Romanticにはほどとおい

 第14話 (1)
晴明宅にいる女性は、人間なのか式神なのか分からない。
しかし、話しかければ普通に返事も答えも返してくれるし、身のこなしや仕草もまったく違和感を覚えない。
女性の袿の着付けさえも、頼めばきちんとこなしてくれる。
「このような感じで、いかがでしょうか?」
「うん、良いんじゃないかな」
今までは、粗雑な小袖を身に着けた姿しか見たことがなかったが、こうして改めて袿に袖を通してみると、なかなかに美しい娘だと思った。
長く真っ直ぐな黒髪も艶やかで、整った顔立ちも見映えがする。
素性を明かさずに、この姿で参内などしたとしたら、寄ってくる公達は幾多にも上るだろう。
「良かったら、誰か紹介しようか?」
「はあ?何の話をしてんのよ」
長い袖を少しうっとうしげにはらいながら、蘭は裾を正してその場に腰を下ろす。
「君みたいに美しい姫君なら、声を掛ける男は後を絶たないと思ってね。どうせなら、ちゃんと後ろ盾となる階級の男が、相手には良いのではないかなと」

何だって?
ギロリ、と天真が友雅の顔を見る。
つまり彼は、蘭に男を紹介してやる、と言っているんじゃないか。
しかも、実の兄である自分の目の前で!
冗談じゃない!友雅の知人の公達だなんて、家柄はどうあれど絶対に性格はろくなもんじゃないはずだ(←鷹通のことはすっかり忘れている)。
類は友を呼ぶとか言うものだし、こんなヤツの知り合いを妹の男にさせられるか!

そう大声で言ってやりたい気持ちを抑えていると、ばさっと目の前で着物の裾がはためいた。
「冗談じゃないわよ!アンタみたいな好きモノの知り合いだなんて、信用できるわけがないでしょーが!」
きっぱりと大声で、まさに天真が言いたかったことを蘭が言い放つ。
「だいだいねえ、アンタと話が合うなんて男は、アンタと同じように女をどこでも押し倒しかねないわ!冗談じゃないってのよ!」
「…はあ、相変わらず威勢の良い姫君だねえ、君は…」
くっくっと苦笑する友雅の後ろで、こっそりと天真は拳を握り、『GJ!俺の妹!』と小声でつぶやいた。


まあ、それはともかくとして…改めて仕切り直し。
「そういうわけで、宴には来てくれるね?」
何とか彼女を落ち着かせ、友雅はもう一度尋ねてみた。
シリンやアクラムたちも同席するし、彼女たちのパトロンということになっている晴明にも、参加してもらう約束を取り付けた。
猜疑心を取り除くため、最善を尽くしたつもりであるが、果たしてどうだろうか。

「…シリン様とアクラム様と、一緒に行き帰り出来るのなら良いわ」
彼女の出した条件は、常にシリンたちと離れることなく同行すること。
行きも帰りも、彼らと同じ車で。
宴の会場である友雅の屋敷の中でも、彼女たちの姿が見える場所にいること。
それが条件だった。
「だが、君は構わないにしても、彼らのことだから時として、ちょっと困ることがあるのではないかねぇ?」
意味ありげな彼の微笑。
やたら艶かしい色を浮かべた眼差しが、その言葉の意味を表現している。
「私もこういうことに関しては、他人事とは思えないしね。空気を読んで、席を離れる気遣いも必要だよ」
「分かってるわよ!空気読めないアンタに、そんなこと言われたくないわよ!」
大人しくしとやかにしていれば、同性の目から見ても綺麗なのに勿体無い…。
やりとりを遠目に眺めつつ、あかねは溜息をついた。



蘭を送り届けたあと、まずは一路土御門家へ。
あかねと天真を屋敷まで送ることも、友雅の役目である。
「そうでございますか。では、妹君様は承諾して頂けたのですね?」
「まあいろいろ条件はあったけどね。だけど、取り敢えず何とかなりそうだよ」
彼女が選んだ赤い袿は、友雅の屋敷に預けることにした。
あんな代物を山奥の住居に持って帰ったところで、どう保管すれば良いか分からないだろうし、着付だって無理だろう。
「主の二人の着物は、私の方で用意しておくよ」
アクラムの背格好を見たところでは、たいして差はなさそうだから自分の衣を貸そう、と友雅は言う。
「だけど、シリンの奴の着物はどうすんだよ。あいつ女だぞ?」
友雅のことだからあかねのために、既に屋敷には着物は用意してあるだろう。
しかし、どう考えてもシリンとあかねとでは、外見も体躯も全く違う。
あかね用に仕立てたものなんて、長身の彼女が着たら子供服の丈だ。

がらりと静かに戸が開き、詩紋が飲み物と蒸しケーキを手にやってきた。
天真から話を聞いて、蘭が好みそうな味に仕立てたものである。
素材そのものを同じには出来ないので、あくまで味を重視に。
こういった食べ物を、毎日詩紋は試行錯誤しながら宴に備えていた。
「…そうだな。じゃあ彼女の着物は、誰かに尋ねて貸してもらえるようにするよ」
渡された碗の中には、冷たい水にほのかな酸味と香り。
どこかしらそれは、彼の屋敷で冬に形作る実にも似ている。
「貸して頂けるお心当たりが、おありですのね?」
「ああ、まあ…いろいろとね」
「そーだろーな。女の着物なんだし、おまえだったらいっくらでも女のツテで知り合いが……っ」

--------ゴツン!
突然天真の背中に、げんこつのようなものが当たった。
それは小さいものだったが、一点に集中直撃だったために、さすがの彼も衝撃に声を失った。
「いっ…てえなあ詩紋!」
「ちょっと天真先輩!厨房で運びたいものがあるから、手伝ってよ!」
「はあ?いきなりおまえ…っ」
何が何だか分からず頭を抱える天真を尻目に、詩紋は藤姫のそばにやって来る。
「ね、ねえ藤姫、僕らの部屋でちょっと手を加えたいところがあるんだけど、見てもらえないかな?」
「まあ、どのような事でございますの?」
「え、ええとねえ…とにかく、二人とも一緒に来てっ!」
詩紋は天真と藤姫を引っ張り上げ、何とかその部屋から連れ出そうとした。
すると、藤姫がくるっと後ろを振り向き、黒く大きな瞳で友雅を見た。
「では友雅殿、お心当たりをよろしくお願い致しますわねっ」
にっこりと微笑んでいるにも関わらず、妙に不敵な表情にも取れるその視線。
それに気付いたのか、慌てて詩紋は二人を連れて部屋を出た。


「一雨来そうだね」
庇の下から、空を覗く。
空にはやや強い風と濃いめの雲が浮かび、青空を隠そうとしていた。
昼間はあんなに晴天だったのに。初夏の天気の変貌の早さは、なかなか侮れない。
「もうそろそろ、お屋敷に帰りますか?」
「そうだね。そんな頃合いかもしれないな…」
と話しながらも、彼はあかねの隣から立ち上がろうとしない。
ずっとそのままの姿勢で、すぐに寄り掛かれるくらいの距離感で、友雅はあかねの隣に座り続けている。

「友雅さん?」
どうしたんだろう、と顔を覗き込もうとしたあかねに、彼の声が聞こえて来た。
「詩紋は本当に、細かいところまで意識を広げられる、良い子だね」
「え?ええ、そうですねえ…」
いつも彼は詩紋に対して、一目置いているように思える。
確かに、他人の心理や感情の変化には敏感で、その場の空気を即座に察知出来、判断出来ることにはあかねも感心する。
「それにくらべて、私はまだまだ…詩紋の足元にも及ばないね」
びっくりするような、友雅の言葉。
一体どういう理由で、そんなことを言い出したのだろう、彼の唇は。



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Megumi,Ka

suga