Romanticにはほどとおい

 第12話 (1)
「おい!おまえら、さっきから笑いすぎだぞっ!!」
天真は少し呆れたような、それでいてムッとした顔をしてふてくされる。
そんな彼の周りには、声が潰れるほどに笑い転げている三人と、様子は静かだが笑いを抑えきれない友雅がいた。
「だ、だって…僕、天真先輩の妹さんって、一度も会ったことなかったけどっ…」
「そっ、そっくりっ!天真くんにそっくりじゃない!」
きゃはははと軽やかに詩紋とあかねは笑い、藤姫まで目尻に涙を浮かべるほど笑っている。
こんなにも腹を抱えて笑う声が、土御門家に響くなんて久し振りだ。

「いやあ、あれほどよく似た兄妹なんて、なかなかお目にかかれないよ。本当に仲が良かったんだねえ」
「はん!どこが!!」
顔を合わせりゃ、どっちかが突っ掛かっては喧嘩ばかり。
催眠療法で退行施術を行った上でも、あんな調子で文句しか出てこない妹の様子を見て、どう転がれば仲良いと言えるか。
だが、不服そうな天真をよそに、友雅は穏やかに話す。
「仲が良いからこそ、お互いを意識するんじゃないかい?」
意識していても、無視することだって出来る。それが出来ないのは、やはりどちらも近付きたい意志があるからだ。
例え喧嘩していようと、黙ってはいられない。
離れるのが一番嫌だから…と、無意識のうちに感じながら近付いて…そしてまた喧嘩になるのだろうけど。
「喧嘩するほど、仲が良いって言うものね!」
「あー?あかねまで、何バカ言ってんだよっ!」
-------なんて、そんな風にぼやく天真の顔は、ちょっとだけ照れているような気がした。



そんな風にして聞かされた、天真と蘭の初めての合同施術の出来事。
しばらくすると天真は頼久と、剣の稽古に出ていった。
残された詩紋は、二人に気を利かせたらしく、立ち去りたくなさげな藤姫を何とか言いくるめて、部屋を出ていってしまった。
ようやくふたりきり……。
だが、まだあかねは思い出し笑いが止まらない。
「でも、私も見たかったー。天真くんがやきもきしてるとこ。」
「文句言いたくても、相手は術を掛けられている状態だからねえ。一方的に言いたい放題言われて、肩身の狭い思いだっただろうね。」
気の毒に…と言いながら、友雅も笑いを堪えない。
とにかく、まったくもって緊張感とは縁遠い、賑やかな一日となったようだ。

「だからこそ、早く本当に兄妹喧嘩させてあげたい、って気持ちにもなったね。」
「うん…。それ、天真くんもこないだ言ってたって…詩紋くんから聞きました」
ああいえばこういう。
その反応が返ってきて当然だったのが、突然声が聞こえなくなった時の違和感。そして、空虚感。
不安と寂しさが入り交じって、どうしようもなかった。
"兄妹喧嘩がしたい"
天真のその言葉から、妹をどれほど慈しんでいたのか分かる。

「心の底から、仲の良い兄妹だよ彼らは。でも…イノリを見ても思ったけれど、兄弟というのはどこもそんなものなのかね。」
彼の言葉を聞いて、ぴん、とあかねの心の奥が小さく震えた。
…そういえば前に聞いたけど、友雅さんてお母さんの違う兄弟が何人かいるって聞いたっけ。
でも、全然会話とかはしたことないって、そう言ってたけど…。
あかねが考えているそんなことを、友雅はすぐに察知した。
「ああ、別に彼らが羨ましいわけではないよ?うちは別に、交流したいなんて思ってもいないし。」
「ご兄弟と、仲が悪かったんですか…?」
「いや。単に、無関心だっただけだよ。どうでも良かった-------今も昔もね。」
兄弟だけじゃなく、両親もだ。
さっさと自立して家を出て、自分だけの生活を始めたけれど、まったく未練なんてなかったし。
むしろ自分だけで生きていく方が、ずっと気楽で過ごしやすかったように思うほど、自分の中で家族とか兄弟という存在は、それほど重要なものと意識はしていなかった。

「ご両親に会いに行ったり、しないんですか?」
「全然。用事もないしねえ。まあ、季節の変わり目とか年の終わりとか、そういう時に挨拶しに行くだけかな。」
それもせいぜい、年に一度くらいがいいところ。
季節の節目は友雅自身が多忙であるし、両親が息災であるかは使いを出して尋ねることだって出来る。
ほんとうに、それくらいの繋がり。
浅くて綻びそうにか細くて、かろうじて繋がっているくらいのそんなものだった。

「あの…友雅さんのご、ご両親って、どういう人ですか?」
あかねは何故か、まだ諦めもせず友雅の家族について、更に深く尋ねてきた。
「どういう人と聞かれても、普通なんじゃないかな。」
何と答えて良いのか、正直友雅は困ってしまった。
執着がないから、特徴らしきものを膨らませて表現することも出来ないし、かといって自慢できるものも思い付かない。
貴族としては、たいした位を持ってはいない。
今更出世なんてものも関係ないし、気楽に隠居暮らしを楽しんでいる。
まさに、どこにでもいる老夫婦…だと思うのだが、どうだろう。

「どうして、そんなことを聞くんだい?うちの両親のことで、何か気に掛かることでも?」
「えっと…あの…」
かすかに頬を染めて、少しだけうつむいて。
親指をちょっと噛みながら、あかねは小さくなって肩を寄せてくる。

「友雅さんのご両親に…その、ご挨拶とか…行かなくて良いのかなあって…」
「挨拶?どうして?」
あかねが両親に会って、挨拶する理由なんて思い付かないけれど。
友雅が聞き返すと、またあかねは恥じらうように、上目遣いでこちらを見た。
「あの、と、友雅さんの…っていうか、息子さんのお、奥さんになる者としては、そのー…よろしくお願いしますって、挨拶するべきなんじゃないかなあって…」
しばらく前から、あかねは度々気に止めていた。
いずれ近いうちに、自分は友雅の妻となる。
この世界で身寄りのない自分。そのまま彼の姓を貰い、橘家の一人として生きていくのである。
だからこそ、彼の血縁者や縁者などに、挨拶をしなくてはならないのでは?と。
なにより友雅の両親は、あかねにとって義理の父母となる。
そして義理の娘として…直接会って挨拶というのは、礼儀の基本じゃないかと思ったのだが、なかなか言い出せなくて。

「なるほどねえ…ふふっ。」
彼女の話を聞いたあとで、友雅は表情を緩ませた。
「確かに、あかねは橘家の一員になるのだものね」
「そうですよっ。だから、きちんとご挨拶して…みなさんに認めてもらいたいんですもん」
こちらの礼儀や作法は、まだ全然分からない。
だけど、挨拶をすることは場所を問わず基本だろうから、せめてそれくらいは。
「別に周りの目なんて、あかねが気にすることないよ。」
「そんなこと、言ってられませんよっ。ちゃんと友雅さんの奥さんとして私……きゃんっ!!」
熱弁を続けようとしたあかねを、友雅が突然ぎゅっと強く抱きしめた。
「周りが何言ったって、私が絶対に認めさせるよ。」
腕の中にあかねを抱いて、その細い顎をそっと指先で撫でて。
短いキスをくりかえし。

名前とか家系とか、そんなものは無意味で、どうでもいいことだけれど。
彼女は自分の名を継いでゆく。他人でありながら、同じ人生を歩む者として。
それは--------この想いが二人の中に存在しているから。
「あかね以外に、私の妻に相応しい人なんて…どこにもいないのだからね」
そう言ったあとのキスは、さっきよりもずっと長かった。



***********

Megumi,Ka

suga