Romanticにはほどとおい

 第11話 (1)
ここ数日、天真は外へ出掛ける回数が減った。
天気が優れないこともあるが、かろうじて晴れている日であっても、武士団の詰所に行って頼久と剣を交えたり。
または、女房たちの雑用を手伝ってやったりと、あまり屋敷から出ることはない。

「本当は、蘭さんを探しに行きたいんだよね、きっと…」
午後の陽射しを浴びながら、簀子の上で昼寝している天真を見て、あかねと一緒に戸の陰で覗いていた詩紋が、ふとこぼした。
あれから何日か過ぎたけれど、まだ連絡は来ない。
晴明の話で、今後の軌道修正内容は何となく分かった。けれど、明確な面会予定はまだ連絡がない。
もしかしたら天真は、いつ呼ばれても良いように外出を避けているのかも。
一刻も早く、彼らの距離を縮めてやりたいのだが--------。

「ああ、こんなところにいたのかい、私の姫君は。」
「え?あ…友雅さん!?」
振り返るとそこには、友雅の姿があった。
いつの間に来ていたんだろう。
まったく気配が感じられなかったのは、敢えて彼がそうしていたのか、それとも自分たちが油断していたからか。
「今日は何か用事があって……っ、きゃあっ!!」
話しかけようとした途中で、友雅はまるで飛び掛かるような感じで、背後からあかねに覆い被さって来た。
「愛しい君の顔を見るために、わざわざやって来たに決まっているじゃないか。」
「ちょっと!待って!と、友雅さんっ!!!」
遠慮なんて言葉は、彼の辞書には存在しないのか。
隣にいた詩紋は慌てて目を逸らし、必死で頭を抱えてうずくまる。

「すいませぇぇ〜ん!!僕、気まず過ぎるんですけどぉぉっ!!」
少しくらい、他人の目を気にしてもらえないか。
目を逸らしていても、すぐ後ろでどんなことをやらかしているのか、気になってしょうがない。
時々聞こえてくる息を飲むような声は、どことなく艶やかで、ほんのすこしだけ淫らな感じもして。
それと重なる衣擦れの音が、なお一層に想像力を駆り立ててしまう。
ああもう、ちょっと勘弁してくださいよ〜!
あかねちゃんと離れて暮らしてて、欲求不満になるのは分かりますけどぉーっ!
せめてどこか、二人きりの場所でお願いしますぅぅっ!

「おい、そこのケダモノ。うるさくて、昼寝してられねーんだけど。」
腕の中に閉じ込められて、身動き出来なくなっていたあかねの顔に、さっと現れた黒い陰が伸びて来た。
ぐっと懸命に首だけを反らすと、そこには天真が立っている。
しかも、半ば呆れたような顔をして。
「あかね、おまえもおまえだ。少しは抵抗しろ」
「……っ」
天真にそんなことを言われるとは…。
何だか自分が情けなくなってきて、半ばがくりとしているあかねを、友雅の腕は未だに後ろから組し抱いている。

「で、何しに来たんだよ友雅。」
「もちろん、彼女と甘い逢瀬を楽しむため-------というのは冗談で」
ウソつけ。
少なくとも、半分若しくは三分の二くらいは、そっちが目的だろうが。
……と、誰もが心の中で突っ込みを挟んだあとで、
「君の妹君の、次の施術予定が決まったから、伝えに来たんだよ。」
そう言ったあと、ようやく友雅はあかねの身体を腕から解いた。



「以前も言ったとおり、施術中は絶対に彼女に声を掛けないこと。他人の振りをして、知らない顔をしていること。分かったね?」
「分かってるって。黙ってりゃ良いんだろ、大人しくしてりゃ。」
それが出来るかどうかが、気がかりなのだ…天真の場合。
感情表現に関しては、日頃から見事なほど素直でストレートであるから。
「まずは明日、私が彼女を迎えに行くんだけれど。その前に、先にこちらに寄るから、君も一緒に行こう。」
「俺も一緒に良いのか?」
限られた時間で、顔を合わせる機会は多ければ多いほど良い。
直接的なコミュニケーションを取ることは無理だが、天真の顔が近くにあれば、彼女の記憶の断片にいつか引っ掛かるチャンスもあるだろう。
その偶然を狙いながら、今後は施術を続行してゆく。
「鷹通や永泉様方も、これまで通りに付き添いをしてもらうよ。その時も、天真は一緒に着いて行きなさい。」
「あ、ああ…分かった。」

何となく天真は、胸の奥がどきどきしてきた。
この間は一瞬しか、顔を見られなかったけれど…今度は間近で蘭の姿を見ることになる。
何年間も、どれだけ真剣に彼女を探し続けていたか。
喧嘩したことやふざけあったこと。
そんな想い出を、一時だって忘れることなかった。
ようやく自分の手が届きそうなところに、蘭がいる。
ただし、手を伸ばすことが出来ないのが、もどかしい。
「妹君の記憶が戻るように、皆懸命に頑張ってくれている。もうしばらく、落ち着いて行動しているんだよ。」
友雅に念を押されると、天真は黙って深くうなづいた。


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次の日の朝。
天真はもちろんことだが、そわそわしているのは彼だけではなかった。
あかねも詩紋も、やけに早くから目が覚めてしまい、必要以上に早起きをしてしまった。
「天真先輩、大丈夫かなぁ…」
「そうだねぇ…。天真くん、すぐカッとなっちゃうからねー…」
果たして彼が、取り乱したりせずに冷静でいられるか。
二人が気になるのは、そこなのだ。

「おはよう。天真の支度は出来ているのかな?」
からからと戸を開けて、友雅がやって来た。
昨日は姿を現したとたん、あかねを目の前にして遠慮ないラブラブ攻撃をしかけ、同席していた詩紋を混乱に陥らせた彼だが、今日はそんな素振りはない。
その理由はもちろん、彼の後ろで不機嫌そうに着いてきている、藤姫の厳しい目があるからだ。
「天真くんは、もうそろそろ来ると思いますよ。」
朝からしっかり食事も摂っていたし、いつも通りに頼久と剣の練習もしていた。
特に変わった様子はないと思うけれど、それでもやっぱり少しだけ気になる。

「友雅さん、天真くんのこと…よろしくお願いします。」
隣に腰を下ろした友雅に、あかねはそう言葉を掛けた。
今日天真と一緒にいてくれるのは、同行する彼しかいない。
「愛しい人に頼まれたことを、無下になんかしないよ?」
すうっと彼の指先が伸びてきて、あかねの喉から顎に向けてなぞらえる。
親指で軽く顎をつまむようにすると、次第に顔が近付いてきて……

「友雅殿っっっ!!!!」
頭のてっぺんから、噴火したマグマが飛び出しそうな形相で、藤姫が声を荒げる。
その騒ぎに気付いたのか、ようやく天真が別棟の部屋から姿を現した。
「…おまえら、朝っぱらから懲りねぇなぁ。藤姫、いい加減にコイツら解放してやったら?」
「な、何をおっしゃいますのっ、天真殿っ!?」
興奮気味の藤姫とは反対に、比較的冷静に天真は答える。
「この状態でバラバラに過ごさせてたら、少なくとも友雅は、ところ構わず暴走しっぱなしだぜ?そんなんじゃ、俺ら目のやり場に困るんだけど。」
「ふふ…さすがに天真も、同じ男の気持ちはちゃんと分かるんだね」
と言いながら、再び彼の手はあかねの身体へ…。

「は、早くお出掛けになって下さいませーーーっ!!!」
早朝の土御門家に響いた藤姫の声は、ほんの少しだけ落雷に似ていた。



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Megumi,Ka

suga