Romanticにはほどとおい

 第15話 (1)
屋敷の中に上がった彼らは、指定の部屋へと向かった。
シリンと蘭は侍女に連れられて、東の対にある部屋へと。アクラムに関しては泰明と友雅が、北側にある部屋へと連れて行った。
残されたのは、天真とあかねの二人きり。
「ねえ、天真くんは着替えなくて良いの?」
「俺はいいわ。あんな正装ガラじゃねえしさ。別に、そんなかしこまるような相手が揃ってるわけじゃないだろ」
服装に関しては普段から、自分なりに着崩して過ごしていた天真である。
さすがに参内する時や、主上をはじめとする高位な人物に接する場合は、きちんと装いを整えるけれども、それ以外は気楽な格好だ。
今夜の宴は、友雅の屋敷で行われる私的なもの。
泰明や晴明など…顔見知りばかりが集まった宴なんて、無礼講で十分じゃないか。

「まあ、良いけどね。それより…」
彼らしさは、ここにいる誰もが承知だろうし、天真の言う通りに気にするほどでもないだろう。
そんなことは置いておいて、あかねは彼に尋ねたい本題があった。
「ね、ここに来るまでの間に、蘭と何か新展開があったの?」
「ああ?」
何を尋ねるのか、と言った妙な表情で、天真はあかねの顔を見下ろした。
「別に何もねえよ」
「そうなの?何だかさっき、すごく親しげな感じの口調になってたから、もしかして…と思ったんだけど」
「んー…特にこれと言ったこともないがな。ただ、色々と話はしたぜ」
青々とした新緑が夕闇に陰る庭を背に、心地良い夜風が簀子の上を流れてゆく。
ぼんやりと灯る灯籠の明かりが、そろそろ鮮やかに感じられるようになってきた。

「ね、どんな話をしたの?」
ふとしたきっかけで、お互いにしか分からない遠い記憶などが、ぽろっとこぼれたりしなかっただろうか。
その小さなほころびから、真実が広がって行く可能性もあるだろう、と晴明も言っていたし。
そんな期待を抱いて、今回彼ひとりに蘭たちの送迎を頼んだのである。
さあ、その結果はどんなものだったのか?

すると天真は、困った顔で頭をがしがしと掻きむしった。
「ってかさ、あの二人もおまえらみたいに、限度知らねえ好きもん同士だな!」
ため息まじりの呆れ顔。
これは…何だか嫌な予感の展開が推測出来るのだが、一応話を聞いておくか。
「俺と蘭も一緒に車乗ってたじゃん。したらさあ、あいつら俺らがいるにも関わらず、キスしようとするんだぜ?」
正確に言えば、"しようとする”ではなくて、"していた"と言うのが正しい。
「おまえらで慣れたつもりだったけどよぉ!はっきり言って、そんなレベルじゃねえぞっ?」
友雅とあかねの場合、その気で盛り上がっているのは友雅であり、あかねは誘導されているような状態。
しかしアクラムとシリンは、一応大人であるから互いに男女の恋愛感情も知り尽くしている。
「もー、今にも始まりそうな雰囲気だぜ!?俺ら、どーすりゃいいのよ!」
「そ、そうだね…どーすれば良いか…困っちゃうねえ…」

で、天真が困惑している時、蘭の様子はどうだったんだろう。
あかねたちの逢瀬にも、あれほど威勢良く怒鳴り散らしていたのだが…、世話人が相手ではどんなものか。
「それがさ、あいつケロッとしてやがんの」
「えっ?だってその…二人ともそーいう雰囲気になってるんでしょっ?」
なのにあの蘭が、あっさりとして黙っているなんて…例え世話人のしていることだとは言っても、どうにも信じられない。
「俺もさ、平気な顔してるもんだから、どーいう神経してんだって思ったわけ!そしたらさあいつ…」


----------というわけで、手っ取り早く場面を少し巻き戻し。

舞台は友雅がよこした車の中。
外に従者が数人付き、アクラムたちの住処へと迎えに行った。
客人の三人を乗せ、付き添いとして天真が一人同行している。
着替えは屋敷に揃えてあるため、彼らの服装は小袖や素朴な狩衣らしきものと、貴人宅に行く格好ではない。
だが、そんなラフな日常着だからこそ、勝手が分かるというもので、脱ぐのも着るのも簡単に出来る。

「アクラム様…あまり強く抱き寄せられると、困りますわ」
「これくらい許せ。そなたをこの胸に抱いたい気持ちを、何とか耐えておるのだ」
彼はそう言いながらシリンの肩を抱き、顔を近づける。
二人は相手の目をじっと見つめ合い、自然とシリンの手がアクラムの頬に伸びた。
「そなたを見つめていると、心が逸る。唇だけでも、我にもらえぬか」
「アクラム様ったら…」
まるで夜に咲く妖艶な花のように、微笑んだシリンの顔がアクラムの陰と重なる。
広い背中にまわる、長くしなやかな女の指先が、意味ありげな動きをした。

「おっ、おまえ…主があんなことしてるのに、なんでしらっとしてんだよ!」
思わず声を上げた天真の矛先は、車内の隅で乱れもなく座っている蘭に対してだ。
「え?何よ、うるさいわねえ。静かにしなさいよ、アクラム様方に失礼でしょ」
「失礼っておまっ…おまえな、他人の見てる前であんな事やってんのに、恥ずかしくねえのかよ!」
「…好き合ってるんだから、当然でしょ。あんたのとこの二人だって、場所わきまえずに盛ってるじゃないのよ」
いやいや、そういうことじゃなくて。
「おまえって、あんなの見てても平気なの?」
仮にも意識がないとはいえ、自分の妹である。
その妹が、男女が絡んでいるのを冷静に見ていられるなんて、兄としては…ちょっと複雑な気持ちである。
「あんただって、あの二人のヤッてるとこ、何度も見てるでしょーが」
「見、見るか!そんなのぞきみたいなことしねえっ!!」
そりゃ一応これでもお年頃の青少年。そーいうことには興味はある(かなり)。
たまにどんなことやってるんだろう…と思いを巡らせたりしてはいるが、断固として覗き見はしたことがない。
まあ…、友雅があんな調子のヤツなので、エスカレートした展開になりそうな場面に遭遇するのはしょっちゅうだけど。

「もう、アクラム様…人目を少し気になさって下さらないと…」
「黙っておれ。おまえを好きにすると、いつも言い聞かせているではないか」
と、その時、アクラムの指先がシリンの襟元へと伸びた。
そしてその指先は、白い胸元へと沈んで行きそうな………

「お、おまえらいい加減にしやがれぇぇえーーーっ!!!」

完璧にプツンと糸が切れた。
天真はすっくと立ち上がり、目の前で睦みはじめそうなシリンたちを見下ろす。
「おまえらっ…場所をわきまえろっ!こ、こんなところで…っ!」
こんなところで始まられたら、どうすりゃいいのか分からない。
目を閉じていても声が聞こえて来そうだし、逃げる場所なんてどこにもないし。
気になる。興味はある。
素直な男の目線で考えれば、シリンという女はつまり…アピール十分なスタイルの女だし。
以前は敵として突き放していたが、今となっては普通の人間に変わりがない。
だからこそちょっと…興味をそそられはする…がっ!

「そんなこと言って、あんただってちょっとはシリン様の事、気にしてんでしょ」
高ぶっている天真に対して、突然飛んで来た声の主。
彼女はしらっとして、ほどけかけた黒く長い髪を直している。
「まじめそうなこと言っちゃって、ホントはやらしい目で見てたじゃないのよ」
「な、何だとぉ!?おまえっ…!」
「ふーんだ。やらしいの」
蘇って来た、幼い頃の兄妹の記憶。
とにかく口ばかり達者で、こっちが手をあげられないのをいいことに、文句は言うわイヤミは言うわ。
そうやって喧嘩が絶えなかったのだが…まさにあの時とシンクロする。

こういう諍いの時に限って、記憶がどんどん思い出されて行くのが…少々複雑な天真だった。



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Megumi,Ka

suga