Romanticにはほどとおい

 第14話 (3)
珍しく雨が連日続いていたが、一週間後はからりとした天気が戻ってきた。
昼間は汗ばむほどの天気だったため、夕方にはぽっかりと美しい黄金の月が顔を出した。
「ようこそおいでくださいました」
主である友雅が、入口で晴明と泰明を出迎えた。
「彼らは、もう到着しておるのかね」
「いえ、まだです。しかしあちらには天真が同行しておりますので、そろそろ着くかと思いますよ」
敢えて迎えの車には、天真一人を乗車させることにした。
他の者が立ち入るよりは、蘭と接する機会が増えるだろうとの考えだ。
シリンやアクラムも一緒だが、彼らは問題になるようなものではない。
少しでも、二人が交流することが出来れば良い。

「あ、晴明様、泰明さん、いらっしゃいませ」
屋敷の奥に進んでゆくと、既に着替えを済ませたあかねが二人を迎えた。
淡い牡丹色の生地に、柑子色の糸で刺繍を施した明るい袿。
「私が妻のために選んでおいたものだけど、ようやく袖を通す機会が出来てね。どうだい?似合うだろう」
「うむ、まあそうだな。明るい色合いが、よう似合うわ」
照れくさそうに笑うあかねと、満足げに微笑む友雅。
まったくこの二人、一緒にいればこちらが恥ずかしくなるほどの睦まじさだ。
何故こうもなって未だ、共に暮らしていないのだろうかと、晴明も不思議に思うほどである。

「では晴明様、泰明様、お部屋にご案内致しますので」
侍女の一人がやって来て、二人を宴の間へと連れて行く。
宴とは言っても、何が起こるか分からない。
元々、催す理由は蘭と天真の意識を近付けるため。
術を掛けられ、記憶を消されている蘭がどんな行動に出るのか、予測は全く出来ない状態である。
そのために晴明がここにおり、彼をサポートするために泰明もいる。
何か異変が起こった時に頼れるのは、稀代の陰陽師である晴明の力のみであろう。
「いざという時には、よろしくお願い致します」
「なあに。今となってはさほど、深刻なことにはならんだろう。じっくり見定めておけば間違いは起こらん」
堂々とした、落ち着きのある晴明の台詞が、皆に安堵感を与えてくれる。
悪い方向へは来ていない。
道は間違えていない。
予想外のことは起こったけれど、軌道修正はしっかりと出来ている。
その証拠に、彼らの距離は確実に近付いているのだ。もう少し…焦らずにゆけばきっと、必ず期待していた答えが出る。

「晴明殿と泰明殿を信じて、私たちは指示にしたがって協力して行こう」
「はい、そうですね。早く天真くんたちが、兄妹に戻れるように…」
さわさわ…夜風が庭の草むらをそよいでゆく。
広がる池の水面に、天空の月が映っては揺らめく。
「今宵の月は、あかねの袿の刺繍糸に似ているね」
金色よりもやや橙を混ぜた、赤みのある暖かな色の月。太陽の光を少し分けて貰ったような、不思議な明るさの月。
「綺麗な袿の色だ。綺麗な姫君にぴったりだね」
あかねの手を取り、袖を持ち上げて指先に口づける。
彼女のためにと選んだ着物は、他にもたくさんあるけれども、どれもこれもよく似合っていると自負している。
「君の衣を選ぶのは、やっぱり私しかいないな。他の誰にもさせない」
一番美しい姿を作り出せるのは、一番美しい姿を知る者だけだ。
それならば、自分しかいないはずだと、真剣に友雅は思う。

「あ、あの…シリンの袿、あれで似合いますかね?」
「ん?ああ、良いんじゃないかな。ただでさえ派手な姿をしているからね、衣くらい地味めが方が良い」
友雅に連れられて、あかねは彼の知人である公達のところへ出掛けた。
ずっと不安を抱えていたけれど、単にその人は左近衛府での同僚であり、袿を貸して貰う相手は彼の妻のことだった。
女性にしては身長が高く、袿の着回しが出来ないと妻が嘆いていると聞いたので、それならシリンと身の丈が合うかと思ったらしい。
…深く付き合っていた女性ではなかったんだ。
一瞬で押し寄せた安堵感が、身体からすべての力を抜いてしまって、彼に抱きかかえられながら帰宅したほど。

でも、彼に多くの女性の知り合いがいることは、間違いではない。
だけどそれを気にしていても、仕方がないことだし、現実的でもない。
「どうしたの?」
あかねは、友雅の顔を見上げた。
彼は、私のために変わると言った。
それを信じなければ、不安だけが大きくなるだけ。
手をつなぎ、強く握りしめて抱きしめてくれる人が、目の前に立っていて、名前を呼んで囁いてくれる。
これが、真実であり現実。
「ううん、何でもないです」
「そう?もしもまた不安なことがあったのなら、隠さずに言っておくれ」
そうしたら------------

ぐいっと引き寄せられた身体が、高欄に寄り掛かって顔を近付けられる、
「一晩だろうか二晩だろうが、不安が消えるまで精魂を込めてお相手するよ?」
「なっ…そ、そんなことしたら、身体が持ちませんよっ!」
「おや、身体が持たないことって、一体どういうことなのかな?教えてくれる?」
カアッと紅色に染まって行く顔。
誘導尋問に、まんまと引っ掛かってしまったような。
「教えてくれなければ、今夜は土御門家に帰すのを止めようかな?」
「それは困っ…」
困る、と言おうとしたのに、ぐっと顔を近付けた彼が言葉を遮る。
「困るの?私は、君が帰ってしまう方が困るんだがね」
迫り来る唇と、狭まる距離。
重なる身体が抱きしめ合おうと、自然に互いの背中に手を回す。

「殿、奥方様、大変申し訳ありませんが--------」
キスまでもう少し、というところでストップの声が掛かった。
柱の向こうから、気まずそうに顔を出しているのは、女中頭の椿である。
「お招きした方々が、ご到着致しました。入口で、天真殿がお二人をお待ちでございます」
「いいところだったのに、残念だな」
まあ、仕方がない。コトが済むまで待たせておくわけにも行かないし、名残惜しいが一歩手前で身体を引き離す。
「では、来賓をお迎えに行こうか」
友雅のあとを着いて行くあかねの後ろを、椿が裾を少し摘みながら着いて行く。
「申し訳ございません、お邪魔をしてしまいまして」
苦笑しながらこっそりと椿が言うので、ますますあかねは気恥ずかしくなる。
だが、彼女はそんな二人の睦まじさに対しては、全面的に肯定している。
「一刻も早く、こちらにお越し頂きたいものですわ。私たちも、お待ち申し上げておりますよ」
「あ、ありがとうございます…ははは…」
そのためには、とにかくこの天真と蘭のことを片付けてから。
そしてもうひとつ…彼女を説得しなくてはならない。
果たして、どちらが困難だろう?


「やあ、ようこそいらしてくれたね。遠慮無く中に上がっておくれ」
入口にやって来ると、そこにずらりと並んでいた面々を見て、一瞬たじろぐ侍女も何人かいた。
金色の髪に白砂のごとき澄んだ肌、玉のような色の瞳の長身の男と女。
少し前には"鬼"と呼ばれた者たち。
今も稀にではあるが、このような変わった面持ちの者も、時折道を歩いていたりするので、慣れた感はあったのだが、こうして間近で見ると息を飲む。
異なった風貌の艶やかさと美しさの二人。
彼らに伴って、長い黒髪の清楚(見た目は)な少女と、隣には天真がいる。
「へえ。あんたって結構、そういうカッコが様になるのね」
あかねの袿姿を見た蘭が、じろじろと頭から足元まで眺めたあとで、開口一番にそう言った。
「そりゃあ私の自慢の姫君だからね。何を着ても似合うけれど、やっぱりこうして私が選んだものを身に着けると、眩いほど美しいだろう?」

……………何故だか、しらっと静けさが漂う空気。
その中で友雅一人だけが、妙に上機嫌であるが。

「さーてさーて、さっさと中に上がろうぜ。着替えしなきゃいけないんだろ!先に行くぜー」
友雅のノロケをスルーして、天真は遠慮無く屋敷へと上がる。
「ほら、おまえもそこの二人を連れて、ついてきな」
振り返って天真が声を掛けたのは、紛れもなく蘭に対して。
"着いてこい"だなんて…何だか妙に親密度が上がっているような気がするが。

もしかして、何か道中で異変があったんだろうか。
詳宴のあとにでも彼から聞き出してみよう、と話しながらあかねたちも屋敷の中へ戻った。



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Megumi,Ka

suga