Romanticにはほどとおい

 第13話 (3)
「………というわけでして」
あかねは恥ずかしそうに、出来るだけ簡潔な形で友雅に説明した。
彼がいない間、天真たちがどんな話題で盛り上がっていたのか。
「…くっ。なるほどねえ…それじゃああかねも、一人で大変だっただろうね」
「と、当然ですよっ!相手は二人ですよ!?しかも同じノリの二人っ!」
つまり、彼らの格好の標的となったのは…あかね。
ここぞとばかりに、詰め寄って尋ねてきた内容はといえば、年頃の少年少女の頭にぎっしり詰まった色めく情報。

"どこで知り合ったのよ?"
"あの男が初めてだったの?"
"どんな感じだったの?"
"既に子づくりするつもりで、やってんの?"
女の子だというのに、遠慮一切なしの蘭からの質問。
そして…それに輪を掛けた天真の質問はと言えば、更に過激で。
"あいつのテクってどうなの?"
"あいつって××とか××なの?"
"××な時って××すると××になるってマジ?"
"で、おまえらっていつもどんな××で××してんの?"
そりゃもう…伏せ字ばっかりの、放送禁止用語の連発。

「それで、何て答えたの?」
「答えられるわけがないでしょうがーっ!そんなっとんでもないことっ!」
じたばたパニクっているあかねのそばで、友雅はくすくす笑ってばかりだ。
取り乱しているあかねの様子もおかしいし、天真たちのことを思い浮かべて見ると、それもまたおかしい。
兄だと気付いていないのに、どこかでやっぱり繋がっているんだねえ、あの二人。
実際に彼らが揃って彼女に詰め寄る姿、見たかったなと暢気に思ったりした。

「しかし、そういう刺激のある話題があれば、彼らの距離は近付けるのだねえ」
あかねの肩を抱きながら、友雅はまた歩き出した。
「もっと刺激を与えてあげようか、私たちの力で…。どう?」
「は、はぁ?」
ぐうっと近付けてきた彼の顔が、視界を遮り、呼吸を塞ぐ。
誰もいない…はずだけど、もしかしたら式神がどこかで覗いているかもっ!?
でも、彼の力には敵わない。
抑え込まれたら、彼に任せてしまうしか方法がない。


「………おまえたち、時間が掛かりすぎだ」
しらっとした無機質の声に、唇同士が一気に離れた。
どこか呆れたような顔をした泰明が、渡殿の向こう側で仁王立ちしている。
「ああ、すまない泰明殿。蘭殿の施術は、どうなっているんだい?」
「おまえたちが来るのを待っていたら、日が暮れる。既に順調に進めてある。さっさと早く来い」
くるっと背を向け、泰明はすたすたと戻っていく。
感情がまったく表に見えないだけに、残された者のくすぐったさは言い表せない。





穀物、酒、干し肉と干した魚介。
布袋にたっぷりと詰まったものが、蘭の前に差し出された。
「今回の食糧は、これだけで良いだろう。他に何か、必要なものはあるかね?」
「別に…今のところは十分ですけど」
毎回必ず、彼女が帰る前にそれらは与えられる。
最近は数日に一度の施術であるから、前回の食糧もまだ余っているくらいだ。
「衣類などはどうだね。着るものもいろいろと、欲しくはないか?」
晴明は次々と、蘭に尋ねてみる。
一応彼はシリンのパトロンということになっているので、物資の援助は当然なことである。(ただし物資の出所は、友雅の口添えで各所からかき集めているのだが)
「別に服なんて、小袖で十分よ。どっかのお屋敷に行くわけじゃないしさ」
蘭がいつも着ているのは、質素な造りの小袖である。
3着ほど持っているらしく、それらを着回して生活しているようだ。

「ねえ、蘭さん?あのね、お屋敷で思い出したんだけど…今度友雅さんのところで宴を開くの。蘭さんも来ない?」
丁度良いタイミングだと思い、あかねが宴の話を切りだした。
しかし彼女はと言えば、?という疑問符が浮かぶ表情であかねを見る。
「宴?何で私がそんなのに出なきゃいけないのよ」
「え、えーっと…ほら、そろそろ夕涼みの良い時期だし、月も綺麗だから…」
「私の屋敷には池があってね。夜になると水面に月が浮かんで、幽玄で美しいのだよ。それらを眺めつつ、しばし管弦でも奏でながら夜風を感じるなんていうのも、良いだろう?」
「…なんか、アンタらしいわよねえ、そういう気障っぽい趣味」
バサッと斬り倒すような蘭の一言。
思わず吹き出しそうになったのは、紛れもない彼女の兄である。
彼女の口の悪さが、自分ゆずりであることを気付いていないようだが。

「と、とにかくね。シリンさんやアクラム…さん?も、招待してるの。だから、蘭さんも一緒に…ね?」
あかねが葛籠を取り出して、彼女の前で蓋を開けた。
中から出てきたのは、美しい色合いの袿が数着。
「何よこれ…」
「宴の時に、蘭さんに着てもらおうと思って持ってきたの。綺麗でしょ?」
集まるのは知り合いばかりだし、わざわざ単衣や袿を身に着けたりという、本格的な衣装は必要ない。
けれども若い女性であるし、こういう席では普通よりお洒落という気持ちは誰だってある。
「ね、好きなの選んで?」
「…私、こんなの着られないわよ。着付けとか知らないし」
「それだったら、私の屋敷の侍女に手伝わせるよ。未来の私の妻のために、着付けや着飾り方はしっかり把握している者ばかりだしね」
未来の妻、と口にしたところで、友雅はちらっとあかねを見て微笑む。
まるで"君のことだよ"と、目で合図を送るみたいに。

「好きなの選んでいいわけ」
「え?うん、良いよ。どれでも好きなの選んで良いよー」
蘭は広げられた袿を、一着ずつ手に取って眺めた。
見たこともない絢爛な模様、色、肌触り。
ここにいる貴族たちには珍しくないだろうけれど、蘭にとっては滅多にお目に掛かれないお宝のような存在だった。
どれもこれも、目で見て分かるほどの一級品ばかり。
何をどうやって選べば良いか…正直悩む。
好きなものをどうぞと言うのだから、直感で気に入ったものを選べば……。

と、蘭の手が一着の袿の前で止まった。
赤い地に、椿の模様が描かれた華やかな袿。何故だかそれが、気に掛かった。
「それが良い?可愛いよねー。でも、色合いは大人っぽくて素敵だと思うよ!」
「………」
不思議だけれど、この袿に見覚えたあるような気がして。
いや、そんなはずはないのだが。
でも…どこかでこんなものを見たような…。何故だろう。
「それにする?」
「…じゃ、これでいいわ」
蘭は赤い袿を畳み、あかねに手渡した。

友雅は天真にそっと視線を向けると、彼の手はぎゅっと拳を握りしめていた。



***********

Megumi,Ka

suga