Romanticにはほどとおい

 第14話 (2)
「あかね、彼女の衣を借りに行くときには、君も一緒に着いておいで」
「…え?私…が?」
考えてもみなかった言葉を聞いて、あかねは耳を疑うかのように目を丸くした。
「君は彼女のことをそれなりに知っているし、同じ女性だから彼女に似合うものも、何となく分かるだろう。だから一緒に来なさい」

そんなこと言われても…。
あかねは何故か、素直にうなずけなかった。
彼の言い分も理解出来るが、彼だって女性に関しては十分手慣れているはずだ。
どんなものが本人に似合うかなんて、友雅の審美眼なら問題ないと思う。
わざわざ自分が同席する必要もないだろうし、何より…気が進まない。
だが、答えに迷っているあかねに対し、彼は顔を上げてこう続けた。
「いや、一緒に来て貰わないと困るんだ。君がちゃんとその目で、確かめてもらうためにもね」
伸ばした友雅の長い指先が、そっと瞼に触れる。

「自分の目で確かめない限り、私が他の女性に気を許しているんじゃないか、と不安になってしまうだろう?」
「そんな、私そういうつもりじゃ…!」
「以前親しくした女性にでも尋ねて、都合を付けて貰うんだろう、とかね。考えているんじゃないかな?」
声が出てこない。完璧に……図星だ。
疑っていたわけじゃないけれど、彼にはたくさんの女性の知人がいるはず。
その中には少なからず、深い仲だった人もいるんじゃないかと、少し考えて胸が騒いだ。
「そういう風に君が思っても、文句は言えないよ。そういう過去を作ってしまった、私自身が悪いのだからね」
ぽん、とあかねの肩を軽く叩いて、また彼は視線を庭へと向ける。

「だから、一緒に来て私の行動を監視しなさい。納得の行くまで、見張っていてくれれば良い」
「………」
どうしよう、そんな風に嫌悪感を抱いたわけじゃないのに。
彼はそう自分のことを言うけれど、彼を信じずに一瞬でも戸惑った自分もいけなかった。
今まで、どんなに自分のことを愛してくれた?
何度、愛を囁いてくれた?
心を…すべてを、何度求めてくれた?
いつだってその瞳の中に、自分だけを映してくれていたはずなのに…過去を引きずっていたのは、こちらの方。

「私がああいう風に、心当たりに女性の衣類を貸して貰う、なんて言葉を使ったから、君を困惑させたのだね。もう少し、言葉の選び方に配慮が必要だな、私は」
咄嗟に詩紋は、その言葉に反応したあかねの表情に気付いて、天真と藤姫を部屋から連れ出したのだ。
けど、天真はとにかく言葉にストレートだし。
藤姫はと言えば、やたら敵視されている様子だから、隙を見付けてはこちらの急所を突く台詞を吐く。
嫌でもあかねはそれらを聞いて、また心を震わせてしまったはずだ。
だがそれも、元々そんなことを自分が言い出したりしなかったら…と、彼は言う。
「確かめなさい、君の目で。私の本心がどういうものであるか、見極めてもらって構わないよ」

----ぽつ、ぽつ、ぽつ。
無数の小さな雫が、天から降り注いでくる。
「ああ、降り出して来てしまったな。そろそろ本当に退席しようか」
ゆっくりと腰をのばし、友雅は立ち上がろうとした。
その腕にぎゅっとしがみついた彼女の体重が、彼のバランスを崩してもう一度膝を折った。
「ごめんなさい!私がいけなかったんですっ!」
「どうして。私にすべて非があるんだよ?君が責任を感じることはないんだよ」
「違います!一瞬でも疑った私がっ…私が…」
疑ったことを、もう隠しきれなかった。
勝手に不安を抱いて、それが彼をまた不安にさせてしまったこと。
これじゃあいつになっても、吹っ切れないまま時が過ぎていってしまう。

「そういう風に、心を痛めないでおくれ」
しがみつくあかねの背中を、友雅はそっと抱き寄せた。
「どうにもならないことだけれど、私はそれらを全てうち消すつもりでいるから」
強さを増した雫が簀子に落ちては跳ね、崩れたあかねの足元にまで飛んでくる。
そのまま彼女を自分の膝の上に抱え、胸に顔を閉じ込めた。
「私がどう変わったかを、君が見ていておくれ。私は君のおかげで…、君のために変わるのだから」
回された両手が、強く背中を抱きしめてくれるから、あかねも友雅の背中に手を回した。
ぎゅっと力はどちらともなく強まり、離れようとも離そうともしない。
「だから、一緒においで。君が嫌な気持ちになる相手のところへは、絶対に行かないと約束するから」

あかねと出会って、恋に落ちてから、過去の人なんて顔さえも思い出せない。
それを薄情だとか非情だと、他人は言うだろう。
しかし、どれほど多くの女性の間を通り過ぎても、一人でそれらを完全に覆い隠してしまう、そんな強い力が存在する。
初めて知った。
この腕に抱きしめた、愛しい人に出会ってから。

「……やっぱり、もう少しここにいさせてもらおうかな」
雨が強くなってきて、道もやや崩れてきているだろう。
空の様子を見た限りでは、長雨となる気配はない。おそらく、しばらく時間を置けば上がるだろう。
「雨が止むまで、ここで君を抱いていて良いかい?」
「えっ…?あ、えっと…はぁ」
どぎまぎするあかねを抱き、彼はごろりと床の上に寝転がった。

「何だか思い出すね。内緒の逢瀬をしていた時、こうして雨が降ってきて…そこから先、いろいろあったね」
誰にも言えずに、二人だけで大きく育て上げた想い。
その瞬間はとても幸せだったけれど、これからどうなるんだろうかと、未来が見えなかった頃が今は嘘みたいだ。
「早く一緒に暮らせるようになれれば、毎日全霊を掛けて不安を消してあげられるのにね。それが出来ないのが、歯がゆいな」
戸惑う暇なんてないほどに、愛されていることを感じさせてあげるのに。
「今は、シリンとアクラムの二人が羨ましいよ。彼らは一緒に暮らせているのだからね」
真っ白に記憶も何もかも消し去って、新たに刻むのは彼女との愛だけだなんて…。
自分がそうなれば良かった、と真剣に思ったり。
「あかねは?私と早く暮らしたいと思っているかい?」
華やかに彩られた土御門家ではなく、殺風景な庭と広さしかない橘家の屋敷で。
侍女たちに囲まれて、橘家の主の妻として生きたいと思っている?
「……はい。出来るだけ早く、そうなれたら…良いなって…」
「そう。私は、このままさらっていって、そのまま帰さないでいようか、なんていつも思ってるくらいだ」

でも、なかなかスムーズには行かなくて。
まだまだ道は険しい…というか、邪魔するものが結構手強すぎる。
「可哀想だけれど、いざとなったら強引な手も使うしかないかな」
「え?何て言ったんですか…今」
小さな声で聞き取れなかった、彼のつぶやき。
もう一度耳を澄まそうとすると、黙って友雅は微笑んだだけで、すぐにあかねの唇を塞いだ。


「だからー、もうそろそろ諦めてやればあ?」
むうっと眉を吊り上げて、薄く開いた戸の透き間から覗く藤姫に、背後から少し呆れ気味の声が聞こえた。
「あかねはどうか知らねえけどさ、このままにしてたらさ、友雅の方がヤバくなるぜ、マジで」
「…ヤバくなるって、どういうことですの、天真殿」
くるっと向きを変えた藤姫の顔は、一目瞭然の不機嫌さ丸出し。
「ほら、あーいうヤツだから、あかねに会えなくて欲求不満がたまったら、どこでも押し倒しかねないぜ?」
「てっ、天真先輩っ!」
その後ろから、顔を赤くした詩紋が声を出す。
「だってよ、今だってあの調子で、結局押し倒してんじゃん。いずれはあかねの部屋に毎晩通ってきて盛りまくっちゃあ、挙げ句の果てに子ども出来るぜ?」
「天真先輩っ!小さい子の前で言葉を選んでよー!」
詩紋が窘める中、藤姫はというと…、赤面どころか放心状態に陥っていた。



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Megumi,Ka

suga