Romanticにはほどとおい

 第13話 (1)
生い茂る草木を掻き分けて、山道をゆっくりと下ってゆく。
足元に注意を払って歩かねば、うっかりつまづきかねないごつごつとした道だ。
やがて小川のせせらぎが遠く聞こえると、彼らの居住地が見えてくる。
薪を焚く狼煙のような煙を目印に、友雅は足を進ませた。

「失礼、こちらのご主人はいらっしゃるかな?」
友雅は少し大きな声で、辺りに響くように尋ねてみた。
しかし、これと言って返事は戻ってこない。
広場の中央には、以前と同じように岩が組まれていて、その中では薪が燃え盛る。
素焼きの土鍋の中で、コトコトと煮込まれている野菜と肉。よく見れば、米も入っているようだ。
蘭を施術に連れ出すのと引き替えに、常に十分な食糧が援助されているため、彼らも食材に困ることはないだろう。

…天真の妹君の意識が戻った時のために、早いうち彼らの屋敷も見繕っておいた方がいいな。
鷹通にも協力してもらい、空き家や廃屋などの情報を仕入れている。
それらのうちどこかを修復すれば、彼らの住まいとして使えるはずだ。
そのためには、早く彼女を天真の元に返してやらねば。
焦ってはならないと分かっていても、不安とともに期待も膨らむ。


「…待て、シリン」
かすかに聞こえた男の声に、友雅は耳を澄まして振り返った。
今の声はどこからだ?と辺りを見渡したが、それらが洞窟の奥から聞こえた事は、すぐに察しが付いた。
「行くな。私のそばから離れるな」
「でも、アクラム様…外に誰かがいらしておりますわ……」
「そんなもの構わぬ。放っておけ」
「アクラム…さ…ま」
男の声と混じって、聞こえる女の甘い声。
何度も相手の名を呼びながら、その声は瞬く間に吐息と衣擦れの音へと変わる。

「いやはや、どうしたものかねえ。困ったな…」
以前もこんなシーンに遭遇したけれど、まさか二度もかち合ってしまうとは。
それだけ、彼らの想いが激しく燃え上がっているのだろうが…さあ、ここでどうすれば良いか。
コトが済むまで、じっと待っているわけにも行かないし。
一度済んだからと言って、それでおしまい…になる保証もない(それは友雅自身がよく分かっている)。
山道の入口では、あかねたちが車の中で帰りを待っている。
のんびり他人の甘いひとときを観察するわけにも行かないし、そもそもそんなもの見たところで、面白くもなんともない。
やはりそういうことは、自ら実践せねば意味がない…。
洞窟から聞こえるシリンの声と、記憶の中に刻まれているあかねの声が、やや重なってくる。

「ああ、こんなことをしていては、精神的苦痛を強いられるばかりだよ」
仕方がないので、友雅は足元に転がっている小さな岩を拾い上げた。
そして足音を忍ばせて洞窟に近付くと、それを薄暗い奥へと強めに転がして押し入れた。
彼らにぶつからないくらいの、やんわりとしたスピードで。

ゴロゴロゴロ……ッ。
岩が転がっていく音が響き、やがて鈍い弾力にぶつかったようで、洞窟の中が沈黙に包まれた。
木々の間を、風が抜けていく涼しげな音。小鳥のさえずり。水の流れ。
自然の奏でる音がしばらく続いて、ようやく洞窟の奥から人の姿が現れた。
「アッ…アンタっ…!!」
「おやまあ、随分と艶めかしいお姿だねえ」
長い金髪を乱し、白い首筋に花びらの痕をいくつも散らして。
肉感的な身体を包む衣類を整えながら、シリンが友雅を見て声を失う。
「君の愛しい彼に、くれぐれも詫びを入れておいておくれ。良いところを邪魔して、申し訳なかったよ」
「……!な、何をしに来たんだい!?ら、蘭は…もう出掛けているはずだよっ!」
「ああ、今は私の姫君たちと一緒に、車の中で待っているよ。でも、その前にね…君に話があって」
友雅が言うと、シリンは不審げな目で彼を見た。

一体、今度はどんな話を持ちかけてくるのか。
八葉であった頃から、他の者に比べてつかみ所の無い男。
それ故に、そう簡単には陥れられなかった曲者である。
今回もおそらく、妙な話を持ってきたに違いない…と、髪を整えながらシリンは思った。

「実はね、今度私の屋敷で宴を開くのだけれどね。そこに、彼女を連れて行きたいんだが」
「…何だい、そんなことなら、蘭に直接聞けば良いじゃないか。別に、私は構いやしないよ」
昔、まだ自分が鬼の一族として忌み嫌われていた頃。
白拍子として公達に近付き、何度か貴族がもてなす宴の席に出たことがある。
少々敷居の高い雰囲気ではあるが、蘭もあれで若い娘だ。きらびやかな世界に、少しは憧れもあるだろう。
「連れていってやりなよ。私たちは平気だからさ」
「ま、そうだろうね。一人でも人目が少なくなれば、君も彼とさっきみたいに、心置きなく睦み放題で……っと!」
シリンの手に握られていた木の実が、ばしっ!と友雅に容赦なく投げつけられた。
そんな彼女の顔は真っ赤になっていて…何とも笑いがこみあげてくるほど愛らしくも見える。

「まあまあ落ち着いておくれ、茨の君。そういう君らも、宴に招待しようと思ってやって来たんだよ?」
「…はぁん?何だって?」
宴に招待するって、君らっていうことは…自分と彼を招きたいと言うのか?
既に過去のこととはいえ、敵として向かい合っていた者を、堂々と自分の屋敷に招くつもりなのか…。
この男の考えることは、本当によく分からない。
胡散臭そうにじっと見るシリンに、友雅はようやく話の本筋を打ち明け始めた。


「…なるほどね、そういう理由かい」
「どうも彼女は疑い深いからね。心知れた誰かが同席すれば、安心するだろう」
それに適任なのは、共に暮らしているシリンとアクラム以外にいない。
「蘭殿の袿は、既に彼女が用意してくれているんだ。君らの衣も、私が適当に用意してあげるから心配はいらないよ」
"適当に"…ね。何だかその言い回しが、ちょっとカチンと来たけれど…まあ、そんなことは良いか。
「君等もたまには、雅な空気に浸って過ごしたらどうだい」
「…物好きな男だねえ、あんたは。敵だった者を、やすやすと招くとはさ」
「そうかい?今は私たちと同じ、ただ恋に溺れる男と女だろうに。だったら、別に何も問題はないさ」
度胸が据わっているのか、それとも怖いもの知らずか。
とにかく、食えない男という意味では、今も昔も変わっていないようだ。



シリンに承諾を得た友雅は、足早に山道を戻って車に辿り着いた。
思いがけないことで、予想よりも時間が掛かってしまった。
早く晴明宅へ向かわねば。
「遅くなってしまってすまないね」
「友雅さんっ!」
車の中に上がり込むと、あかねが今にも飛びついてきそうな仕草で、彼の方を振り返った。
「ん?どうしたんだい?」
「どーしたって別に、ただ俺らはなあ…?」
「単にちょっとばかし、突っ込んだ話を聞こうと思っただけでねえ〜?」

おや。これはまたどうしたことか。
天真と蘭は顔を見合わせて、何やらうなづき合いつつ、納得し合っているような。
もしかして自分が留守の間に、二人は自らの血に気付き始めたのか?
…理由はわからないけれども、それならそれで結構なことだ。

「す、すいませーん!そろそろっ…出発してくださーいっ!」
そんな中で、友雅の隣に座っているあかねだけが、口数少なく頬を染めているばかりだった。



***********

Megumi,Ka

suga