Romanticにはほどとおい

 第15話 (3)
「…ちょっと、真剣な顔で聞かないでよ!たいした話じゃないんだから」
全員がこちらを見ていることに気付き、蘭は少し恥ずかしそうに文句を言う。
「恋なんてもんじゃないのよ。ちょっと良いかなあ、って…さ、それくらいよ」
「ほう。そなたの目に叶った男とは、どこにいる者なのだ?」
名の知れた家の公達、ではないだろう。
普通に暮らしている彼女が、そんな男と出会うきっかけもないだろうし。
想像するところではおそらく、町で商いをしている者か、または農業に従事している者だろうか。

「和泉国から、行商に来てる人だったのよ。安くて良い小袖とかを売り歩いててさ、いろいろ融通も利いてくれてね」
元々は織物を商いとする家の息子で、その反物で仕立てたものを行商で売っている男だった。
普段シリンが着ていた小袖も、彼から買ったものである。
彼女は身長が高いのだと相談すると、その場でサイズを上手く調整して仕立て直してくれたり、という器用な腕を持っていた。
「いろいろ親切な人でさ。お礼に京のあちこちを案内してやったりとか、そんなこともしたわね」

ちらっとあかねは、天真の様子を伺った。
友雅に抑えられて入るけれど、やはり複雑な顔をして蘭の話を聞いている。
そりゃそうだ。
今までの話を聞いていると、その行商人とは随分親しい付き合いだったようだし、あちこちを案内したというのはつまり…デートをしていたということだろう。
彼らがどこまでの付き合いかは、今後の話の展開を聞かねば分からないが、もしも深い仲になんかなっていたら…。
……天真くん、きっと正気を失うなあ…。
その時は腕づくでも、友雅にガードしてもらおう、とあかねは思った。

「それで、その彼は今はどこにおるのだ?今も町で親しくしておるのか?」
晴明が尋ねると、蘭は首を振った。
「行商人だからね、国に帰っちゃったわよ。手持ちの品物も売り切れたからってさ…先週くらいよ」
先週とは、ずいぶん最近の話だ。
だがよく考えてみれば、こうして蘭が外を行き来するようになったのは、間違いなく神泉苑での戦いが終結した後のことである。
あの場所で、あの戦いで、アクラムはそれまでの自我をリセットし、まっさらな状態で人生を再起動させたのだ。
それまで蘭はアクラムの企みを実現させるため、黒龍を呼ぶ依代とも言える存在だった。
捕らえられて洗脳され、彼の強大な術で自由も何もかも失っていただろう。
で、あるから…蘭が自由に出掛けるようになったのは、ごく最近。
そうなると、行商人と彼女の関係は、かなり早急に進んだと考えられる。
まあ…どこまで進展しているかは分からないが、恋とは時間で計れるものじゃないというのも、事実である。

「その彼とは、どういう付き合いだったのかね。ここにいる彼らのように、睦まじい関係だったのかね?」
ずらっと晴明の視線が、あかねたちやシリンたちを見る。
「冗談じゃないわよ!こんな好色な二人と一緒に考えないでよ!ジイさんのくせに、想像がやらしいわよ!」
かの稀代の陰陽師・安倍晴明を捕まえて"ジイさん"とは。
ちなみに蘭がそう言って指差したのは、あかねと友雅であって、アクラムたちは無視している。
あくまで世話人の彼らは、別の話と考えているようだ。

「別にそういう付き合いじゃないって、最初にも言ったでしょ。ただ、優しくて親切で良い人だわって思ったのよ」
「ふーむ。だが、向こうはその程度じゃなかったのではないかね」

----------------!?
天真はもちろんだが、友雅や泰明、そしてシリンまで、晴明の発言にはっとした。
「あちらの男は、わりかしそなたを気に入っていた様子に思えたがな?」
「…ちょっとあんた、まさか最初から知ってたの!?知っててわざと聞いたの!?」
「いいや?今初めて聞いた話だがな。しかし、その反応では…やはり何かあるようだな」
ニコリと笑う顔は、年輪を踏まえた穏やかな老人の面持ち。
だが、やはり類い稀なる力を持った陰陽師・安倍晴明。友雅たちには見えない、まったく別のものが見えていたらしい。
まさにそれは、弟子である泰明さえも見抜けないものだった。
「どんなものかね。おおかたいろいろと、誘われたんじゃないのかね」
「誘われたっ?さ、誘われたって…ど、ど、ど、どういうっ…」
再び取り乱し始めた天真を、即座に友雅が抑えた。
「宿に誘われたとかな、あるいは、故郷に来てみないか、とか、そういう内容だろうかな?」

慌てて後ろから天真の口を押さえ込んだが、頭のてっぺんから中身が噴火しているのが目に見えるようだ。
晴明の言った内容は、つまり宿に誘われたということは…明らかに男と女の関係を望まれたということだろうし、故郷に来いというのは間違いなくプロポーズに違いない。
まさか、自分たちと離れて暮らしていた間に、彼女は既にオンナになっていた…なんてーーーー!
と、別に蘭が肯定したわけではないので、まだ天真の早とちりに過ぎないのだが。

「まったく、みんなして想像力が豊かよねっ…。そこまで進んじゃいないわよ、期待を裏切って悪いけど」
ようやく蘭が、晴明の発言をさくっと切り捨てた。
だがすべてを切り捨てたわけではなくて、一部はそのまま残された。
「でも、宿に誘われたのは…ホント」
「えっ…!」
おそらく一番動揺を醸し出すであろう発言に、あかねが真っ先に声を上げた。

「おまえーっ!男ってのはちゃんと中身を見てから選べって、あれほどっ…!!!」
友雅に抑えられながら、手足をじたばたしている天真は、完全に破裂寸前という感じのヒートアップ。
それだけは避けたかった答えを、蘭の口からぽろっと言われるなんて。
「何なのよアンタ…。私のことしょっちゅう干渉してさ!あんた、私の何なの?」
「俺はおまえのっ…!!」
天真の口は、友雅の手によって塞がれた。
これ以上は言ってはならない。少なくとも、自分が兄であることを打ち明けるのは、まだ早い。

「あ、あのね、つまり…外見がカッコいいとか、そういう見た目だけで男性を判断しちゃ、いけないんだよって…男性からの忠告よ」
苦しい言い訳的な説明をして、何とかあかねもその場を取り繕う。
「アンタにそんなこと言われてもねえ?アンタだって、十分面食いじゃないのよ」
「そ、それは違うってば!友雅さんの外見だけが好きなんじゃないもの!」
「じゃあ、どういうところが好きなのよ。言ってみなさいよ」

これはちょっと困った事になった。何故か矛先が、こちらに向いて来てしまった。
蘭の恋の話を聞いていたはずなのに、どうして自分が友雅に惹かれた理由を言わなくてはならないのか。
「あかね、私もそれは聞いてみたいねえ」
追い打ちを掛けてくるのは、惹かれた本人。
視線がいつのまにか、あかねの方に注がれている。
「言えないんだったら、やっぱ顔だけに惚れたんじゃないの」
「違うってば!そうじゃないってば!友雅さんは……」

蘭が言うように、艶やかな容姿にも少しは惹かれていただろう。
でも、もっと大切なことは…。
「私のこと、本当に好きでいてくれるから…」
過去をすべて記憶から取払い、まっさらな心を自分の色だけで染めてくれる。
そうして出来上がった色を、彼は自分に与えてくれて、二人だけの色を作った。
見つめて、抱きしめて、愛の言葉をささやいて、たくさんの方法で愛してくれて。
この手を引いてくれながら、歩幅を揃えて歩いてくれる彼。
好きでいてくれる、と信じていられること。そこから生まれる幸せという気持ち。
彼を好きな理由は…それ以外に、思い付かない。

「嬉しいね。私の気持ちを、君はちゃんと理解してくれているようだ」
天真から腕を解いて、代わりに友雅はあかねを抱き寄せた。
「私も、そんなあかねが好きだよ。でも他にもたくさん好きなところがあって、理由を選びきれないけれどね」
それはいずれ、二人きりの時に教えてあげよう。
照れて顔を赤らめる姿も、好きなところのひとつ。そういうものこそ、自分だけで楽しみたいものであるから。

「あ、あいつ…あれでもあかねにはマジなんだぞっ!男を選ぶときは、顔に流されないで中身もちゃんと見なきゃいけないんだからな!」
自由になった天真は、やや落ち着いたのか少し冷静になって、蘭に言った。
浮き名ばかりのろくな男じゃなかったが、あかねと付き合うようになってからは、本当に女性関係は真面目になったものだ。
真っすぐすぎて、逆に周囲は困ることもあるけれど。



「ねえ、あんた…さ」
ふと、蘭が天真に声を掛けて来た。
「変なこと聞くけど、良い?」
「…な、何だよ」
見慣れたはずの妹の顔が間近になって、妙な動悸が早まって来た。
しかし、そのあと蘭が口にした言葉に、今度は心臓が止まるほどの衝撃が走った。


「あんた、どこかで私と会ったこと…ない?」



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Megumi,Ka

suga