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Romanticにはほどとおい
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第12話 (3) |
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数日後、再び友雅は土御門家を訪れた。
今日は蘭の施術の日。今回も前回同様に天真を連れてゆくのだが、もう一人同行する者がいる。
「荷物はこれだけで良いのかい?」
「はい。一生懸命悩んで決めてきたんで。」
中身の詳細は分からないが、桐の箱には二着の袿が納められているらしい。
あかねが藤姫と共に、蘭に着せるためのものを、屋敷にある袿の中から選んだのだそうだ。
「天真は見たのかい?君の妹君が身に着けるのだから、兄である君の品定めが必要なんじゃないかい?」
「あ、そーいうの全然必要なし。俺があいつに選んでやったもんなんて、一度も喜んだことねーし」
所詮男と女の嗜好の違いか、天真の趣味と蘭の趣味は完璧なほど相容れない。
しかも、黙ってもらっておけばいいものの、それが出来ないのがこの兄妹。
ちょっと難癖つければ言い返され、それがエスカレートしてゆくと……いつもの兄妹喧嘩に進展する。
「俺よりも、他人のあかねたちが選ぶ方が確か。俺は一切口を挟みませーん」
さっさと天真は牛車に乗り込んで、ごろりとくつろいでいる。
そんな彼の様子と言動に、あかねたちは顔を見合わせて苦笑した。
待ち合わせの場所は、山道からずっと下りて町が目前に迫ったところに立つ、大きな楠の下。
牛車がぴたりと止まり、小窓から顔を覗かせる。
外には、いつものように蘭の姿があった。
「こんにちは。今日も元気そうだね」
にっこりと友雅が微笑み掛けるが、蘭の反応はしらっとしている。
蘭は従者に開けてもらった戸をくぐり、車の中に上がろうとした。
しかし、中にいる人物の顔を見たとたん、キッとして友雅の顔を見上げて睨んだ。
「…ちょっとアンタ。何で、アンタの女が今日は一緒なのよ?」
あかねは思わず、ぎくっと身体が飛び上がった。
まさか、自分のことを言われるとは思わなかったので。
そんなこともお構いなしの蘭は、あかねを指差して友雅に突っ掛かかる。
「冗談じゃないわよ。こんな狭ッ苦しい車に相乗りするなんて!」
「いやいや。今日は人数が多いから、いつもの車よりは大きめのものを用意したはずだけど?」
普段はようやく四人が乗れるくらいの、割と小振りな牛車を行き来に使っている。
だが、今日は人数が四人ではあるけれど、荷物などがいくつかあるため、もうひとまわり大きな車でやって来たのだ。
なので、四人でも十分車内は余裕があると思うのだが、蘭のご立腹振りの理由はそこじゃなかったらしい。
「違うわよ!問題なのは、アンタが女と同乗するってことよ!」
友雅とあかねを、蘭は交互に指差して言い放つ。相変わらず威勢の良い口調。
「アンタたち、同乗者なんかいてもいなくても、気にせずアハンウフン始まりそうじゃないのよ!」
思わず声を失うあかねと天真。
ちなみに、これくらいのことで友雅は動揺する男じゃない。
「そこのアンタだって、こないだ聞いたでしょ?このふたり、場なんて構わず始まっちゃうケダモノなんだから!!」
記憶がないとはいえ、実の兄を"そこのアンタ"呼ばわり。
そして、相変わらずのマシンガントーク。
…ああもう、どうしてこんなところが天真くんそっくりなんだろー!
自分たちのことを言われて気まずいながらも、そのことであかねは頭を抱える。
「私、嫌だからね!目の前で男と女の濡れ場なんて、見る趣味ないから!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!そんなことしないってばっ!」
振り返って出ていこうとする蘭を、慌ててあかねが引き止めた。
「そんなの、信用出来るわけないでしょーが!アンタ、どんだけあの男とヤッてると思ってんのよ!!」
とんでもないこと言われているけれど、ここで帰られてはこっちが困る。
今回はいろいろ彼女に伝えなきゃいけないことがあるし、それに…せっかく天真との接触の機会を減らしたくない。
必死にあかねは、蘭の手を掴む。
すると、いつのまにか外に下りていた友雅が、賑わう車内を覗き込んできた。
「ほらほら、彼女の言葉を、どうか信じてやってくれまいか」
信じろって……。
じろり、と蘭の疑惑の眼差しが友雅を見る。同時に天真まで、同じような目を投げかけている。
「君らが見ている前で、欲望をさらけ出したりなんかしないよ。何もしないから安心しておくれ。」
……誰が信じられるか、そんなこと。
蘭としては、これまで近くのボロ空き家で、二人が甘い逢瀬を繰り返していたのを、この目でしっかりと見ているし。
天真としては、土御門家にいるときに限らず、さんざんイチャイチャベタベタちゅーちゅーな現場を目撃しているし。
何もしないから-------なんて言葉、信用できるか!。
天真たちがブツブツ言っている間に、開いていた車の戸が再びぱたんと閉じた。
友雅は外に出たまま、乗ってこない。
まさか、蘭が文句言っていたから、自分はここで別れるとか言うんじゃ…。
と、すぐに外から彼の声がした。
「私は、彼女の責任者に会いに行ってくるよ。すぐに戻るから、おしゃべりでもしていてくれるかい?」
彼女の…つまり、蘭の責任者というのはシリンのことか。
シリンに会いに行く。
そうか、宴への参加を打診しにいくつもりなのだ。
「女性同士で話も弾むだろう。それに、男性でも年が近ければ話題も合うんじゃないかな」
あかねと天真の視線が、ぴたっと一瞬交差した。
これもチャンスか…。蘭と交流を作る絶好の機会。
がらり、とあかねがもう一度車の戸を開けた。
「友雅さん、山道気を付けてくださいね!」
「ああ、ありがとう。その顔を見るために、早く用事を済ませて戻ってくるよ。」
そう言って、彼は背を向けて山道へと入ってゆく。
緑の生い茂った深い道をくぐり、しばらくするとその姿は木々の中に消えた。
「きっざな男ねー。アンタ、あの男のどこが良かったの?何で付き合ってんの?」
「ええっ!?」
今更始まったことではないが、蘭の問い掛けはいつも唐突だ。
唐突で、それでいてストレートに直行な質問を投げかけてくるから、どきっとしてしまう。
「ねえ…アンタって何者?あの男って、ちょっとイイとこ出なんでしょ?アンタもどっかのお姫さんなわけ?」
「えーと、うー…なんて言えばいいのかなあ…」
チラッと天真を見る。
"どうしよう?"と視線で訴えかけたのを、彼も分かったようだ。
「一応、主上の縁があるんだよ、これでも。」
「はあ?嘘でしょ?アンタ…そんな高貴な人なの!?」
大きな瞳を更に広げて、びっくりした顔を蘭は近付けてくる。
やっぱりこの見かけでは、簡単に信じてはもらえないか…。
帝の縁者がこんな普段着の小袖を着て、町を歩くなんて考えられないだろう。
実際、帝の縁者というのも虚像であるし。
「しょうがねーんだよ。こいつ、もの凄い遠い縁者だし、それも最近になってから分かったんだよ。」
蘭への対応に困っているあかねに、天真が助け船を出してくれた。
「生まれてから最近までは、フツーの町のモンと同じ暮らししてたからさ。こんなみずぼらしくっても、しょうがねーのよ」
「みずぼらしっ…!?ちょっと天真くん!」
いくら取り繕うためとはいえ、いさかか調子に乗りすぎだろう!とあかねは天真を小突いた。
天真の話を聞いた蘭の反応は……まだ微妙。
あかねの身の上を信じたかどうかは、分からない。
そして、天真と接触したあとの結果も……はっきりとした変化はないようだった。
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