Romanticにはほどとおい

 第10話 (1)
次の日の朝。
用意してもらった朝餉だけはしっかり頂いたあと、あかね達は橘邸を後にした。
牛車に揺られて、戻って来た土御門家。
車寄で降りて来たのは、あかねと天真と詩紋…に加えて、何故かさっきまで滞在していた、橘邸の主がここにいる。
「で、どーしておまえが、わざわざ着いて来てんの」
「一応、大切な姫君を無事に家まで送り届けたことを、藤姫殿にお伝えしておかなくては、と思ってね。」
ちゃっかりとあかねの背後に立ち、彼女の肩を抱きながらにっこり微笑んで、友雅は言う。
…そーいうことすると、かえって藤姫が角出すことになるんだがなー…。
解っていてやっているのか、それとも全然気付いていないのか。
まあ、彼が何をやったところで、藤姫の機嫌が穏やかになるわけもない。



「急にお泊まりになられると聞いたもので、昨夜は慌ててしまいましたわ。」
「ごめんね…。色々と急に慌ただしいことがあったから…」
あかねは申し訳なさそうに頭を下げるが、藤姫の表情はそれほど厳しくはない。
彼女にとって、あかねの安全が一番重要。
こうして怪我ひとつなく、戻ってきてくれたなら文句はない。
ただし、それはあかね自身に対してのことであって、他の人間に向けてはこれだけじゃ済まない。
特に……彼女の隣に、ぴったりと寄り添っている男に関しては。

「ちゃんと無傷で送り届けただろう?」
友雅は悪びれもせず、にこやかに藤姫を見て答える。
彼女の視線が、やや斜め向きの機嫌を表しているというのに、平然として。
「本当でしたら、昨夜のうちに天真殿や詩紋殿とご一緒に、お連れ帰って頂きたかったですわ。」
「そうも行かなかったんだよ。天真が気付いたのは、随分夜も更けてからの事だったしね。」
ちらりと天真の方を見て、友雅は言った。
「思い掛けなく彼の妹君のことで、一悶着あったんだ。それについては、昨夜のうちに連絡をしておいたと思うがね。」
確かに昨夜、友雅の屋敷の従者がやって来て、状況を知らせる文を届けてくれた。
突然、二人が遭遇してしまったこと。
それによって、これまでの計画を軌道修正しなくてはならなくなった、と。

「天真くんに黙っていたこと、説明しなきゃいけなくてね…。だからどうしても、急いで帰れなかったの…ごめんね。」
「ええ、勿論それに関しては存じ上げておりますけれど…」
十分それは理解しているけれど、果たして戻れなかったのは、その理由だけだったのか?と。
おおかたそれ以外の半分(もしかすると半分以上)は、あの屋敷の主が無理矢理引き止めたのではないか、という推測。
「一晩を共に過ごせたおかげで、今後のこともゆっくり話し合えて良かったよ。」
と、さらりと言いつつも、あかねの肩に手を回す、この男!
あかねと朝まで共寝を楽しむことが、引き止めた第一の理由ではないのか!?

------------藤姫、ご名答。
友雅を睨む彼女を見て、天真と詩紋は同時に心の中でうなずいた。




あまり長居をしても、藤姫の虫の居所が悪くなる一方なので、キリの良いところで友雅は屋敷に戻ることにした。
藤姫はもちろんだが、天真も詩紋も、果ては女房たちも見送りに出てこない。
車寄には従者以外おらず、どうやら一応、気を利かせてくれている…ようだ。
「今回のことは、明日にでも鷹通や永泉様に説明しておくよ。」
「はい…お願いします。」
あとは晴明か泰明が、今後どうすれば良いのか、具体的なことを連絡してくれるだろう。
そうしたらこれまでのように蘭と…これからは天真も連れて、彼女の記憶を引き出すことに専念することになるのだが。

「あ…な、何ですか?」
急に抱きしめられたあかねは、友雅の胸の中で戸惑いながら頬を染めた。
「心配そうな顔しているから。何となく、放っておけなくてね。」
暖かい腕に包まれ、静かに目を閉じて鼓動に耳を傾ける。
単純なもので、彼に"大丈夫”と言ってもらえると、そうかもしれないと安心してしまう自分がいる。
これからは、もっと良い方向へ進んでゆく。
蘭の記憶が元に戻って、天真の妹としてきっと帰ってくる。
「まだ…心配?」
「ううん、良い方向に考えます。上手く行くはずだって、そう信じます。」
その方が良いよ、と友雅はあかねの髪を優しく撫でた。

別れるのが名残惜しくて、二人の手はなかなか解けずにいる。
けれども、こうしていつまでも外で、立ち話をしているわけにもいくまい。
「それじゃ、また誘いに来るよ。」
「は、はい…」
離そうとして、タイミングが掴めない互いの手。
ぬくもりを感じると、更にどちらともなく力が緩められない。

すると友雅が少し腰を折って、あかねの肩にその手を置いた。
そして顔を下ろし、耳元に唇を近付けて。
「どうしても不安がつきまとうなら、すぐに文でも送っておくれ。夕べみたいに、私が不安なんて忘れさせてあげるから…ね?」
「な、なっ…!そんなっ…」
甘い囁きが耳をくすぐって、一気にあかねの顔色が紅潮する。
否応でも、昨夜のひとときが思い出されて、身体の外も中も熱が上がりそうだ。
そんな状態なのに、友雅は全然遠慮なんかしない。

「もう一度車に乗せて、このまま連れ帰ってしまおうかな?」
「そ、そ、そっ…そんなっ!困りますってばっ!!」
腕の中でじたばたしながらも、逃げる素振りがないところが、心憎い。
そういうことをするから、我慢できなくなってしまうんだよ----------と、本能に負けそうな自分を、何とか友雅は堰き止める。

「あ、あのー…殿?もうそろそろ…お暇した方がよろしいのではー…」
車の陰に隠れていた従者が、こちらから目を逸らしつつ、口を挟む。
ああ、本当にこのまま連れ去れたら良いのに、と思いながらも、渋々友雅はあかねから離れた。
「じゃあね。また近いうちに、一緒に朝を迎えようね?」
「は……はあっ!?」
頭の上から蒸気が噴射しそうな顔のあかねを、背中越しに感じてくすくす笑いながら、ようやく友雅は車に乗り込んだ。


「相変わらず、場所も弁えずお熱いことでー」
びくっとして振り返ると、天真がそこに立っている。
いつから、そこにいたんだろう…。
若干呆れ気味にニヤリとしている、彼の表情。
もしや今の友雅の台詞、聞かれたんじゃ…!
「別にもう驚きもしないけどさ。あいつがおまえ口説こうが、イチャイチャしようがさー」
「イ、イチャイチャってそんなっ…」
完全に否定しきれないのが苦しいけれど。

ふいに、伸びてきた手があかねの頭に乗る。
友雅とは違う仕草だが、くしゃっと撫でるような手は、安定感があって優しい。
「イチャつくのも結構だけど…あいつのことも、忘れず頼むよな。」
「え?あ…あたりまえじゃない!大丈夫!蘭は絶対に、天真くんのところに連れて帰るから!」
100%の確信があるわけではないが、それでも必ず…と信じることを決めた。
蘭が、彼女が居るべき場所は、天真の隣…つまり、ここなのだから。

「…頼むな。」
そう一言告げた天真の声は、いつもより少し神妙に聞こえた。



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Megumi,Ka

suga