Romanticにはほどとおい

 第8話 (2)
夏場に多い面倒な仕事を終えた友雅は、だるさを抱え四条の自宅へ戻って来た。
どうせ帰宅したところで、出迎えるのはいつもの侍女達。
こんな時こそ、身も心も存分に癒してくれる姫君が、我が身を迎えて欲しいものなのだが。
「…と、今日はそんなことも言っていられないか。」
車を降りると、藤原家の紋が刻まれた牛車が目に入った。
蘭の送り迎えを終えた鷹通が、その日の様子を伝えに来ると言っていたのを、彼はやっと思い出した。

「お帰りなさいませ。藤原鷹通殿がお待ちですよ。」
さて、今日はどんなことがあったのやら。
少しでも良い兆候があれば、良いに越したことはないのだが。



母屋の広間に行くと、鷹通は雨に濡れる庭をぼんやりと眺めていた。
「そんなに面白いかい?今日みたいな天気では、夏の緑さえかすんで張り合いの無い庭だよ。」
友雅は静かな笑みを浮かべながら、鷹通のそばへとやって来る。
夏だというのに、雨が降ると特に夜は少し肌寒いので、風情には反するが火桶を用意し暖を取ることにした。
「今日はご苦労だったね。血気盛んな姫君は、どんな様子だった?」
「はあ、まあ…その…」
鷹通は眼鏡を外し、何やらはっきりしない様子を見せる。
やはり衝撃的だったかな?と、彼を見て友雅は思った。
自分たちも、彼女と初めて会った時は…あの物怖じしない態度に驚いたくらいだ。
いくら天真の妹という基礎知識があっても、実際会ってみればびっくりするに違いない。
「よく似ているだろう、天真と。」
「はあ…。最初は半信半疑でしたが、話してみて分かりました。そっくりです…」
疲れた顔で答える鷹通には申し訳ないが、友雅は笑いを堪えるのが必死だった。

取り敢えず、話題は一旦そこらで切り替えて、本題に入ろう。
「それで、何か変わったことは?」
「そうですね…。晴明殿に伺ったところでは、目に見える変化は無理でしたが、様子を見て術を深めることも可能かと。」
数回の施術を行って来た上で、総合的に現在の蘭の状態を確認してみた。
彼女の体調や精神的な負担の度数を見て、掛ける術の浸透具合や対応出来る限度を測っているのだという。
「ですから、次回からは第二段階に移っても、問題は無いだろうとのことです。」
「なるほど。それなら、今よりも深く彼女の記憶を引き出せるかもしれない、ということだね?」
友雅の問いに、鷹通は黙ってうなづいた。

火桶からの暖が、わずかだが部屋の中の空気を暖め始めた。
話の途中で侍女がやって来て、鷹通の分の夕餉も用意したと報告にきた。
話はまだ終わっていないし、丁度良いから箸を勧めながらでも…と友雅にも言われて、鷹通は遠慮なく応えることにした。


「晴明殿からは、焦りは禁物…との忠告を頂きました。」
侍女たちが行き来しながら、夕餉を運んでくる様子を眺めながら、鷹通と友雅は部屋の隅で話を続ける。
「何事にも、焦った行動は良くないと。」
「そうだね。晴明殿と泰明殿のお力を信じて、時間を掛けて確実に進めるのが懸命だと、私も思うよ。」
自分でも、かなりまともな答えを返したつもりだった…のだが、何故か鷹通の表情は微妙な様子。
おかしなことを口にしたかな?と、自分の発言を振り返ろうとする友雅の隣で、鷹通が頭を抱えてふう…と重い溜息をついた。
「天真の妹君のことだけでは、ございません。その…友雅殿に関しても、ですよ」
「私のことかい?」
はて。晴明からそんな忠告をされるようなことが、あっただろうか…。

「あかね殿とのことですよ…」
愛しい者の名前を耳にして、友雅は鷹通の方を振り返った。
「その、少しは落ち着いた行動を、とのご忠告です…」
「ふうん…さあて?何を落ち着いて行えば良いというのだろうねえ…?」
「私にお聞きにならずとも、何となくお分かりでしょうに」
まあ、ある程度のことは見当がつく。
自分とあかねの関係で、"落ち着け"とか"焦るな"とか言われることは、ひとつくらいしかないので。

「でもねえ、それも私の唯一の情熱だから、仕方ないことなんだけど。」
「…しかしですね、な、何事にも限度があるかと思いますがっ…。」
この鷹通の様子を見ると…またこの間の二の舞を踏んだかな。
あの時の彼女は、これまでに見たことや聞いたことを、包み隠さずぶちまけていたからねえ。
おかげで、私とあかねの濃密な楽しみも、晴明殿や泰明殿に知られてしまったし。
「友雅殿は、女性に手慣れているでしょうが、あかね殿は…まだ清らかな御方です。無理にその…」
「……押し倒してはいけないって?」

「友雅殿っ!!」
「殿っ!!そのような、はしたない発言はお控えなさいませっ!!」
右から鷹通の声が。そして目の前では侍女頭の椿の声が、同時に友雅を頭ごなしに窘めた。


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かれこれ、一週間ほど友雅の顔を見ていない。
理由は、内裏の行事に多忙を極めているのと、それとは別に帝の個人的な用事にも関わっているからだ。
次から次へ仕事ばかり。肝心の天女は、私のそばに下りて来てくれない。
いちばん逢いたいのは、夜空に浮かぶ金色の月ではなく、私だけの月の姫なのに。
…なんて、二日に一度程度の割合で、彼はそんな甘い言葉をしたためた文を送って来る。
たまにちょっとストレートすぎて、気恥ずかしくなることもあるけれど、直接会う暇が取れない間は、そんな一言だけでも嬉しかった。

そんな日も、今日でようやくおしまいだ。
庭に出て空を見上げると、爽快!と叫びたくなるくらいの真っ青な空。
雲一つないおかげで、一日中暑くなりそうだけれど、これなら今夜の祭りも盛大な賑わいになりそう。
朝早くから、詩紋は大荷物を抱えて出掛けている。
もちろん、祭りの支度をするためである。
「文化祭とかの実行委員みたいだよねー」
昨夜も遅くまで、ちまちまと内職をしていたみたいだし。
しかし、あかねたちが手伝ったおかげで、例の組紐も山のように仕上がった。
その他にも、ただしまいこんでいるだけなら…ということで、古着を藤姫たちから譲り受け、バザーでもやろうということになった。
金糸の刺繍や艶やかな模様の衣など、普通ならお目に掛かれない物がずらり並ぶ。
今日の祭りは、特に女性たちが大賑わいとなりそうだ。


「おい、あかねも今夜の祭りは出掛けるんだろ?」
背後からの声に振り返ると、天真が大きな風呂敷袋を二つ抱えて立っていた。
色合いは華やかなのだが、何せ風呂敷の柄が唐草模様に似ているので、泥棒みたいに見えなくもなくて爆笑してしまった。
「失礼な。俺様はこれから、詩紋のところに荷物を届けにいくんだぞ。サンタクロースとかに例えろ。」
いくらなんでも、この夏の日差しにサンタクロースなんて、季節外れだろう、とあかねは笑う。

「おまえも一緒に行くか?」
「ううん。私は夜になったら行くよ。藤姫が仕立ててくれた、新しい小袖を浴衣代わりに着て行くんだ。」
季節に合わせて、藤姫はいくつも衣を仕立ててくれる。
正装用だけではなく、ふらりと町に出掛けられるような、カジュアルなものも山ほどある。
「やっぱりお祭りだもんね。浴衣じゃないとねー。」
楽しそうに答えるあかねに、天真がひとつツッコミをいれた。

「おまえさ、こっちの文字とかを勉強するのも良いけどさ、まずは着付を教えてもらえ。」
「着付?小袖の?」
時々、侍女に教えてもらったりするけれども、こちらもまだ未完成の勉強中。
しかし天真は、それこそが一番重要だと念を押した。
「ま、おまえか友雅が覚えてりゃ良いんだけどな。どうせ、脱がすのはあいつなんだしさ。」
「ちょっ、ちょっと天真くんっ!?」
茹で上がったような顔のあかねを置いて、天真は逃げるようにその場から消えた。



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Megumi,Ka

suga