Romanticにはほどとおい

 第11話 (2)
車は見覚えのない方向へと、ゆっくり進んで行く。
途中までの道のりは、先日ずぶ濡れのあかねたちを迎えに来たとき、通り過ぎた場所だった。
しかし、その先からどんどん山の方へ進み、少し手前で車は停まった。
「ここからは、歩きだよ。車は入れないからね。」
奥に続く山道は、鬱蒼と木々が茂っていて昼間でも薄暗い。
時折物音がするのは、タヌキやらの小動物が棲み着いているんだろう。

5分ほど歩いて、いつも待ち合わせる場所に到着した。
大きな杉の木の下で、彼女は待っている。
「お待たせしてしまったね。今日も、よろしくお付き合いを頼むよ。」
にっこりと微笑みかけると、蘭は黙って小さく頭を下げただけ。
だが、その後ろにいるもう一人の男を見つけて、その視線がぎらりと光った。
「…一緒にいる男って、何者?」
思わず天真は、びくっと肩が震えた。
黙って大人しくしていろ、と何度も繰り返し言われていたし、これまで何とか知らん振りを通して来た。
けれどこうやって、真正面から見つめ合ってしまうと…さすがに動揺を隠せない。
相手に記憶がないとはいえ、彼女は生まれた時から一緒にいた、自分のたったひとりの妹に違いないのだから。

「ああ、紹介しないで悪かったね。彼は、これから行く屋敷の使用人なんだ。」
し、使用人!?
これから行くところって…つまり安倍晴明宅だろう。
「え〜?こんな若い人いたぁ?何度も行ってるけど、見かけなかったけど。」
「彼はねぇ、晴明様じゃなく弟子の泰明殿専門の使用人でね」
「なっ…!?」
何てでまかせを言い出すんだ!と、天真は友雅に食って掛かりそうになった。
使用人なんて言われることもアレだし、更に自分は泰明お抱えの使用人だとーー!?
オレが泰明のお手伝いさんだっていうのかよーっ!!!
キリキリしながら眉を吊り上げる彼を、友雅の方はさらっと何事もなく交わす。

「ま、そういうことで。彼はあまり気にしないで良いから。」
「…あの若い弟子の使用人ねぇ?確かに、胡散臭いところは良く似てるわ。」
「う、胡散臭いだとぉっ!?」
白い目をして、蘭はこちらをジロジロと見る。
その胡散臭いっていう男が、おまえの兄貴だってんだよ!!!

…という兄妹の邂逅シーンに、友雅は吹き出しそうになるのを必死に抑えた。




安倍晴明宅に到着し、別室で蘭の浄化を行っている間、友雅と天真は庭に面した簀子の上で一息ついた。
庭は結構広いので、ふらりと散歩も出来そうなのだ。
が…問題は手つかずの荒れた草木。
あまりに雑草が酷いので、これじゃヤブ蚊にでも刺されそうで、庭に降りられそうにない。
「しかし、見れば見るほどよく似ているねえ、君たちは」
「どこがだよ!アイツ、記憶がなくても口の悪さはそのまんまだな!」
くっくっ…と友雅は声を殺して笑う。
そういうところが似ていると言うのに、お互い認めたがらないんだね。
ま、その強情で意地っ張りなところも、似ているところなのかな。

「クソォ。アイツが戻って来たら、絶対にデコピンしてやる!」
「デコピン?何なんだいそれは。お仕置きの方法かい?」
聞いたこともない言葉が気に掛かって、友雅が尋ねた。
「喧嘩するときによくやってたんだ。こう、額に指でぺちっと…」
小さい頃から、何かと兄妹喧嘩が絶えなかった二人。
しかし、父から"いくら妹でも、女の子に傷を作るようなことはするな"と強く言われた。
それ以来、天真と蘭の喧嘩は取っ組み合いから、お互いのデコピン攻撃に変わったのである。
「うー…絶対にデコピン3連発くらい、お見舞いしてやるからなっ!!」
まさに真剣そのものな表情で、天真は拳を握りしめる。

「ぷっ…ははっ…」
何とかそれまでは耐えて来たが、ついに我慢も限界だった。
「な、何を爆笑してんだよっ!!」
「いや…もう何だかもう…君らはねぇ…はは…」
まったく、どこまでほのぼのした兄妹なんだろう。
喧嘩するほど仲が良い、という言葉は詩紋に教えてもらったんだったか。
確かに天真と蘭の様子を見ていると、本当にそれは的を得ているのだと感じる。
そういえば頼久と会ったばかりの頃の彼も、よく衝突してばかりだった。
なのに今じゃ、誰よりも通じ合える良い相棒同士。

どれだけ口が悪くても、中身はなかなか思いやりのある良い子だよ。
なんてこと言ったら、多分"子ども扱いすんじゃねえ!"とはり倒されるのは目に見えているが。

「おまえたち、そろそろ準備が済んだぞ。」
気配もなく、風のように泰明が現れた。
「じゃ、移動しようか。さあ使用人君、泰明殿に着いて行くんだよ。」
「使用人って言うな!誰が泰明の雑用なんかするか!」
「…私とて、使えない使用人などいらぬ。」
「俺が無能だっていうのかーっ!!!」
半狂乱で頭を掻きむしる天真を、あっさり無視して泰明はすたすたと戻って行く。
そのアンバランスさがまたおかしくて、天真に睨まれつつも笑いを堪えられない友雅だった。



四方の戸はしっかりと閉じられ、部屋の隅には蝋燭が数本火を灯されている。
外からの物音が一切遮断されていて、ぞっとするほど静寂に包まれた部屋。
中央には畳が一枚敷かれており、そこに蘭は眠ったまま横たわっていた。
「おお、よく来たな。娘の兄者がそなただったとは、思いもしなかったぞ。」
蘭のそばに腰を下ろしているのは、晴明。
彼は天真を見つけると、こちらに来るようにと手招きをした。
「……眠ってるのか」
「少し軽めの呪いを掛けてある。別に、身体に害はないから心配せんでも良い。」
彼女を覗き込んでいる二人の後ろに、友雅と泰明はそっと腰を下ろした。

「詳しいことは、少将殿から聞いていると思うが…これから更に呪いを掛けて、妹君の記憶を誘導させる。理不尽な発言もあるかと思うが、一切返事したり反応したりはいかんぞ」
「あ、ああ…それは分かってる」
「いずれ記憶が元に近付けば、少しは会話も出来るだろう。それまでは、辛抱しているのだぞ」
記憶が戻ったら…話が出来る。
昔のように、からかってやることも、蘭の笑い声や怒った声も聞けるようになる。
あの頃と同じように…また。


「泰明殿、よろしく頼むよ。今は冷静だけど、いつどうなるか分からないのが、天真だからね。」
「…承知している。」
とにかく、感情には素直に反応する天真だから。
現在は落ち着いていても、何がどう変わるか分からない。
いざと言う時は、手を出してでも押さえ込まなくては。



***********

Megumi,Ka

suga