Romanticにはほどとおい

 第9話 (2)
思った通り、詩紋は天真と同じ部屋で眠ることとなった。
そしてあかねが向かったのは…神泉苑の一件の際に彼女の部屋として使った、西の対にある釣殿をしつらえた部屋。
普段はそこは、友雅が寝所として使っているらしい。
「はぁ…。東と西で離れてるからって、ちょっと…ドキドキしちゃうなぁ…」
ぐーぐーイビキをかく天真の横に、ごろりと詩紋は寝転がる。
風通しのために開けた窓からは、遠い向こう側の部屋が見える。

そうなんだよね…。
もうあかねちゃんたち、結婚することが決まってるんだし。
そ、そういう風になっても構わないんだもんね…。
いくら藤姫が、嫉妬心バリバリで友雅をはね除けようとしても、あかねの心は既に友雅に向いている。
そんな友雅もまた、あかねしか見えてないのは、誰が見ても一目瞭然(少し遠慮して欲しいくらいに)。
そんな二人が一緒に寝たって…良いんだけど…。
い、良いんだけど、でも、その…。

「うわ、寝られなくなっちゃうよ〜っ!」
こっちも一応お年頃なのだ。
いろいろと興味というものが、ないわけじゃないので。
一度想像をしてしまうと、膨張してしまうのが思春期の困るところ。
布団代わりの袿を頭から被り、辺りをごろごろと蠢いているうちに、身体ごと天真にぶち当たった。


「--------んがっ!?」
さほど強い衝撃じゃなかったと思うのだが、そろそろ意識が覚めて来ていたのかもしれない。
詩紋にぶつかられたとたん、天真はむくっと起き上がり、目をぱちくりとさせた。
「……ここ、どこだ?」
「て、天真先輩っ…」
薄暗い部屋の中を、きょろきょろと天真は見渡す。
見覚えが無いわけじゃないけれど、いつも寝ている土御門家の部屋ではない。
どこだ?少し前に、こんな部屋で過ごしていた気もするし…。
広いけれど、華やかさの薄い庭の様子も、どこかで見たことがある。

「天真先輩、あの…」
おそるおそる声を掛けようと、詩紋は天真の腕に手を伸ばそうとした。

「ああああっ!!!!!」
大声というよりも、叫びとか絶叫とか。
とにかくやたらにでかい声が響き渡り、池の底で眠っていた魚まで目を覚ました。

「詩紋っ!し、詩紋…、蘭は!蘭はどうしたっ!!」
天真は詩紋の両肩を掴み、揺さぶりながら詰め寄る。
やっと見つけた…身付け出した妹。
逃げようとしていたけれど、あれは間違いなく妹の蘭だった。
追いかけて捕まえなくちゃと思ったのに。
今、捕まえなかったら…二度と会えなくなるような気がして、飛び出して行ったはずなのに。
「なあ!蘭はっ…どこにいるんだ!?どこなんだ!?」
「お、落ち着いて天真先輩っ…!ら、蘭さんは…っ…」
まずは天真を冷静にさせなくては、説明が出来ない。
でも、明らかに体格差もあるし力も歴然の差があって、詩紋が一人で天真を払うことは不可能だ。

そうこうしているうち、天真は詩紋を離して立ち上がった。
何をするのかと思ったら、急に彼は部屋を飛び出して行く。
慌てて詩紋も起き上がると、すぐに彼を追いかけた。
「ちょっと天真先輩!どこに行くのっ!?」
「蘭!蘭は…どこだよ!どこにいるんだーっ!?」
まるで近くに彼女が潜んでいるかのように、天真は妹の名を呼びながらあちこちを歩き回る。
そんな姿は、少し物悲しいようにも見えなくもない。
例え彼女がそこにいても、今はまだ返事をしてくれないのだろうし。

----早く、蘭さんを天真先輩の妹として…連れ戻さなきゃ。
彼の後を付きまといながら、詩紋は強くそう思った。


「まあ、どうなさいましたの?こんなお時間に…」
騒ぎを聞きつけた侍女の椿が、慌てて部屋から出て来た。
こんな夜更けなので姿は見せないが、他の侍女たちも騒ぎに目を覚ましている。
「蘭は!どこにいるんだ?どこの部屋にいるんだよ?」
「は?蘭…さま?」
「あの、すいません…天真先輩ちょっと取り乱してて…」
きょとんとしている椿に、簡単に説明をしようとした詩紋だったが、天真がじっとそこに留まっているわけがない。
この辺りに反応がないと分かると、彼は更に奥の方へと進んで行く。

「ちょ、ちょっとお待ち下さいませっ!天真殿っ!そちらはいけませんっ!!」
今度は椿が、慌てて天真の後を追いかけた。
何とかそれ以上進ませないように、必死で引き止めようと後ろからしがみつく。
「な、何だよ!離してくれよっ!」
「なりませんっ!!これより先のお部屋は、決して行ってはなりませんーっ!!」
「何でだよ!理由を教えろよっ!」
理由は…って、そりゃ、その…。

---------------ピン、と勘の冴えた詩紋がひらめいた。
この廊下の先は、西の対に続いている。
そこにある部屋にいるのは、友雅とあかねであるからして。
そりゃ絶対に、先に進ませるわけにはいかないだろうが!!
「ダメッ!天真先輩!そっちはダメッ!」
今度は詩紋が踏ん張って、天真にしがみついて引き止めようとする。
椿と詩紋と、二人に後ろから押さえ込まれて…。
一体どんな状況なんだ、これは…。



「何だい…こんな時間に、随分と賑やかだねえ…」
開いた戸の向こうから、けだるそうな友雅が姿を現した。
少し乱れた長い髪を払いつつ、渡殿を進んでこちらへやって来る。
「お、おい!友雅っ…蘭はっ…そこにいるのか!?」
「ん?君の妹君のことかい?いるわけがないだろう。向こうの部屋は、私の寝所なんだよ?」
ああ、そうか…なるほど。
だから随分とリラックスした様子で、寝着もかなり着崩れしてるわけか。
そんなところに、妹の蘭がいるわけもない。
そういうところにいて良いのは、彼が選んだ一人の姫君だけであって……。

「…んだとぉっ!?何でおまえらっ、二人して励んでやがんだよぉっ!!」
現実に引き戻された天真は、一瞬妹のことが頭から吹っ飛んだ。
こちらが皆取り乱しているのを、友雅は何やら楽しげな表情で眺めているし。
「あのねぇ天真?ここは私の家だよ?主の私が、妻と睦まじい夜を過ごしていたって、珍しいことではないだろう?」
妻!妻って!まだ正式に結婚していないくせに!
藤姫がぐずっているせいもあるが、まだ妻と呼ぶには早すぎるだろうが!
例え…一線は越えてしまったにしても!

「まあまあ、取り敢えず落ち着きなさい。起きたのなら、ちゃんと妹君の話を説明するから。」
いろんなことで頭が混乱中の天真を、宥めながら友雅は背中を叩く。
そして寝所から早く遠ざけて、彼らの部屋に戻るように仕向けた。

詩紋たちが阻止してくれて、助かった。
この先は絶対に、他人が近寄るのは御法度である。
何せ向こうの部屋にいる愛らしい天女は、まだ羽衣を見失っているのだから。



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Megumi,Ka

suga