Romanticにはほどとおい

 第10話 (3)
灯した燭台の明かりが、やけに眩しく見える程に夜は更けている。
「今宵は、静かな夜でございますねえ」
庭を眺められる簀子に寝転がる友雅に、椿が言う。
彼女は夕餉の片付けを終え、各部屋の蔀を下ろし戸締まりをしている。
「昨夜が賑やかだったせいで、今夜はやけに退屈に思えるよ。」
「そうでございますね。姫様がいらっしゃいますと、屋敷の空気も華やぎますものねぇ。」

友雅だけではなく、椿をはじめとする侍女たちも皆、あかねが輿入れするのを待ち望んでいる。
そりゃあ、京中の花を手にすることも可能と言われる彼の、文字通り独身貴族な生活の世話をするのは、他の屋敷の侍女からも羨望の目で見られる。
けれどもそこに、一輪の可憐な姫が住み着くとしたら、また違った楽しみが増えるものである。
華やかな化粧や美しい衣で着飾る楽しみは、やはり女性同士ならではだ。
「せっかくお仕立てした袿も、是非袖を通して頂きたいですわね。さぞかしお似合いになって、艶やかさが増しますでしょうに。」
「勿論だよ。私が、あかねのために選んだのだからね。」
椿はくすくす…と笑い声を堪えた。

…あかね様のことになると、殿は本当に自信家ですこと。
ご自分以上に、姫様を理解出来る者はいない、という感じですわね。
そんなあかねへの心酔ぶりも、これまでの彼を思えば微笑ましくも思えて来る。

殆ど期間を空けることなく、頻繁に会いに行っては二人の時を過ごしている。
にも関わらず、未だにここで彼女が一夜を過ごすということは、まだまだ片手でも余るほどの回数。
これではさすがに殿も、張り切ってしまいますわよね…。
昨夜の甘い空気を思い出して、ちょっとだけ椿も気恥ずかしくなった。


そろそろ、庭に面した蔀も閉じようか。
椿が手を掛けたので、友雅も重い腰を上げて立ち上がった。
仕方がないが、今夜は寝所で寂しく独り寝に入ろうか…と思った時、若い侍女が小走りにやって来た。
「あの…殿、お客様がいらしているのですが…如何致しましょうか?」
「お客様?いくら何でもこんな夜更けに…。」
怪訝そうな顔で、椿は侍女を見た。
空には月がぽっかりと浮かび、他の家も戸締まりを始めるような時刻。
なのに、突然屋敷を訪れるなんて客は…一体どんな神経をしているのだ?
「どんな方ですの?」
「あの…女性の方です。背が高くて、お綺麗な方ですが。」
女性の来客って、まさか…。

じろり、とやけに厳しい椿の目が、友雅を振り返る。
「…椿殿、まさか私を、疑っているのではないだろうね?」
「殿は、疑われても仕方のない過去を、それはもう溢れるほどお持ちですからね。疑うな、と今更言われても無理でございます。」
「ひどいな。それじゃ私の、あかねへの気持ちも疑うのかい?」
まあ、それはもう…桁外れの本気モードだと思っているけれども。
しかし!やはり真実か否かは別として、こればかりは過去の悪行が着いて回る。

「あの、どういたしましょうか…」
友雅と椿の間に、ピシッとただならぬ緊張が走る中、侍女が小さくなって対処に困っている。
「ともかく、殿…ご一緒に参りましょう。殿に身の覚えがなくとも、御会いすればあちらの方がお話しされるでしょう。」
そう言うと椿は、友雅の腕をぐっと掴んで、半ば強制的に引きずるが如く玄関口へと向かった。



「おまたせいたしまして、申し訳ありませんでした。主を連れて参りました。」
入口には、女性が一人立っている。
衣をかつぎ、顔を隠してはいるが…聞いた通り背の高い、それでいてすらりとした女性だ。
「こんな夜分でございますし、無闇にお通しするわけにも行きませぬ。失礼ですが、お名前をお聞かせ願えます?」
きっぱりと椿は、来客の女に向き合った。
あかねがいる身だと言うのに、まさか他の女を屋敷に呼んだのでは…。
共寝もままならない故、男としては辛いところもあるだろうが、だからといってこんなことは許し難い。
ここは友雅の戯言など無視し、迎え入れるあかねの為を思って強気で行かねば。
心に決めた椿は、一歩前に踏み出して、女が衣を脱ぐ瞬間を凝視した。

はらり…と舞うように、衣が顔からすり落ちる。
夜目にも艶やかな純白の肌に、玉(ギョク)のような色の瞳。
長く伸びたその髪は、金色の刺繍糸のように輝いている。
鬼……?
もしくは、詩紋のような…。
お世辞抜きにその姿は、それまで強気だった椿さえも黙るほど、美しい。

「何だ…君か。こんな時間に来客だなんて、誰かと思ったよ。」
目を奪われていた椿とは反対に、女の姿を見た友雅はけろっとして、彼女に話しかけた。
するとその綺麗な瞳が、ムッとした表情を浮かべて彼を見上げる。
「アンタが呼んだんだろう!ランに、こんな書き置きを渡しておいてさ!」
シリンは懐から紙切れを取り出し、それを友雅に突き返した。
間違いなくそれは、友雅があの場を後にする時に、シリンに渡しておいてくれと蘭に頼んだもの。
「仕方ないだろう。急用があって足を運んだというのに、君は彼とお楽しみのようだったし。」
「なっ……変なこと言わないでおくれよっ!!」
反論しているような口ぶりのくせに、顔をそんなに赤くしていたら、すべて真実はお見通し。
素直に惚気ていれば、それもまた可愛いものなのに。ついつい、からかいたくもなってしまう。
「別に誤魔化さなくたって、良いだろう。欲望に身を任せて恋に溺れるのは、最高の気分じゃないか。」
「あ、アンタみたいな限度知らずに、言われる筋合いはないよッ!!さっさと用件を話しておくれっ!」
「ふふ…わかったわかった。じゃ、簡単に話を済ませよう。」
暇な独り寝よりも、ここでシリンをからかっていた方が楽しいのだが。

「ちょっとした偶然の出来事があって、彼女と兄である私たちの仲間の一人が、顔を会わせてしまったんだ。だから、これから今よりも頻繁に彼女を連れ出すことになるから、そのあたりを理解してもらいたいんだよ。」
「頻繁に?どれくらいの割合で連れていくんだい?」
「三日に一度か二日に一度だね。でも、そうすれば解決も早まるだろうから、悪い結果にはならないと思うよ。」
ランに対して、一体どんな施術をしているのか、シリンには全く分からなかった。
当の本人は催眠を掛けられているようで、尋ねても何も覚えていないようだ。

「あの子は、本当に順調に進んでいるんだろうね?」
「大丈夫。あの安倍晴明殿が手を貸してくれているのだから。今回の方向転換も、彼からの指示だからね。」
安倍晴明…か。あの、京で随一の大陰陽師と言われる…。
「事が早く終われば、君らにきちんとした住まいも譲渡出来る。だから、今後も協力的に頼むよ。」
「住まいって…ホントにあんた、用意してくれるのかい。」
「既に補修も済ませてあるよ。そこに住むようになれば…昼間みたいに洞穴の奥に潜んで、暗いところで愛し合わなくても良いんだよ?」
「いちいち、一言多いんだよアンタはっ!!!」
シリンはたまりかねて、衣をまるめて友雅に投げつけた。


「そういうわけで、用件はおしまい。さ、早く君も彼の待つところへお戻り。」
友雅は衣を取り上げて、笑いながらシリンに返した。
………これでおしまい?
こんな夜遅く、女一人でやって来たというのに…用件はこれっぽっちで終了…っていうのか。
「遅い時間に、お疲れさまだったねえ。ああ、でも一応車を出してあげるから、それに乗ってお帰り。」
「………」
ぽかんとしているシリンを従者に押し付けて、そのまま友雅は屋敷の奥へ引っ込んでしまった。



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Megumi,Ka

suga