Romanticにはほどとおい

 第16話 (2)
天真が乗り込んで進み出した牛車は、ゆっくりと土御門家に向かって進む。
しいんと静まり返った大路の中を、時折どこかしらの貴族の車とすれ違う。
勤めの帰りか、宴の帰りか。
果ては…どこぞの姫の元へ通う者か。
意外と夜更けになっても、こうして車の行き来は多い。
「ところで天真、さっきの話だけど」
コトコト揺れる車の中、友雅が話を切り出した。
「彼女が、"昔似たような事を言われたことがある"とか、言ってたよね?」
しかも、天真と同じ年くらいの男に。
「あれは、多分君のことだろう?」
「あー、その話なあ…。ま、覚えがあるっちゃあ、ある」
「どんなこと?蘭に、そんな話をしたことがあるの?」

確かあれは、蘭が中学に入ったばかりの頃だった。
新入生で浮かれていた彼女は、新しい学校でクラブに入部しようと、あちこちを見学していた時のこと。
「ま、よくある話でさあ。バスケ部の先輩にぽーっとなったっていうさ」
バスケとは何だろう?と友雅が尋ねる。
ルールは結構複雑ではあるのだが、2組に分かれてボールを相手の籠(みたいなもの)に入れたら得点という、つまり玉入れみたいなものだ…と、あかねはかなり適当な説明をした。

「しかしさ、その先輩ってのがさあー、またこれがおまえみたいなヤツでな!」
ぴしっと天真が指差したのは、あかねの隣にぴたっとくっついている友雅である。
「女と長続きしないって有名な男だったのよ」
とは言え、蘭がぽーっとなるくらいなので、見映えのする容姿なのは天真も認めるところだった。
バスケ部のキャプテンで、そこそこプレーも上手くて。
頭は人並みだが、ルックスは上クラス。
なので、群がる女子は数知れず。
彼女と別れたと聞けば、その隙を狙って急接近しようとする者も絶えない。
更に彼は、去る者を追わず来る者を拒まない。
八方美人で人当たりが良いことも手伝い、別れてもいつのまにか同じポジションに女子がいる、という繰り返し。
「そーいう男にな、ほい!と妹を差し出せるかあ!?」
「ふふ、妹思いだねえ天真は」
熱弁を振るう彼が何だか微笑ましくて、つい友雅はそんな風に言う。

「だから、俺はそこで言ったわけ。"顔ばっかり見てねえで、中身も見ろ!"って」
蘭が好きになった彼は、決して性格が悪いわけでもなかった。
ただ、あまりにも主体性がないというか…何というか。
もしも蘭が彼に受け入れられたとしても、すぐに他の女子のように入れ替わられたら?と考えたら、兄としてはうなづけない。
「じゃ、その時天真くんが言ったのを、さっき蘭は思い出した…ってことかな」
「多分そうなんじゃねえか?あいつにそういうこと言ったのは、そんときくらいだしなあ」
その時も、かなり蘭とはやりあって。
人の初恋に口出しするな!とか、モテる先輩にひがんでるんじゃないか、とか散々言われて。
「はあ…また兄妹ケンカが記憶を戻すチャンスになるなんて…。よっぽどケンカばっかりしてたんだね、天真くんたち…」
そうつぶやくあかねの口調は、少し呆れ気味だった。



土御門家に戻ると、帰りを待っていた詩紋と藤姫を交えて、今夜行われた宴の席で起こった出来事を話した。
天真と蘭のやり取りには、彼らも度々声を上げて笑うところもあったが、最後まで真剣に耳を傾けてくれていた。
「ですが、今回の宴は成功だったと言ってよろしいですわね」
「そうだね。どんな内容だとしても、蘭さんが自分で何かを思い出そうとしたんでしょ?もしかしたら記憶が戻るのも、時間の問題かもしれないね」
「上手く事が運んでくれりゃあ、良いんだけどな」
今まで以上に慎重に、蘭の様子を観察しながら距離を測ること。
帰り際に天真は、晴明たちにしっかりと言われた。
状況は間違いなく好転しつつあるのだからこそ、敢えて焦らずに今まで通りを心がけるようにと。
「天下の陰陽師様の言いつけだからな。ちゃんと守るって」
最初は半信半疑だったけれど、こうして結果が現れて来ている。
だとしたら、もう彼らを信じるしかないのだ。
いつか必ず彼女が、自分の妹の"蘭"として戻って来るはずだと。

「さあ、今宵はもう遅くなりましたわ。早めにお休みになって下さいませ」
藤姫はあかねを床へと誘うと、詩紋たちも立ち上がって部屋を去って行く。
そういえば友雅が、藤姫から送られて来た文の中に、明日は衣の仕立てが出来上がってくる予定だと書かれていたと言っていたが。
「ええ、そうでございます。以前お頼み致しました夏の衣が、出来上がったと連絡がございましたの。一度袖を通して頂いて、寸法を確認したいとのことですわ」
「そうなんだ…。じゃ、早起きしなきゃいけないね」
彼女に手伝ってもらいながら、あかねは薄手の寝着を身につけると、御帳台の中央に用意された床の上に横たわる。
枕元の香炉で炊かれている侍従が、辺りを芳醇な香りで包み込む。
「では、おやすみなさいませ」
挨拶をして藤姫が外へ出ると、するりと帳が下ろされた。

ああ、今日はいろいろあったなあ…。
ちょっと前までは敵だったシリンたちと、着飾って宴を楽しむなんて…なんだか信じられないよね。
瞼を閉じて思い出すだけでも、妙におかしくて。
しかもホントにあの二人、ラブラブなんだもの…。
でも、そんな彼らを見ていると、あの結末は正しかったんだなと改めて思う。
傷つけて終わりを迎えたところで、それらは憎しみとして残ってしまうだろう。
それならばこんな風に、完全に白紙に戻って生まれ変わり、新しい目線で生きて行く方がきっと良い。
記憶を消してしまうことも、こんな結果になるなら悪い事ではない気がする。

だけど蘭に関しては…。

早く戻してあげなきゃね、天真くんの…お兄ちゃんの元に。
心の奥底ではきっと、早くお兄ちゃんに会いたいって思っているはずだものね。
ケンカばっかりしていたみたいだけど、それだけ本音で言い合い出来た仲良しだったんだ。
似た者同士だから。
天真くんが寂しいのなら、蘭だって寂しいと思っている、きっと。
一刻も早く…ね。一緒…に…。

意識がゆっくりと薄れて行き、あかねは静かに睡魔に身を委ねた。




心地良い夢を見ているような、そんな気がした。
寝る時に、いつも薫らせている侍従の香りのせいだろうか。
普通のものではなくて、ほんのわずかに伽羅を配合した香りは、鷹通が好む侍従とは少し違う。
甘くて、それでいて深みのある…。
たまに艶やかな感じを思わせるのは、この香を身につける人を思い出させるから。
「ん…あ、と…もまさ…さん」
「夢の中でまで、私を想ってくれているの?嬉しいね…姫君」
頬に伸びる指先の感触。
優しく包み込む大きな手は…誰のものか知っている。

……!?
とっさに目を開けて、がばっと起き上がった。
そして、隣に横たわっていた彼の姿を目にして、あかねは声も出なかった。



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Megumi,Ka

suga