Romanticにはほどとおい

 第12話 (2)
バタバタッ、とけたたましい音がして、あかねと友雅は互いの背に回していた手を離した。
その音は廊下の方から聞こえたようだが…何事かと入口を凝視していると、そうっと戸がほんの少し開いた。
「あ、あのー…あかねちゃん、中に入っても大丈夫?」
「えっ…あ、ど、どうぞっ」
もしかして今の様子、詩紋に気付かれていたのだろうか。
二人きりになると、どうしても甘い雰囲気に流されてしまいがちで、つい我を忘れる自分がちょっと恥ずかしい。

あかねが顔を染める中、詩紋がおそるおそる部屋に入って来た。
彼は二人の表情を伺っているようだが、後ろにいた藤姫はそんなこと全く気にせず、堂々と踏み込んできて迷わずあかねの前に座った。

「あかね様、実はちょっとした提案がございますの。聞いて頂けます?」
提案?一体何を企てたというのだろう。
首を傾げるあかねたちを目の前に、藤姫が生き生きと話を始めた。
「さきほど、詩紋殿とお話致しましたの。近いうちに宴を開いて、その際に天真殿の妹様をお招きするのは如何です?」
「えっ?宴に蘭を…招待するの?」
うなづく藤姫に続いて、詩紋が隣にやってきた。
「あのね、蘭さんの記憶を戻すには、出来るだけ天真先輩と接触する機会を増やした方が、良いと思うんだ。」
出来るだけ自然な形で、彼女がふと自らの記憶に気付くチャンスが出来れば、それが良い結果につながるのではないだろうか。

さっきの話で、彼女の好物がバナナサンデーだったのを知った。
本当ならここでそれを食べられれば、思い出すことも多々あるのだろうが…残念ながら材料がない。
でも、他にも天真たちの間には、いろいろな共通の思い出があるはず。
「天真殿からお聞きして、近いものを用意いたしましょう。それらに触れて頂くのも良いと思うのですが。」
「良い考えかもしれないね」
友雅はうなづいたが、藤姫の目はあかねの方だけしか見ていない。

「それに、やっぱり兄妹で話す機会を作ってあげれば…きっと何か感じてくれるんじゃないかなあ…」
会話に参加してもらうだけでも、その中で二言三言話を交わすきっかけがあれば。
その中で、兄妹でしか通じない話題が生まれるかもしれない。
「もしそういうことがあれば…蘭も天真くんのこと思い出すかもしれませんね」
「ああ、面白い計画だね。宴なら気負いする必要もないし、その分気持ちに楽になるだろうから、効果も期待できるかもしれないね。」
提案としては、文句無しではある。
ただ、気がかりなことがひとつだけあった。

「問題は…果たして妹君が、素直に宴にやって来てくれるか、だね。」
何せ相手は天真の妹。あの性格であるから、理由がなければ簡単に着いてこないような気がする。
晴明宅での施術に関しては、表向きは『シリンが世話になっていたパトロンからの援助を受け取るため』となっている。
彼女を信じ込ませるため、毎回穀物類や野菜などの食糧を帰りに持たせてやっているので、さほど疑いもない。
が、今回の宴に関しては…何故自分だけを招くのか?と警戒するのでは?
「……ですねえ。そうなると、ちょっと手ごわそう…」
おおかた-------------

何で私だけ宴なんかに招くのよ?
用事もないし恩も義理もないってのに、お屋敷に呼ばれる理由がないじゃない。
そんな怪しい宴なんて、気味が悪くて行けるわけないでしょうが!
……とまあ、こんな風に頭ごなしに怒鳴られる確率が高い。

「どうしましょうかね?」
せっかくのこの計画…どうにか形にしたいところだが。
「蘭さんの親しい人が一緒なら、警戒しないで来てくれるかもしれないけど…」
そうは言っても、ここは左大臣家・土御門邸。星の一族が住まう場所であり、京の中で有数の強い結界を持つ屋敷だ。
蘭が親しい人間なんて、それこそシリンやアクラムや…。つまり、元・鬼の一族のメンバーだ。
例え今はすっかり綺麗な身の上と言っても、彼らをここに連れてくるわけには行かないだろう。

「仕方ないね。それじゃ、また私の屋敷でも貸し出すとしようか?」
言い出したのは、友雅。
「結界は泰明殿に頼んであるけれど、一旦解除してもらって。」
大人数と言っても、せいぜい15〜6人程度になるか。それくらいの人数は余裕だし、支度する侍女たちも手が足りるはず。
「私たち八葉とあかねと、晴明殿もお越し頂ければ良いね。」
「そうですね。何かあったら、すぐに施術してくれるかもしれませんよね」
もしもの緊急に備えて、待機してもらえると有り難い(まるで救急医療チームのようだが)。

「向こうは、誰を呼ぶんですか?」
詩紋が用意していた桃が、二人の前に差し出された。
綺麗に皮を剥かれた櫛形の桃から、瑞々しい甘い香りが立ち上る。
「やっぱりシリン…ですよね?」
「そうだね。彼女と彼の二人で良いんじゃないかい?」
彼女…とはシリンのこと。
そして彼というのは……もしやアクラム?
「アクラム…を呼ぶんですか」
詩紋と藤姫の表情が、少しだけ険しくなった。
神泉苑での決戦を終えて時も流れ、彼は完全にリセットされて新しい道を歩き出している。
鬼と呼ばれ、京を陥れようとしていた彼は、今や残像さえもまったく残っていないほど…と分かってはいるのだが。
「シリンを呼ぶのなら、彼を呼ばないわけには行かないだろう」
「…はあ、そうなんです…か?」
「呼ぶとか呼ばないというよりも、今の彼はシリンを手放せないようだからねえ」
くすくす、と友雅は艶やかに笑う。

今や彼らは、引き離せないほどの仲を築いている。
それも、以前はシリンの方が追い掛けていた立場だったのが、完全に立場逆転してしまっているみたいだ。
「愛しい人とは、一秒でも離れたくないだろう?その気持ちは、私も身に染みて分かるからね。」
さりげなく友雅の手は、隣のあかねの方へと伸びた。
膝の上に置かれた白くて小さな手を、しっかりと彼の手は握りしめる。

……何となくイヤな予感。
ちらっと藤姫を横目で見ると、かすかにムッとしているように見えるし。
けど、友雅は動じずにあかねの手を握っているし、彼女も照れくさそうにうつむいているし。
こういう状況の場合、話題を逸らした方が良いのでは、と詩紋は感じる。
「そ、そうなんですかっ!円満で本当に良かったですねっ!」
「本当だねえ。まったく……羨ましいことだよ。」
と、友雅は握っていたあかねの手を引き寄せ、指先に唇を落とす。
「私たちも、早く彼らみたいに仲睦まじく暮らしたいね?」
「え?あー……は、はい…」
ほらやっぱり、こういうでろでろに甘いムードが立ちこめ始めるから!!
そうなると友雅は遠慮とかしないから!
それを見る藤姫は、明らかに不機嫌丸出しになるから!!
詩紋は困った顔をして頭を抱える。
だが、ただじっと黙っている藤姫でもなかった。

「そうですわ、あかね様!宴ですもの、天真殿の妹様にお召し物をご用意して差し上げません?」
ずずっと二人の間に割り込むように、藤姫があかねのそばに寄ってきて言った。
「女性ですもの、宴の時くらいは綺麗なお召し物を身に付けたいはずですわ。屋敷にある袿を、いくつか選んで差し上げては如何です?」
「あ、それは良いかもね!」
普段は身軽な方が良くても、時にはきらびやかなものに身を包んでみたい。
あかね自身も、そんな風に感じた事がある。蘭だって、悪い気はしないはずだ。
「女性同士でしたら、話も弾むかもしれませんもの」
「うん、そうだよね。そうしようか。」
意見が合ったと思ったとたん、藤姫はスッと立ち上がってあかねの手を引いた。
「では、ご一緒に衣を選びに参りましょうっ」
くるっとあかねの腕に手を回し、静かに彼女の背を押して行く。
部屋を出る間際、一瞬振り返った藤姫の表情が、やけに誇らしげに見えたのは気のせい------じゃないだろう。

「詩紋、私の戦いはいつ終わるんだろうねえ?」
「さあ…」
取り残された男性陣は、お互いに別の意味で溜息をついた。



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Megumi,Ka

suga