Romanticにはほどとおい

 第13話 (2)
晴明宅に到着すると、いつものように女房たちが出迎える。
果たして彼女たちが人間か否か。そんなことは、今更詮索しても仕方の無いことである。
「今日は、お荷物がお有りですか」
やや表情の薄い女房が、あかねの隣にいる友雅と背後にいる天真を見て言った。
彼らの手には、それぞれ葛籠が抱えられている。
「えーっと、施術が終わったら、この中の袿を合わせてみたいんですけど…。空いているお部屋、貸してもらえますか?」
「承知致しました。では、東にある一間をご用意致しましょう」
主に聞かず、勝手に決めて良いのだろうか?と思ったが、元からたいして住人は多くない割に広い屋敷。
有り余って放置されっぱなしの部屋も、おそらくいくつかあるのだろう。
そういう友雅の屋敷も、同じようなものである。

突き当たりの渡殿の前で、二手に分かれた。
蘭と天真は晴明たちの待つ部屋へ。
あかねと友雅は葛籠を抱え、もう1人の女房の案内に沿って東の間へと向かった。
「相変わらず、全っ然手入れをしてない庭だわねぇ。もう少しさー、小綺麗にする気ないの?ー」
雑草が覆い尽くす、荒れ放題の庭を見て蘭がぼやく。
女房は全く無反応なので、必然的に天真は反応を求められた。
「ねえ、アンタもそう思わない?貴族とかってさあ、キレーな花がいっぱい植えてある、広い庭園のある屋敷に住んでるもんじゃない?」
「あー…まあ、確かになあ…」
余計に深入りした会話はしないよう、と言われているために、天真も会話には気を遣う。
妹相手にこんな緊張するなんて…思ってもみなかった。

「もったいないわよねえ、こんな広い庭なのに汚くしちゃってさ」
ブツブツ言いながら、蘭は庭に目を移したまま廊下を歩く。
「私だったら一日掛けてでも、庭いじりするわよ。でもって、ほら…あの塀に沿って、花壇を作って白い花とか植えたら綺麗じゃない」
頭の中で情景を思い描き、指先で確かめつつ蘭は話す。
その後ろから着いてきている天真は、彼女の言葉に何度も心臓を揺さぶられた。

…ノースポールとか言う名の、白くて小さな花が好きで。
狭い庭にいくつもプランターを並べ、ぎっしりと苗を植えていたのは妹の蘭だ。
「チューリップとかも良いよねー。定番だけど、たくさん色があるし。きっとカラフルな庭になるわよ」
冬になればノースポールに、春になればチューリップ。
悔しいほど彼女の言葉は、天真に目の前の少女が自分の妹であると確信させることばかりだ。
庭いじりを手伝えとか、五月蝿く言う彼女を軽くあしらっては怒らせて。
兄妹喧嘩ばかりしていたけれど、それも今は懐かしい。

「おう、よく来なさったな。二人とも、中に入るが良い」
天真たちの姿を見た晴明が、部屋の中から手招きをする。その隣には、泰明も待機していた。
「友雅とあかねは、どうした」
「ああ、あいつらはちょっと用事があって、別の部屋に案内されてる。すぐに来ると思うぜ」
「なら良い。ではお師匠…」
「うむ、そうだな」
晴明はそばに置かれた黒い壺の中から、碗の中に液体を注ぎ入れる。
ほんの少し黒みのある水だが、苦味や渋みの香りは漂っては来ない。

「さあ、まずはこれでも飲んで落ち着くが良いぞ」
「…これ、いっつも飲ませてくれるけど、変な毒薬じゃないでしょうね?」
「何を言うか。毒ならすでに、そなたはこの世の者ではないぞ」
確かにもう何十回と飲ませられているし、特に身体の異常があるわけでもない。
ただ、何故かいつのまにか眠ってしまって、記憶が欠落している時があるだけなのだが…。
「まあいいわ。割とこれ、美味しいし」
差し出された碗を手に、蘭はくいっと一気に飲み干す。
ほのかに甘い…まるで黒砂糖を溶かしたような香ばしい甘さ。喉越しがやさしい。

隣で泰明が、いつもの香を焚いていた。
喉を通り抜けてゆく甘い水と、漂う香りがいつしか睡魔を誘う。
ゆっくりと力が全身から消えてゆき、ふっと意識が途切れて倒れそうになるのを、すぐに天真が受け止めた。
「そのまま横に寝かせて、しばらく様子を見てから施術を始めるとしよう」
晴明に言われるまま、天真は蘭を床に寝かせた。
ただ寝息を立てて眠るだけの妹。
次に目を開ける時には、自分のことを思い出していてくれたなら…。
毎回そう祈りつつ、彼は席へと戻った。



東の対から廊下を抜け、友雅とあかねは晴明の部屋へ向かう。
どこから来たのか、野鳥が木々の間を飛び跳ねて、餌になる木の実を探している。
「それじゃあ、あの赤い袿は結局天真が選んだのだね?」
「うん、そうなんです」
持ち寄った袿の中に、一着鮮やかな椿柄の赤いものがあった。
女の着るものなんて分からない、と言い放った天真だったが、その袿だけは彼が見繕ったものらしい。
「蘭が七五三の時に着た、晴れ着にちょっと似ているんだって言ってたんです」
七五三というのは、三歳・五歳・七歳になった時に、子どもの健やかな成長を願う儀式だと言う。
晴れ着を身に着け、祝いの宴を開いて祝うのだ、とあかねは教えてくれた。
「七歳のお祝いの時に作った晴れ着が、すごく気に入っていたんですって。それに柄が似ているから、もしかしたら良い刺激になるかもって」
「そうか。天真がそう言うのだから、期待しても良いね」
他人では分からない、家族・兄妹であるから分かる個人的な想い。
それは何よりも強くて、揺るぎがたいものだ。

「だけど、あの二人…いつのまにか距離が狭まってきているんじゃないかい?」
友雅は渡殿の前で立ち止まると、さえずりあう小鳥に目を向けた。
あかねもそれに付き添うようにして、その場で足を止める。
「私が車に戻った時の様子を見て、思ったのだけどね。どうやら天真も彼女も、親しげに会話も通じ合えているみたいだったけど」
顔を見合わせて、うなずきあって。
親しい間柄じゃないと向き合えないような、くだけつつも穏やかな雰囲気で。
「何か共通の話題でも見付けて、盛り上がっていたのかな」
「あ、えーと…それは…そのー……」
口ごもるあかねを振り返ると、彼女はうつむいて言葉を濁す。
ほんのちょっと、頬が紅色。
恥ずかしそうに、手をもぞもぞと動かして。

「私も聞いてみたいな。彼らが楽しげに話していたのは、一体どんな内容だったんだい?」
腰を落とし、彼女の耳元に唇を近付ける。
口づけるくらいギリギリまで吐息を寄せて、囁くように尋ねてみた。
「あかねだって聞いていたんだろう?私だけのけ者にするなんて、ずるいよ」
「そっ、そういうわけじゃないですよぅ!ちょ、ちょっと…いろいろとあのー…アレな話題で…」
「アレな話題?よく分からないな。ちゃんとはっきり、教えておくれ」
周囲に誰もいないのを良いことに、友雅はあかねの腰に手を伸ばす。
ぐっと引き寄せて、かすかに吐息で耳朶をくすぐりながら、頬を時々舐めたりするから腰が抜けそうになった。

「分かりましたっ!言います〜!言いますから舐めないで〜っ!!」
ぎゅうっとしがみついて、赤らめた頬をしたまま、ふるふると身体を震わせる。
そのぎこちなさが可愛くてたまらなくて、もっと悪戯したい気持ちに駆られるけれど…、ここは我慢しなくては。



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Megumi,Ka

suga