Romanticにはほどとおい

 第9話 (3)
友雅たちが部屋に集まってから、しばらく時間が経った頃。
やっとあかねが、こそこそと部屋に入ってきた。
「お、おまたせ…」
「……随分とごゆっくりでございますねぇ。さぞかし着付けが大変だったんでしょーねぇー」
ちらりと横目で見る天真の目は、明らかに呆れている。
状況を見透かされ、あかねは何も言えずに顔を赤くして、友雅の隣にすとんと座り込んだ。

「それじゃ、みんな集まったことだし。改めて天真に説明しようか。」
まずは、これまで彼に黙っていたことを謝罪しなくてはならない。
決して悪気があったわけじゃなく、逆に天真を傷付けないために、慎重になっていたからだということを。
「ちゃんと確信が取れてからの方が良いってね。別人だったら、糠喜びさせてしまうし…それで君を傷付けたくないって。」
あかねの気遣いを理解してやって欲しい…と、友雅は真面目な顔で言う。
そんな言われたら、天真も感情的に問い質す気にはなれない。

「…とにかく、全部説明しろよ。一つ残らず!蘭のこれまでのことを全部!それなら、聞かせてもらえるんだろ?」
「ああ、もちろん。包み隠さず打ち明けるよ。」
彼女がどうして、この京にやってきたのか。
この京で、どんな風に暮らしているのか。
そして彼女は、本来の記憶を失っていること。
それを元に戻すために、晴明や泰明に力を借りて施術していることも……。




「つまり、あかねと同じような理由で、あいつもアクラムたちに京へ引っ張り込まれたってことか。」
「まあ、そういうことになるね。」
だが、本格的に彼女を依代に使うまでには至らず、彼女が悪行に利用されることはなかった。
それだけは、不幸中の幸いと言っても良いか。
「晴明殿と泰明殿のお力を借りて、彼女の記憶をゆっくり引き戻しているところだったんだよ。」
「…で、その経過はどうなんだよ?」
「悪くはないよ。ただ、急がせるよりのんびり進めた方が良いって、今まで継続中だったんだけれど…」
"けれど"?
けれど、どうなんだ…?
「君が妹君のことを知ってしまったから、方法を少し変えるって、晴明殿が提案している。」
そのために、どうしても必要なものがある。

「天真、君に、妹君の施術に同席して欲しいらしい」
……同席?
これまでは黙って秘密裏にしていたと思ったら、今度は必要だと言って自分をも連れ出すなんて。
稀代の陰陽師・安倍晴明と一番弟子の泰明。
どんなことを考えているのやら。
「君の気と彼女の気は同じだし、底に潜む記憶も同じだ。それが、彼女の記憶を引き出す力になるかもしれないと言うのだよ」
「少し急ぐ方法になるけど、蘭には絶対に危険はないって。ちゃんとお師匠様が言ってくれてたし…」
友雅の説明に、あかねも言葉を添えた。


頭の中が、パンクしそうだ。
ずっと探していた妹が、思い掛けなく突然目の前に現れた。
…と思ったら、記憶がなくて自分のことさえ分からない。
その記憶を戻すため、晴明たちの力を使っている…。
次々と飛び込んでくる情報が、思考回路に治まりきれない。

ようやく見付けたのに、妹は兄の自分を忘れている。
このままじゃだめだ。彼女の手を握っても、兄と妹には戻れない。
どんな方法を使っても、"妹”の蘭を取り戻したい。
それだけを願って、こうして毎日を過ごしてきたんじゃないか。

「任せても平気なんだろうな?」
「晴明殿と泰明殿の実力は、我々が一番分かっているじゃないか。」
友雅は穏やかに、返事を返す。
言われなくても分かっている。
彼らの力は、現代の科学的な情報よりも、ずっと自然に近い形で信頼出来るものであることが。
「それで蘭が元に戻るなら…俺は何でもする。俺が必要なら、いくらでもこき使って構わねえよ。」
難しいことは分からないけれど、その気持ちだけは不変だ。
妹を連れ戻せるなら、どんなことだってやり遂げてやる。
そう誓える。

「それじゃ、数日後に君を晴明殿のところへ連れていくよ。その時に、妹君も連れてくるけど…これだけは守ってくれるかい?」
決して彼女に、詰め寄らないこと。
他人の振りをして、話しかけたり名前を呼んだりしないこと。
「兄である君には辛いかもしれないけれど、今の彼女にとって、君はただの他人だからね。」
妹、妹、と言われて彼女の気持ちを動揺させ、警戒心を受け付けては逆効果になってしまう。
「……分かったよ。知らん顔してりゃいいんだろ。」
「悪いね。少しの間、我慢していておくれ。」
その先には必ず、天真が掴みたかった結果がある。
蘭が戻ってきてくれるのを祈りながら、その時が来るのを今はじっと待とう。



長々と話が終わり、再びそれぞれの床に戻った。
しかし天真は、目が冴えてしまってどうにも眠れない。
すると、隣に寝ていた詩紋が寝返りを打ち、彼の方を向いて言った。
「ごめんね天真先輩…蘭さんのこと、ずっと隠してて」
「んー…しょうがねえや。別にもう気にしてねえよ」
申し訳なさそうに詩紋は言うが、こうなってしまった以上、過去のことをぐだぐだ咎めても始まらない。
問題は、これから蘭を完全に元に戻せるか、ということだ。

「ねえ…蘭さんって、どんな女の子だった?」
急に詩紋が、そんなことを尋ねた。
初めてだ、そういう質問をされたのは。
「あー…見た目と正反対とか、よく他人から言われてたぜ?」

確か、以前クラスメートが蘭の写真を見て気に入り、ひと目逢わせてくれと家に遊びに来たのだが。
「おそらく、おしとやかーな女に見えたんだろうなあ。あいつ、写真じゃいつも猫被ってるしさ。」
そんな期待も、玄関を開けたとたんに即崩壊。
来客がいるのも知らなかったのか、それとも単に気にしなかっただけか。
帰ってきた天真に、濡れた雑巾を思いっきりぶつけてたのは、蘭。
「理由は何だったっけなあ…。確か、靴箱の中にあったあいつの靴の上に、俺のスニーカーが重なってて形が潰れた!とかだったかなあ」
そりゃもう他人がいようが、もの凄い剣幕で当たり散らすし。
果ては、既に過ぎてしまった喧嘩のネタまで、引き合いに出してくる始末。
「それから、誰もうちに寄りつかなくなったなあ…」
そんな迫力ある兄妹喧嘩を目の当たりにしたら、怯んで近寄りがたいだろう。
やはり蘭のあの性格は、少なからず元の基盤があるようだ。
それもまた、天真と同じ気質の。

「でもさ、そんな風にまくし立てる声が、突然聞こえなくなると、妙にな…寂しい感じにもなるんだぜ?」
唐突に、自分の前から消えた妹の声。そして姿。
心当たりも何一つ手がかりもなく、不毛な時間ばかりが過ぎていった。
もぬけの殻の妹の部屋は、ひっそりともの悲しくて。
いたたまれない日々が続いて…。
まさか、次元を超えた先で、こんな展開で再会することになるとは思わなかった。

「久々に、思いっきり兄妹喧嘩してえな…」
目を閉じて、天真はそんな独り言をつぶやいた。




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Megumi,Ka

suga