Romanticにはほどとおい

 第17話 (1)
藤姫が朝からご機嫌斜めだというのに、その原因である彼は上機嫌のまま土御門家を後にした。
朝餉を終え、それぞれが持ち場に戻って行ったあと、暖かな日差しが広がり始めた庭を前に、あかねたちは時をくつろぐ。

「まったくさあ…俺、おまえにもほとほと呆れるわ」
隣に座る天真が、じろりと横目でこちらを見る。
「ホント、既成事実でも何でも良いから、さっさと出来上がっちゃってくんね?今朝みたいなこと繰り返されたら、マジで困るわ」
「ど、どういうことよ…それ」
「どーいうことって、あのねえお嬢さん?」
いきなり姿勢を正した天真は、向きをくるりと変えてあかねを真正面に見る。
「よく聞いてくださいよ?一応ここには、お年頃の健全な青少年が二人もいるわけよ。正直、おまえらの盛りっぷり、精神衛生上悪いのよ」
そんな風に言いながら、今度は妙なにやけ顔。
反対側にいる詩紋はといえば、その天真を呆れつつ見ている。
「仕込んじゃえ仕込んじゃえ。この際もう子づくりしちまえって」
「天真先輩〜……あんまり下品なことばっか言ってると、頼久さんから木刀借りてくるからねっ!」
おそらく腕力でも体格でも、天真に詩紋が敵うわけがない。
だとしたらハンデをもらって、武器のひとつでも手にすれば何とか…。
「おまえ、いつからそんな凶暴になったのよ」
「天真先輩が調子に乗り過ぎるからだよっ!ねえ、あかねちゃん!?」
「そ、そうだよっ!あまりやらしい想像ばっかりしないでっ!」

…確かに天真くんが言うのも、分からないでもないけど。
でも、しょうがないじゃない。
友雅さんに迫られたら…抵抗できないもの。
抵抗する気になれないんだもん、好きだからしょうがないじゃない。
自分でも本当に、恋に溺れていると自覚する。
だけどその甘さが心地良くて、幸せな気分にしてくれるから…止められない。


「んでさあ、その友雅が言ってたことだけどさ」
しばらくして、場の空気を混乱させていた天真が、自ら話題を切り返した。
「あいつが言ってたように、俺…が、これから蘭に語りかけたりして、ホントに良いのか?」
「うん、それは大丈夫だと思うよ。だって、晴明様がそう言ってくれたんだもの」
あの安倍晴明が、向こうから勧めて来たのである。
だとしたら、現状ではそれが一番効果的なことだと、きっとそうに違いない。
「良かったね、天真先輩!これで蘭さんと、兄妹として会話できるよね」
素直な感情を表した笑顔で、詩紋は天真を見た。
しかし彼はといえば…にこりともせずに眉を潜めている。

「どうしたの?何か気になることがあるの?」
「んー…気になるっていうかさ」
はあ、と大きなためいきをひとつ吐き出して、天真は背中を柱に傾けた。
「俺さあ、ちゃんとあいつに兄貴として、話が出来るかなあって思ってさ」
「え?どうしたの…」
いつもの天真らしくない、消極的な態度にあかねも詩紋も戸惑った。
昨日の宴の時だって、蘭とは割と普通に会話をしていたように思う。
そりゃあ彼は、兄という素性を隠して接していた。
だから、以前のように開けっぴろげとは行かなかっただろうが、それでもあまり緊張していたようには思えなかった。
なのにどうして今になって、腰が引けたような台詞を吐くのだろうか。

「だってさ、あいつがいなくなって、一年以上経ってるんだぜ?俺、普通にあいつを妹として話せるかなーって」
確かに彼女は、自分の妹の蘭だ。
顔を合わせ、会話を交わしても間違いないと断言できる。
行方不明になった時の彼女と、何ら変わらないはずなのに…どうしてなのか、戸惑いがある。
「緊張してんのかね、ガラじゃねえけどさー」
いなくなって、初めて気付いた妹と言う存在の大きさ。
小さい頃からケンカばかりしていたけれど、それでもいつだって心の奥底では、妹を守ってやろうと思っていた。
それが、兄である自分の役目だと信じていたから。
しかしそれさえも脆く消え、彼女の助ける声さえ聞き漏らしてしまった故に------離れてしまった。
「罪悪感も、まだ抜けねえのかなあ。俺があんときにあいつの声を聞き逃したから、とかさ」
そう思わなければ、おそらくやっていけなかった。
懸命に自分を責めて、責めて、悪人に仕立てあげて…今の今まで。

「天真くん…もう、いいじゃない、そんなこと」
顔を上げると、あかねがそこにいる。
逆からの視線に気付くと、そちらからは詩紋が覗き込んでいた。
「もう、蘭はちゃんと見つかったんだよ。だから、いなくなった時のことなんて、忘れちゃって良いんだよ」
「そうだよ天真先輩。探してた時は不安だったかもしれないけど、蘭さんはもうここにいるんだし。それに、晴明様たちがもうすぐ何とかしてくれるよ」
二人の手が、天真の肩を左右から支えている。
彼より年下の、普通ならこちらが彼らを引っ張って行かなければならないのに。
それなのに…今はまるで逆だ。
あかねと詩紋の手に、励ましてくれる声に、どれだけ自分が救われているだろう?

「だから、これからのこと考えよ?蘭が天真くんの妹に戻ることを…ね?」
「そー…だな。うん、そうだよな」
まったく、妹の事を考えると気弱になる。
自分は一人でもやって行けると思ったくせに、いちいち行動に迷っていては前に進まない。
二人の言う通り、最悪の状態は既に去った。
蘭は見つかったのだ。それを、良かったと今は考えるべきで。
これからは蘭を妹として目覚めさせることだけを、考えて生きて行けばいいのだ。
「サンキュ。おまえらに励まされてばっかだなあ、俺」
「そんなことないよ。僕らだって天真先輩に、いろいろ力貰ってたから」
詩紋の髪を、天真は撫でる。
昔妹にやってあげたような手で、静かに触れながら、優しく。

「この件が片付いたらさ、俺…おまえらにちゃんと礼するからな」
「えっ?良いよそんなの!別にお礼されるようなことじゃないし!」
「いーや!絶対に恩は返す!期待してろ!」
…期待していろと言われても、果たして天真が考える礼なんてどんなものだか。
怪訝な顔をする二人を尻目に、彼は何かを思案している様子。
「そうだな、詩紋はしょっちゅう料理作ってるからな。食材集めとか荷物運びとか、いっくらでもやってやるぜ?」
市への買い物や、野山に木の実や果実を採りに行ったり。
または、彼の知り合いに料理を届けに行ってやるとか…。
まあ雑用くらいだろうが、そんな些細なことでも礼になるならやってやろう。

「んで、あかねへの礼は…やっぱ、アレだな」
「な、何…」
にやっと笑った天真の顔が、あかねに一抹の不安を感じさせる。
と同時に、嫌な予感を詩紋も感じ取った。
「友雅との夜の逢い引きのアリバイ、俺にまかせとけ!」
「何で私のお礼が、そういうことなのよっ!!」
「あー、遠慮すんな。藤姫も手強いからなあ。でも、俺が何とか誤摩化してやるから、そんときゃ声掛けろ」
…絶対そういうネタだと思ったのだ、天真が想像することなんて。

「ん、それともアレか。おまえの部屋を改造してやろうか?」
改造?…って、そんな必要があるのか、ここに。
まるで平安絵巻そのものの、美しい庭が整えられて目を楽しませる。
丁寧な造りの調度品が揃って、広い室内には花や香が漂い、御帳台もあかねの身体にあつらえてある。
これほどの部屋を、どう改造するというんだ。
「いやあ、ほら…な。もっと壁を厚くしてさあ」
ぽかんとするあかねより先に、詩紋がピンと感づいた。
「ヤバい声が外に漏れないように、いろいろ細工を----------いててててっ!!!」
「全然それ、お礼でもないんだけどっ!!」
たまらずあかねは顔を赤くしながら、天真の耳をぎゅうっと引っ張った。



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Megumi,Ka

suga