Romanticにはほどとおい

 第15話 (2)
「ねえ、天真くんと蘭って、喧嘩以外に何かないの…良い想い出とか」
話を聞いていたあかねが、呆れ気味に尋ねた。
「良い想い出ねえ…」
池の中を泳ぐ魚を目で追いつつ、しばし頭の中を思い巡らしていた天真だが、あまりそういう記憶がない。
せいぜい思い出せることと言えば…些細なこと。

「高校受かった時に、バイト代でポーチを買ってやったんだよ。そんときは大喜びしてたっけな…」
それはブランドもののポーチで、友人内で人気があったものらしい。
でも、小遣いで簡単に買えるものじゃなかったし、指をくわえて見ていたのを天真は知っていた。
「ちゃんと、蘭の欲しいものを選んで、プレゼントしてあげたんた?」
「別にそのー…わざわざリサーチしたってわけじゃないぜ?あいつ、物欲しい顔してるから、すぐに分かるしさっ」
そんなこと言ってはいるけれど、天真だって自分で欲しいものがあったから、バイトを始めたんだろうし。
懸命に稼いだ給料で、高いと分かっていながらも、蘭が欲しがっていたものを買ってやったのだ。
自分の目的を、後回しにしても良いから。
妹を喜ばせたくて。

良いお兄ちゃんなところもあるのにねー…。
あかねがそんな風に思っていると、侍女の一人が二人を呼びに来た。
皆の着替えが済んだので、そろそろ宴を始めましょう、とのこと。
広い池に、黄金色の月がゆらゆらと映る。
夜空に明るい星がひとつ輝き、厨房から慌ただしい足音と甘い匂いが漂って来た。



広間に並べられた酒や水菓子。
中には見た事も無い食べ物もあるが、それらは土御門家からあかねたちが運んで来たものである。
ひとつひとつ、詩紋が試行錯誤して作り上げた菓子や食べ物たち。
見た目は違うが、味は出来るだけ情報に近づけた出来になっているはずだ。
「姫君たちの口に合うよう、特別に作ってもらったものだよ。遠慮なく、召し上がっておくれ」
あかねと蘭の前に菓子を勧め、アクラムとシリンには酒と盃、そして肴を二人分。
「君らには酒が良いだろう。甘く酔う楽しみを知っているだろうしね」
並んで席に着いている二人は、肩を寄せて一時も離れずにいる。
まったく羨ましいほど、恋に溺れている二人だ。これくらいあけっぴろげに、自分もあかねと通じ合っていたいのに、と友雅は思った。

「しかし…君は本当に艶やかだねえ」
いくらあかねにしか興味が無いと言っても、その鮮やかな姿には目を奪われる。
金色の髪に赤い紅を差した唇。
完璧なほどの肢体を包む錦の刺繍を施した赤い袿は、彼女の持って生まれた要素を存分に表す。
「君の美しさが更に引き立つよ」
「ふん、当然であろう。私の女を、そこらの女と比べるな」
そう友雅に言い返したのは、何とあのアクラムである。
滅多に話もしなかったというのに、自ら彼が口を開いたのだ。
しかも彼は友雅に視線を向け、またも言葉を続ける。
「そなたの嗜好をとやかく言うつもりはないが、世辞を入れてもシリンの方が上級だろう」
勝ち誇ったような、自慢げな顔。
隣で頬を染めながら、彼に寄り添ってもじもじしているシリン。
"おまえの女よりシリンの方が美しいだろう”と言っているらしい。

だが、それに肯定したままではいられない。
「確かに君のお相手は美しいとは思うけれども、私は生憎もっと美しいものを知っているのでね。そこまで君を羨ましいとは思わないよ」
立ち上がった友雅は、あかねの目の前で手を差し伸べる。
さあ、おいで…と、黙っていても瞳があかねに語りかけていた。
「私の姫君は、外見はとても愛らしい。でもね、私の前でだけは…それは美しい姿を見せてくれるのだよ」
ぎゅっと手を握って、彼女を立ち上がらせた。
裾に足下が絡みそうになったあかねを受け止めた直後、しっかり抱きしめる。
「勿体なくて、誰にも見せたりなんてしないよ。彼女は…私だけのものだからね」
大きな両手が頬を包み込み、優しくて、そして艶やかな眼差しにあかねの姿を映し込む。
そして彼は、戸惑いがちに小さく開いた彼女の唇を、迷わずその場で塞いだ。

「…ほら、見てよ。あんたさ、車ん中でアクラム様たちのことぐだぐだ言ってたけど、あの二人はどーなのよ」
さっき天真が言っていたのと、ほとんど同じ事を蘭が言う。
完全に立場逆転。その気になった男と女を野放しにしたら、どうにもならなくなると証明しているようなものだ。
「んっ、ちょっ…友雅さ…」
誰が見ていようが、彼の口づけは熱を帯びて濃厚になって行くばかり。
これじゃとても抗えないし、こうなったら彼が離してくれないのは…付き合っているから良く分かる。
いつのまにか心に火を放たれて、そのまま本能に流されるしかない。


「…いやいや、久々に宴に招かれてやって来たが、まさかこんなに当てられるとは思っておらんかったなあ」
のどかな口振りの声が響いて、友雅もようやく唇を離した。
声の主は白い顎髭を弄びながら、穏やかに笑ってそこにいる。
「若い者はお盛んで良いなあ、そう思わんか?泰明」
「…………」
師に尋ねられても、泰明としては答えに困る。なので、相変わらず無表情で座っているだけである。
まあ、晴明も泰明からリアクションがあるとは思わなかったようで、すぐに近くにいた蘭にターゲットを移した。
「そなたもあかね殿と同じ年頃、恋の話も気になるのではないかね」
「私?私は別に興味ないわよ」
「そうかね?だが、男に心を惹かれたことがない、というわけではないだろう?」
晴明に突っ込まれると、何故かそこで蘭が黙ってしまった。

これは?どういう反応なのだ?
皆が暗黙のうちに、晴明と蘭のやり取りに意識を傾ける。
「そなたも若い娘だろうし、恋の想い出話でも聞かせてくれぬかな。憧れとか、そんなささやかなものでも構わんが」
「…そういうことだったら…何となく覚えがあるような気も…」
「何だってぇ!?」
せっかく蘭が話し始めようとしたのに、大袈裟すぎるほどの反応を示した天真。
「おまえっ、好きな男がいたのか!どこの男だ!」
「はあ?うっるさいわねえ…あんたに何の関係があるのよ!」
血相を変えて詰め寄る天真を、ぱしん!と威勢良く蘭が払い落とした。
だが天真としては、聞き捨てならない話題である。妹が誰かに恋をしていると?
一体その相手とは誰なのか、意地でも聞き出さなければ今夜は眠れない。

「まあまあ、天真落ち着いて。話を聞かせてくれると言うのだから、静かに耳を傾けていようじゃないか」
後ろから友雅が肩を叩いてその場に座らせ、声を潜めて忠告を促した。
「あまり過剰に反応しないこと。まだ彼女は君を知らないし、取り敢えず冷静さを取り戻しなさい」
天真の性格では"冷静”なんて言葉は縁遠い気がするが、ここは第三者の立場を守らなくてはならない。
変にアクションを起こして、ここまで近付いた蘭の意識に疑惑や嫌悪を抱かせたら面倒な事になる。

「ああ、すまなかったね。彼も君同様に、恋の話題には興味津々なものだから、話が聞きたくて仕方なかったようだ」
何もなかったように、くるりと振り返った友雅は、晴明と蘭にそう言った。
「話を続けておくれ。初々しい恋の話も、たまには良いものだよね」
そう言いながらも、彼はあかねの肩を抱いて。
かと思えばアクラムたちは…、お互いに身を寄せ合っているし。

「では、ちょっとお話を聞かせてもらおうかね」
いつも以上に晴明は姿勢を正し、蘭に顔を向けた。
誰も気付かないほど一瞬の変化だったが、晴明の瞳がきらりと光った。



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Megumi,Ka

suga