Romanticにはほどとおい

 第8話 (1)
待ち合わせの場所に行くと、既に彼女は到着していた。
黒く長い髪を束ね、背格好はあかねと同じくらい。
質素な色合いの小袖を身に纏い、至って普通の女の子…に見える。
「もしかして、今日のオトモってあんた?」
こちらの姿を見付けた彼女は、髪と同じような黒曜石色の瞳でじろじろと見るので、さすがに鷹通も戸惑った。

…この娘が、天真の妹君なのか…。
彼女とは違って、さりげなく視線を泳がせながら、鷹通も蘭の姿を観察する。
友雅から、ある程度の話は聞かせて貰った。
晴明たちのおかげで、彼女の記憶を取り戻すための方法は、ゆっくりだが進行しているらしい。
本人はまだ自覚がないだろうが、数をこなしていけば、いずれは良い結果に向かうだろう…との話。
そのためには、焦らず呪を施していかなくてはならない。
しかし、常に友雅やあかねが付き添うわけにもいかないため、理解のある協力者が必要となった。

というわけで、今日の担当は鷹通なのである。
ちなみに、次回は頼久。
そのあとは友雅が入れ違いになりながら、イノリや永泉たちが続く。
何せ長期戦であるから、人数は多ければ多い程良いのだ…が、信頼関係のある者しか頼めない。
それに、天真にはもちろん秘密裏に。
色々と面倒は多いが、せっかく見つけ出すことが出来た、彼の妹。
絶対に、二人を再会させてやらなくては…。

「ちょっと、アンタ。何をぼーっとしてんのよ?」
勢いのある声に、はっとして鷹通が顔を上げた。
彼女は仁王立ちするように、目の前に立ちはだかってこちらを見ている。
「いつもの色ボケした男よりは、マトモなのかと思ったけど…人を前にしてぼんやりするなんて、たいしたことないわねっ」
フン、と上から目線で、彼女が睨む。

ぼんやりしていたというか、呆気にとられたというか…。
清楚な雰囲気と正反対な、この堂々とした態度に鷹通は声を失ったのだ。
「早く連れてってよ。私はお手伝いの仕事があるんだから!さっさと用件を終わらせてちょうだい!」
「は、はあ…。では、車の方へ…」
鷹通は蘭を連れて、停めていた牛車へと向かいながら、絶対的な確信を抱いた。

……確かにこの娘、天真の妹君に違いない。

彼女の威勢の良い態度が、鷹通の頭の中で天真の印象とぴったり重なった。





ぽつぽつと、今日は朝から雨が降っている。
以前はこんな風に雨が降ると、じめじめ湿気を含んで空気が重くなるのが憂鬱だったが、最近はそれほど嫌でもない。
雨の日は、気軽に外出することが出来ない。
藤姫の場合は、普段から外出する機会など殆どないのだが、あかねは違う。
神子時代は何かと危険が伴っていたため、勝手な外出は控えて貰っていたが、平穏が訪れた現在は気ままにふらりと出掛けていく。
まあ、大概は一人で出ていくわけではなく、誰かさんが無理矢理連れ出して行ってしまうのだが!

池の表面には、小粒の雨が細かい水の輪を作っている。
渡殿を歩きながら、あかねたちに教えてもらった、現代の歌を鼻歌でフンフン…と歌ってみたり。
確か曲名は『雨に歌えば』と言っていた。
まさに今の藤姫の心境を、そのまま表現しているような曲名だ。

「今日は朝から、あいにくのお天気でございますわねえ…」
あかねの部屋を訪れた藤姫は、開かれた蔀戸の向こうに広がる庭を見て、そんなことをつぶやく。
「お出掛けは無理のようですわね。本日は、如何なさいます?」
「どうしよっか…。こないだみたいに、偏つぎのお相手してもらおうかな…」
「私共は全く構いませんわ。では、手の空いている侍女たちを呼びましょうか。」

まだまだ戸惑うことの多い、京の文字。
半年以上この世界にいるのに、未だに理解しきれていないことが、先日の偏つぎ遊びで露呈された。
一緒に過ごしている詩紋なんか、簡単な巻物と書くらいなら読み書き出来るというのに…まったく、自分の飲み込みの悪さには呆れる。
せめて遊びがてらでも、頭の中にしっかり覚え込めるようにしなくては。

"橘家の奥方として、筆を認めることもあるだろうからね"

…そうなのよね。
友雅さんが言う通り、奥さんになったら色々なことしなきゃいけないし。
それに、これでも主上の遠縁の娘っていう筋書きは現在進行形なんだし。
文字の読み書きがろくに出来ないなんて知られたら、主上にもご迷惑が掛かっちゃうものね…。
「はぁ」
ついつい、溜息を着いてしまうことも度々。
だけど、手を引いてくれる人がそこにいるから…頑張らなくちゃ、という気持ちになる。

…友雅さん、しばらくはお仕事忙しいって、こないだ言っていたもんね。
蘭のことは鷹通さんたちにお願いして、順番にエスコートを頼んでいるけど…大丈夫かな。
説明はしているが、鷹通は蘭とは初対面になる。
彼女を見て、どんな印象を抱くだろう?
…おそらくびっくりするだろうなあ。
見た目は可愛いのに、口を開いたら天真くんそのものだもんね。
思い出し笑いを止められないあかねを、藤姫は不思議そうに首を傾げて見ている。

そこに、大きな箱を持った詩紋がやって来た。
「ね、あかねちゃん。今日出掛けないなら、ちょっと手伝ってくれないかなあ」
彼は部屋の中に入り、二人の前にその箱を置いた。
何が入っているのかと覗くと、カラフルな組紐がごっそり。
「これね、女の人向けに髪を結う紐を作ってるんだ。綺麗な端切れとか集めて編み込むと良い感じでしょ。」
「もしかして、お祭りに使うの?」
「屋台みたいな感じで売るんだ。だから、たくさん作らないといけなくて。」
十分な数はあるように見えるが、祭りに何人が来るかなんて誰も分からない。
用意は、出来るだけ多ければ多いほうが良い。

「それなら、うちにある端切れや古い着物や帯など、たくさんありますわよ。よろしければ、お使いになります?」
「本当?藤姫の家のものだったら、すごく綺麗なものが出来そうだね!」
赤子の頃の産着や、身の丈が伸びて着られなくなった袿など。
不要になった衣類は藤姫だけに留まらず、侍女や女房たち・弟君や従者の男物まで、今は塗籠の葛籠に山積みになっているのだ。

「じゃ、今日はみんなで詩紋くんのお手伝いしよっか!」
「それが良いですわね。雨ではお出掛けも出来ませんもの。皆でよい物を作って差し上げましょう。」
藤姫は花のように微笑んで、静かに部屋を後にした。


「ところで」
二人きりになったあと、詩紋が先に切り出した。
「今日って、鷹通さんが蘭さんの送り迎えに行ってるんだよね?」
「うん、そう…なんだけど、どんなことになってるかなあ…」
ぽつりぽつり、と屋根の上から雫が高欄に滴り落ちる。
うっすら雲にけぶるような、はっきりしない小雨の日。
「蘭を送り届けたら、友雅さんに状況を報告しに来てくれる約束なんだけど…」

何だか、ちょっと不安なんだよねえ…。

そんな風にあかねが感じている頃、安倍晴明宅での儀式に立ち会っていた鷹通は、まさに目を白黒している最中だった。



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Megumi,Ka

suga