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Romanticにはほどとおい
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第11話 (3) |
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部屋の中には、深い沈香が焚かれている事に気付いた。
この香りが一番、蘭の精神を落ち着かせるのだ、と晴明が言っていたらしい。
果たしてその効果は分からないが、間もなくして彼女への尋問が開始された。
「さて、今日は何を聞こうかのう。うーむ…そうだな、では…そなたの好きな食べ物は何だ?」
随分と普通の質問内容だな…と思いながら、天真は黙って様子を見ている。
すると、彼女の口が少しずつ動き始めた。
「………鮎の塩焼き」
はぁ?
こりゃまた若い娘の好物とは言えないほど、渋い食材を選択して来たものだ。
「……鮎、美味しいから。たまには豪勢なものを食べようって、町にお使いを頼まれるから…」
「御主人様に頼まれるのか?」
「…アクラム様が好きだから…買って来いって…シリン様が…」
続けて飛び出した名前に、天真の顔色が変わった。
ついこの間まで、自分たちが敵と見なして戦って来た相手だ。
そいつらの名前が、蘭の口から出て来るなんて。
しかも、良いように小間使いにしているのだ。勝手に連れ去って来ておきながら。
黙りながらも、彼の拳がぐっと握りしめられる。
友雅はその様子を観察しつつ、晴明の施術にも目を移した。
「で、他にはないのか?娘らしく…甘いものなどは、嫌いなのか?」
もう一度尋ねてみると、少し彼女は黙って考えているようだった。
思い付かないのか、それとも考えているのか。
考えているとしたら、奥底にある本当の自分の好みを引き出そうとしているのかもしれない。
ここは焦らず、彼女が自ら口を開くのを待つ。
そうすれば自然に記憶は、ゆっくりと後戻りしてゆくはずなのだ。
「………バナナ」
「ん?何だって?」
その言葉は、ここにいる誰もが知らなかった。
ただ一人、天真を除いて。
「バナナの…バナナサンデー…」
「ばななさんでー?それは一体、どういうものなのだ?」
更に尋ねると、今度はすんなりと返事が続いた。
「甘いバナナをいっぱい乗っけて…アイスとチョコレートソースを…」
"ばなな"
"あいす"
"ちょこれーとそーす"
間違いなくこれは、未知の言葉。
だとしたら、今の彼女の記憶は-------
「あいつの好物。小さい頃から、好きだったんだよ」
昔よく遊びに行っていた遊園地のレストラン。そこのメニューに、バナナサンデーがあった。
たくさんのバナナにチョコとバニラの2色アイス。
上からとろりとチョコレートソースが乗っていて、彼女はいつもそれが好きで食べていたのだ。
…やっぱり、俺の妹だ。
外見が似ているだけで、もしかしたら別人かもしれないと、今の今まで半信半疑だった。
けれど確信した。間違いなくこの娘は、妹の蘭なのだ。
「わしらには、ちとわからん食い物らしいが、好物と言って真っ先に言うのなら、そりゃ美味いものなのだろうな」
「すごく美味しいの。他の所じゃなくて、そこのお店が一番美味しいの。でも、いつもお兄ちゃんが……」
そのフレーズに、天真はぎくっとした。
まさか記憶のない蘭から、自分のことが話されるなんて思わなかったのだ。
一体、どんなことを口にするんだろう。
期待と不安が入り交じる中、皆が彼女の言葉に耳を傾けた。
「お兄ちゃんが…いつも一番大きいバナナを横取りするの!!腹立つ!!」
思いっきり力いっぱい、大きな声で蘭が叫んだ。
とたんに天真は、がくりと腰がよろけてつんのめる。
「大体、食べたいんだったら自分も頼めば良いじゃないのよ!なのに、最初は"そんな甘いもん食えねえ"とか言って、ちゃっかり大きなバナナは取るわ、アイスクリームもつまむわ、生クリームも舐めるわ、ふざけんじゃないってのよ!!!」
怒濤のマシンガントークが、静かだった部屋に反響する。
「天真、本当に君らは、とても仲の良い兄妹だったんだねぇ?」
「う〜…たかだかそれくらいのこと、根に持ちやがってっ…」
ちょっと味見させてもらっただけじゃないか、そんなの!
「食べ物の恨みは恐ろしい、という言葉があると、以前イノリから聞いたことがあるがな。」
そう泰明が口を挟む。
おそらくイノリも、詩紋あたりから聞いた言葉だろう。
そして、蘭の発言はまだ続く。
「それに、小学校卒業したらご馳走してやるって、約束してたのに!まだ一度も連れてってくれないじゃないのよ!あのバカ!」
「バッ、バカァ!?」
さすがにキレ掛かったのか、我を忘れて立ち上がろうとした天真を、慌てて友雅が後ろから引き止めた。
「天真、喧嘩するなら、妹君が元に戻ってからにしなさい」
とは言っても…このはらわた煮える状態、どうやって落ち着かせようか。
ここに兄がいるのも知らず、眠るように瞼を閉じたまま、それでも蘭の顔は不機嫌丸出し。
「経過的には良い症状だ。しかし…先が思いやられるな」
ぽつりと泰明が言ったそばで、友雅は天真を見張るのに、終始気を張らねばならくなった。
「しかし、いっつも私ここで何をしたか、全然記憶ないんだけど」
施術が済んだあと、差し出された甘い蜜水を飲みながら、蘭はぶつぶつとぼやく。
「まさか私が記憶のないうちに、ヘンなことしてんじゃないでしょうね!」
「とんでもない。少なくとも私は、充分間に合っているのでね。君に興味は全然ないよ。安心しなさい。」
友雅はにこやかに答えたが、その言い回しが蘭には気に入らなかったようだ。
「あーあ、そーでしょうねえ!アンタは例え野外でも、平気で女を押し倒してるくらいだものね!」
「何っ!?友雅、おまえそんなことしてんのかっ!?」
記憶も戻っていないくせに、息を合わせたように友雅を睨む二人。
そういうところも、兄妹の成せる技か?
「大丈夫。一応人の目は気にして、戸の閉まるところを選んでいるから。」
「それでもやることはやってんのかああっ!!!」
じたばたしている天真の横で、相変わらず無表情のまま座っていた泰明が、突然くるっとこちらを向いた。
「友雅とあかねが交わっているのは、既におまえも承知だろう。何故、今更取り乱すのだ?」
「そ、そーいうことじゃなくてなああ!ああもう〜友雅ーっ!おまえって、やっぱケダモノだ!」
自分が今、ここに何をしに来ているのか。
それさえも天真はパニックのため、すっかり忘れている様子。
そんな天真を見て、満面の笑みを讃えて友雅は答えた。
「最愛の姫君が目の前にいて、ケダモノになれなきゃ男じゃないからね。君も同じ男なら、それくらい察してくれないと困るよ。」
------困るのはこっちだ!
全員が、そう思った(ただし泰明だけは不明)。
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