Romanticにはほどとおい

 第9話 (1)
「詩紋くん、ちょっと説明して?どういうことなの?」
あかねは人の波を掻き分けながら、詩紋のところへ駆けつけた。
思いもよらなかった展開に、彼もまた動揺を隠せないでいたが、状況説明だけはしなくては…と、少し呼吸を整える。
「あ、あのね…さっきここを通りかかった人の中にね…」
と話し出したとき、

「うるせぇーっ!!邪魔だぁーっ!!どきやがれぇーっ!!!」
男たちに押しつぶされながら、大声で喚く天真の声が響き渡る。

気を取り直し、詩紋は更に説明を続けた。
「えっと、その…セフルみたいな男の子がいて…」
「ばかやろー!!てめえら、どけってんだよーっ!!!」
「その、セフルみたいな子と一緒にいた女の子が……」
「ざけんなーっ!!離せーっ!!離さねえとおまえらみんな、末代まで呪ってやるからなーっ!!!」
せっかく詩紋が説明しようとしても、天真の騒ぎに全てかき消されてしまい、先に進まない。

しかし、突然。

-------ぼすっ。
鈍い音がひとつ聞こえて、ぱったりと叫び声が消えた。

何があったんだ?と二人はそちらの方を見ると…友雅が立っていて。
天真はというと…伸びている。どうやら、急所を突いて気を失わせたようだ。
「ちょ、ちょっと友雅さん!?」
「こうも喚かれては、いつまでたっても埒があかない。ちょっと大人しくしてもらって…とにかく場所を移動しよう。」
友雅はそう答え、辺りにいる男たちをかき集めた。
そして、完全にノックアウトされた天真を担がせ、寺の外に停めた牛車へと連れて行った。




ところ変わって。
状況が状況なので、仕方なく詩紋も祭りから抜けて、みんなと一緒に橘邸へとやって来た。
天真は意識を取り戻さないが、気付いたらぐーぐーイビキを書いて眠っている。
まあ、これなら心配は無いか。
とにかく、さっき途中で止まっていた詩紋の話を、ゆっくりここでリピートしてもらわなくては。

「僕ら、あそこで食べ物売ってたでしょ。そしたら、向こうから金髪の男の子が歩いて来たのが見えたんだ。」
鬼の一件は既に落ち着いていて、そんな風貌の子供が歩いていても、咎められるようなことはない。
しかし、だからと言って、金色の髪を持つ人間など多くない。
夜だからその髪は余計に目立つし、目を凝らして見てみたら…。
「セフルだったんだ、間違いないよ。あっちは気付いてなかったみたいだけど。」
賑わっている祭りの空気に、彼も少し興味があって出掛けて来たのだろう。
ただ、その彼のそばには、付き添いような娘が一人同行していた。
長い黒髪を結わえた、まだ若い娘。

「丁度天真先輩が、僕らのところに来てたんだ。そしたら、その子を見つけて天真先輩が…」
「妹に間違いない…って、追いかけて行こうとしたのだね?」
「そうです。でも、向こうはほら、天真先輩のこと覚えていないでしょ?びっくりして逃げて行っちゃって…」
そりゃあ彼女も、びっくりもしただろう。
記憶のない彼女には、天真は見ず知らずの男。その男が突然、自分の名を呼んで追いかけて来たら、若い娘は誰だって逃げる。
……本当は、血を分けた兄妹なのに。

「でも、そこで天真先輩が飛び出して行ったら、更に面倒な事になっちゃうかもしれないでしょう?だから、何とか引き止めたんだけど…」
「ああ、詩紋の判断は正しいよ。君は気転の効くいい子だ。」
彼の頭を撫でると、やわらかい金の巻き毛が友雅の指に絡んだ。


「どうするんですか…友雅さん、これから。」
騒動なんてすっかり忘れたように、天真は爆睡しているけれど。
目が覚めたら、この現状を説明しなくては納得しないはずだ。
けれど…今回のことが、これから二人を引き合わせる足枷にならないだろうか。
いろいろなことが浮かんで、混ざり合って不透明な色を作る。
やはり、そう簡単には行かないことなのか。

『少々荒療治に出ても構わんかもな』
その声は、ふわりと宙を漂う小さな明かりと共に、あかねたちのいる部屋へと舞い込んで来た。
穏やかだが、芯は通った声。年輪を感じさせる晴明の声だ。
『これまで何度かあの娘の様子を見てきたが、大体の気の流れと、掛けられている呪の傾向は分かったのでな。』
「荒療治って…危険じゃないんですか?」
『命にまでは関わらんよ。それに、兄者の彼に手伝ってもらえばな。』
一匹の蛍はふわりと天真の上に行き、くるりくるりと円を描いてゆっくり舞う。

『二人の意識を同時に抜き、それらを重ね合わせて記憶をたぐり寄せるのだよ』
意識をたぐり寄せる…?
分かりやすいようで、晴明の考えはなかなか理解しきれない。
『つまり、おびき寄せるのだよ。天真が思い出した記憶を、あの娘の記憶に重ねて、それらを照らし合わせて行く。少なからず同じ記憶があるなら、かすかなところから反応があるはずだ』
本当は一人ずつ、ゆっくり記憶を戻させれば良いのだが、天真が気付いてしまった今では、もうのんびりもしていられない。

「危険はないのだね?」
『問題ない。』
弟子の口癖を真似るように、晴明ははっきりと断言した。
「晴明殿に任せるしかないね。私たちには、何も出来ないから。」
それは諦めではなく、期待。
自分たち凡人には、何も出来ないけれど…それらを超える力を持つ者が、ここにいるのが何よりの強み。
彼が----晴明が問題ないと言うのなら、賭けるしか方法は無い。
「大丈夫だよ。これまでも上手く行って来たんだから。」
天真の寝顔を、心配そうに見つめるあかねの肩を抱く。
彼の首に掛けられた首飾り…。
間違いなくそれは、蘭が付けていたものと同じ。兄妹の証だ。
「逆に、これを好機だと思って期待しよう。」
友雅が言うと、あかねも詩紋も小さくうなづいた。




すっかり夜も更けてしまった。
相変わらず天真は、全くと言って良いほど起きる気配なし。
いっそのこと、このままもう一度担いで車に乗せて、土御門家へ戻してしまおうか?と考えたが、途中で目覚めて騒がれても面倒くさい。
「詩紋も泊まって行くと良い。どうせ部屋なんて、有り余っているんだから。」
神泉苑の一件の際に、客間は整えたまま残っている。
二人分の床くらい、あっと言う間に侍女たちが用意してくれるだろう。
「朝になったら車を出させるから、そうしたら三人で帰りなさい。」
「…はい、ありがとうございます。」
そう言って詩紋は、友雅の誘いに有り難く感謝して頭を下げた。

が。

よく考えて見ると…友雅は今、"朝になったら三人で帰れ"と言った。
三人ということは、つまり詩紋と天真と……。
「椿殿。ここに、来客用の床の支度を二人分頼むよ。」
「承知致しました。」
侍女頭の椿を呼び、彼は部屋を誂え始める。
ただし、もう一人の来客の分の床の用意は、何ひとつ言わない。

ああ…友雅さぁん…。そーいうことですかぁ…。
あかねの肩を抱く彼の眼差しに、呆れるような、ちょっと気恥ずかしいような。
結局今回の事件は、友雅にも"好機"となってしまったらしい。



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Megumi,Ka

suga