Romanticにはほどとおい

 第8話 (3)
ようやく自由の身となった。
と言っても、別に捕らわれていたわけではないのだが、それくらいに心苦しい毎日だったと言っても過言ではない。
一週間もあかねと逢わずにいられたなんて、我ながら随分我慢強くなったものだ。
仕事はまだまだ山積みであるが、何とか主上に頼み込んで得ることが出来た貴重な時間。
彼女も楽しみにしているので…と言う一言が、効き目となったようだ。
最後には『あかね殿を楽しませてやれ』とまで。

-----------もちろん、楽しませてあげるよ。
お互いが一番楽しい気持ちになるようなことで…ね。

「早くお入りになられたら如何です?あかね様は、既にお支度を済ませてお待ちですのよっ」
久々の顔合わせだと言うのに、藤姫の態度は相変わらずである。




寺の近くまでは牛車で行き、祭りに行く人々の姿が多くなって来たあたりで、二人は車から降りて歩くことにした。
すっかり夜だというのに、子どもの姿があちこちに見える。
「今日はお祭りだから、無礼講ですよね」
小さい頃は、早く寝るようにと怒られたりしたけれど、お祭りや大晦日とかだけは特別だった。
大人と同じように、ちょっとだけ夜更かしをして。
「なんか、大人の世界に頭を突っ込んじゃったみたいな、新鮮な感じがしてワクワクしたんですよ。」
「へえ。小さい頃のあかねも、さぞかし可愛らしかったんだろうね」
夜道は薄暗いのに、ぽっと染まった彼女の頬ははっきりと分かる。
…何から何まで、愛らしさの塊のような人だな、私の姫君は。
おろしたての小袖姿の肩を抱き寄せ、友雅は賑わいの中へと進んでいった。


食欲をそそる焦げた匂いと、歌や踊りの楽しそうな声に包まれた寺の境内。
いつもなら、夜になると不気味なほど静かな敷地が、今夜は嘘のように明るい。
「あ、あかねちゃーん!友雅さーん!」
詩紋が二人を見つけて、大きく手を振りながら叫んでいる。
「ずいぶん忙しそうだね、詩紋は。」
「いろいろと任されたちゃったんです。でも、食べ物とか考えたり、売るものを考えたりするのは楽しいですよ。」
夜目にも鮮やかな髪を、今はもう隠したりはしない。
空色を煮詰めたような瞳も、彼は自分そのままに生きて、そして人の中心にいる。
誰もがそうではないが、本質が穢れていない人間は外見なんかより、その心に惹かれて人々が集まってくるものだ。
詩紋は、それを自ら証明している。
そんな彼のおかげで、シリンやセフルたちも普通に町を歩けるようになったのだ。
「はいよ、お二人さんの分は、詩紋ちゃんからのおごりね!」
器に入れた杏の甘露煮を、元気の良さそうな女性が二人に手渡してくれた。



「詩紋は本当に、珍しい食べ物を上手く調理するね。」
「でしょう?料理がすごく上手だから、私も教えてもらったりするんですよ。」
現代ではあたりまえのように存在したものも、この京で手に入るものは少ない。
そこで、代用できるものを見付けては、常に試してみたりしているのだ。
「そうか。でも、たまにはあかねの作るものも、食べてみたい気がするね、私としては。」
「え、そ、そうですか…?」
友雅は顔を近付けて、笑みを見せてから唇を奪う。
もちろん、人の気配が薄い境内の裏手で。

「新しい小袖、よく似合うよ。」
夏を思わせる青みの掛かった色に、白い花の模様が刺繍されている。
まるで夜に浮き上がる、白く美しい花のようだ。
「藤姫殿が選んで仕立てたものだね。君によく似合う、良いものを選んでくれているね。」
「ほ、本当ですか?ちょっと着物に負けちゃってるかな〜とか思ったりしたんですけど…」
「そんなことないよ。むしろ、似合いすぎて妬けてしまうくらいだ。」
「……きゃんっ?」
友雅の手が背中に伸びて、身体を自分の方へと抱き寄せる。

あ、こんな風に抱きしめられるの…久し振り…なんて、暢気な気分に浸っているうちに、もう一度唇はぴったり重なり合う。
甘酸っぱい杏の味が、口の中に広がってくるが、どちらの唇の味か分からない。
「私が一番、君に似合うものを選べると思っていたのに、悔しいよ」
「別にそんな…。友雅さんが仕立ててくれたのは、みんなお気に入りですよ…?」
あかねが答えると、彼の指が顎の先を持ち上げる。
「私が仕立てたものより、私自身をお気に入りと言ってもらいたいな、君のこの唇には。」
送られてくる文の台詞を読むたび、赤面してばかりだったけれど…本人の艶やかな笑顔と甘い声でそんなこと言われたら…もう何も出来ない。


「私以外の人が選んだものなんて…脱いでしまいなさい…」
「………えええっ!?」
何だか、とんでもない台詞を聞いたような。
びっくりして顔を上げると、友雅の微笑みが至近距離にある。
「私が全部選んであげるから、ね?だから……」

"今夜は私の屋敷においで"…と、耳元で囁くような声がした。

どうしよう。
久し振りに会えたから、嬉しいから…少しでも長く一緒にいたいんだけど…。
頭の中に浮かんでくるのは、ご機嫌ななめな藤姫の顔。
でも、それだって私を心配してくれているからだもんね…。
あまり藤姫にも、嫌な気分を味わわせたくないんだけどなあ…どうしよう…。
そんな風に悩んでいるうちにも、彼はその気になっている。
くすぐるように唇が頬に触れ、更にまたあかねの唇を求めようとする。

「友雅さん…あの…私……」
一回くらいなら藤姫も、許してくれるかな…。
なんて都合良く思いながら、友雅の背中に手を回そうとした時のこと。



「ちょっと待ってよ天真先輩!落ち着いて、僕の話を聞いてってば!!」
「そんなの聞いてられるか!離しやがれっ!」
祭りには相応しくない大声が、境内の表から聞こえてきた。
天真と詩紋の声?一体、何が起こったんだ?
一瞬のうちに甘い雰囲気も吹き飛んで、あかねたちは騒ぎの現場に急いだ。


「…おやおや。これはまた凄いことになって…」
騒ぎの発端と思われる天真の姿が見えないので、どこだろうときょろきょろ見渡すと、彼は数人の男たちにのしかかられて、腕力によって抑え込まれている。
詩紋の鶴の一声で、彼を取り押さえるのに協力してくれたようだ。
「し、詩紋くん…これ、何の騒ぎなの!?」
「あの、実は…」
説明をしようとした詩紋の声を、天真の怒鳴り声が吹き飛ばす。


「ちくしょー!離せってんだよぉっ!!あいつがっ…蘭が…せっかく見付けたってのに、見失ったらどうすんだよぉっ!!!」




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Megumi,Ka

suga