも顔をこわばらせた。
この様子では、どうやら彼女…随分濃厚な現場に遭遇しているらしい。
他人のことは言える立場ではない、と自らの日常を振り返って思ってしまったシリンではあるが…それにしても。
…そんなにあの娘、地の白虎とお盛んなのかねえ?
友雅相手に今更生娘なんてあり得無いが(断言)、そうは言っても。
人は見かけに寄らないってことかねえ。
蘭だって気付かないうちに、男と恋仲になっているくらいだ。
恋は身分も何も関係なく、突然に芽生えてしまうもの。相手が手の届かない人であっても…想いは止めることが出来ない。
主従関係であった自分でさえ、主のアクラムに心酔してしまったのだ。
そう考えれば八葉と神子だって、所詮は男と女に過ぎない。
恋の感情が互いに生まれたのなら、自然と求めあうことになるはずだ。
アイツらも、私と同じってことか。なら、仕方が無いね…。

一度は敵としていた相手を、今は自分を重ねて見られるようになるとは。
予想もしなかった不可思議な展開が、シリンは何だかおかしくて仕方が無かった。


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友雅は必ず、土御門家へ自ら出向く。
そこで車を乗り換えて、あかねたちと一緒に出掛けるのである。
「だから、俺はそーいう礼をしてやるって言ったんだけどよ。こいつ、今更照れやがってさあ」
「照れてるんじゃないの!常識的に、そういうのはどうなのよ!ってことで…」
天真が話しているのは、この間のことである。
この問題がすべて解決した暁には、何らか礼をするというあの話。
「防音効果って、重要だぜ?友雅、おまえだってそう思うだろが」
「ふふ、そうだねえ。確かに天真の言うとおり、音を漏らさない設備が部屋に付けられるのなら、私の屋敷の寝所もお願いしたいね」
「友雅さんまで、何を言ってるんですかぁっ!もう!」
横目であかねを見ながら、色めく微笑を投げかける友雅の腕を、思わずぱしん!と軽く叩く。
こんなふざけ半分のネタに、わざわざ乗っかって来なくても良いのに…とあかねは顔を赤くしてうつむいた。

「そうともなれば、改めて気合いを入れ直せねばね」
ふと、友雅の手があかねの肩を抱き寄せる。
「一刻でも早く、妹君を元に戻して差し上げなくては。天真の目が届かないうちに、また他の男が近付きかねない」
それまで砕けていた天真が、友雅の一言でとたんにシャキッと姿勢を正した。
「若い娘が一人で町を歩いていれば、優しい言葉で近付く男は五万といるさ」
性格は天真譲りだが、なかなかに目鼻立ちも良い娘だし。あわよくば良い仲に、と狙う者がいないとも限らない。
「早くしないと、取り返しのつかないことになるかもしれないし」
「とっ、取り返しのつかない…っ?どういうことだっ!」
「そりゃ、ふふっ…、ねえ?私とあかねのように、互いのぬくもりが恋しくなってしまったら、また連れ去られそうだよ」

何 だ と !!!

天真の頭のてっぺんから、今にも沸騰した蒸気が飛び出して来そうな気が。
だが、それを逆に楽しんでしまうという、意地の悪さを持っている友雅である。
「鬼たちに連れ去られた時は本意じゃないかっただろうけど、男となるとねえ。しかも恋仲であるなら、大切な兄上よりも相手を優先するかもしれないね」
「あああああ!それ以上言うなあああ!」
頭を抱えて、その場でじたばたする天真。
おかげで牛車が横揺れしたので、何事かと従者まで覗き込んでくる始末。
「友雅さんっ!あまり天真くんを刺激させないでくださいよっ…」
「いやいや一応ね。いざという時の心構えを、させてあげようと思っただけだよ」
罪悪感なんかみじんもない顔をして、友雅はあかねの頬に口づける。
パニックを起こしている天真は、そんな二人に意識など傾ける余裕もない。

「でもね、可哀想だけどいつかは、そういう日が来るんだよ」
早かれ遅かれ、彼女は恋をして別の生活を築いて行く。
生まれ育った場所を離れて、親しんだ家族とは違う人と、新しい場所で生きて行く日が来るのだ。
「君みたいにね」
いとも簡単に片手で扇を開き、天真の目から隠れて口づけを交わす。
だが、そんな小道具を使わずとも、あちらは他人の行動を気に留める状況ではなさそうだ。



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Megumi,Ka

suga